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幻獣星へ

 押し黙った勇者らに、クレロは苦笑した。


「ここ、惑星クレオとそなたらの地球は相当離れている。正直、把握出来ていない。解ったことは、地球周辺にも太陽と月があるということだ」

 

 何の気なしに語るクレロに、勇者らは驚愕する。


「つ、つまり、地球で見える太陽と月は、惑星クレオで観ていた太陽と月とは別物、ってこと!? ……そうか、同じ月や太陽だとしたら、惑星クレオが太陽系に数えられるだろうから、違うと考えたほうが無難か。えーっと、混乱してきたぞ」

「早い話、トビィ達は宇宙人ってことだな」

「太陽系、と私達が呼んでいる空間が、遥か遠くの宇宙にも存在しているって考えれば楽なのかな。宇宙の把握に程遠い私達地球人は、クレオやチュザーレという惑星の存在なんて、知る由もない」

「……米国航空宇宙局すら知らない事実を、たかが小学生が知ってしまってよかったのかな。ま、まぁ、いいか、うん。これは仕方がない、誰にも言わなければ問題ない、うん。聞かなかったことにしよう」

「ぐー、難しいぐー」


 傍聴していたが退屈なので、リュウは持ってきてしまったアサギのぬいるぐみで遊び始めた。床に座り込み、ペンギンを転がす。

 緊張感が抜け、思考が妨げられた勇者達の中。アサギだけが唇を軽く噛み思案している。

 クレロは暢気な元魔王に視線を流してから、戸惑う彼らを見渡した。


「緊急時には勇者らを呼ぶとして。君達に指示を出しておこう、そのほうが連携もとりやすかろう。トビィは継続してシポラの監視を。他の者達には、ある洞窟の調査を依頼する」

 

 アリナが指を鳴らしながら笑顔で頷いた。お安い御用だ、と言わんばかりに。


「ぐー、私も手伝ったほうが良いぐーか?」


 ぬいぐるみを抱いたまま、リュウが問う。

 真顔で首を横に振ったクレロは、しれっと球体を指した。そこには。


『王! どこをほっつき歩いているのですか! また遊んで!』

「ぐー……」


 火竜のヴァジルが、口から火炎を吐き出しつつ怒り狂っている姿が映し出されている。後ずさったリュウに、クレロがはっきりと釘を刺す。


「有事の際には呼ぶので、それまでは大人しく勤勉に励んでくれ」

「ぐもー。でも、今回は遊んでいたわけではなく、アサギに呼ばれたのだぐー。不可抗力だぐー」


 いいわけ虚しく、リュウはペンギンのぬいぐるみを抱えたまま幻獣星へ強制送還された。駄々をこねているものの、彼は一応王だ。


 勇者達も、無事地球へと戻された。

 帰り際、水晶のような石の腕輪を揃いで受け取る。それが光れば、クレロからの交信連絡だという。握り締めると、声が聞こえてくるらしい。


「つまり、スマホ」


 高性能な通信機器だと、勇者達は感嘆の溜息を漏らした。連絡を取りたいときも水晶を握り、クレロの名を呼べば応えてくれるらしい。


「すげーもの、受け取ったな」


 水晶を眺めながら地球のアサギ宅へ戻ってきた勇者達は、それを光に透かして見つめる。各々の武器は見つかると問題なので、置いてきた。地球では必要のない代物だ。

 皆で拳を握り締め、大きく頷く。


「勇者一同、頑張ろう!」


 トモハルの掛け声に拳を突き上げる。

 後方ではアサギの両親が、もう何が起きても驚かないとばかりに微笑んでいた。


 蝉の合唱が、こだましている。

 夏も終わりだというのに、彼らの熱唱で余計暑さが増す気がした。

 仏頂面のミノルは、欠伸をしながら項垂れている。気だるい一日が始まった、夏休みが終わったのだ。すでに授業が始まり、生徒達は不服でありながらも受け入れる。

 勇者達にとっては、何もしていない、短すぎた夏休み。小学六年生の夏は、こうして終わった。

 左手に隠し持っていたクレロから貰った水晶を眺めながら、連絡はまだかと舌打ちする。連絡さえこれば、授業とはおさらば出来る。

 しかし、異界へ呼ばれてから数日が経過したものの、連絡は一度も来ていない。頻繁に呼ばれるのだと思っていたので、落胆していた。学校へ行かず、異界で剣と魔法を駆使していたほうが気が楽だった。もとい、楽しい。大きな欠伸を連発しながら、どうにか授業を受けて帰宅する。

 自室に戻ると窓を開き、隣の家のトモハルの部屋目がけて飛んだ。


「危ないな……。落下したらどうすんだよ。いい加減玄関から入ってくれない?」

「俺が失敗するわけねーじゃん。怪我しても、魔法で治す」

「いや、俺の家が破損する可能性があるから」

「ひでぇ」


 そんな他愛のないやり取りを行い、二人は神妙な顔つきで水晶を掲げた。


「ミノル、どう思う? 事態は深刻と思っていいのかな? 地球に戻ってから、俺達は一週間程度で異界に招かれたけど」

「その割に、あれから呼ばれねーよな……」


 トモハルは、徐にノートを差し出した。受け取り覗き込んだミノルが低く呻き、尊敬のまなざしを向けてきたので苦笑する。

 そこに書かれていたのは、破壊の姫君の記載。


「流石、優等生。すげーなこれ」

「補足したければ、適当に書き込んで。何かの役に立つかなって思ってさ、一応書いてみた」


 几帳面で優秀なトモハルは、授業外でも気になった事があればメモを取る癖があった。


「他の奴らにも見せたほうがいいだろ、アサギとかさ」

「アサギといえば、どう? 仲良くやってる? 才色兼備な優等生とウルトラ問題児だから心配でさ」

「……ウルサイ」


 急に振られたので焦ったミノルは、真っ赤に染まった顔をノートで隠す。


「それにしても意外だなー、アサギがミノルを、ねぇ。両想いかぁ、いいね」

「だからウルサイ」

「ミノルの、何処がよかったんだろ。今度訊いてみよ」

「……や、やめてくれ」

 

 狼狽えるミノルに、一頻り笑ったトモハルはコーラを飲んだ。炭酸が喉を刺激する。ふと、窓から見上げた空に瞳を細める。美しい夕焼け空が広がっており、胸が締め付けられる感覚に陥った。

 

「破壊の姫君って、つまり、よくある真のラスボスだろ?」

「そんなとこだと思う。きっと、この間のミラボーより格段に強いんだろうね」

「……可愛いのかな」


 トモハルは、ミノルの斜め上の発想に盛大にコーラを吹き出した。困惑し、首をひねって返答する。


「さ、さぁ……。響き的には美少女だよね」

「アサギより可愛い女なんていないだろうけど」


 そう思ったミノルは、笑いを押し殺しているトモハルに首を傾げた。肩を震わせ瞳に涙を浮かべており、呼吸困難に陥っている。

 ミノルの不思議そうな視線に気づくと、息も絶え絶えに声を発する。


「ミノル、ぶふっ、思ったこと口に出て、出てたっ、ぶふふっ」

「なっ!」


 床にノートを叩きつけたミノルは、トモハルの笑い声を背に一目散に窓から自室へ飛び移る。羞恥の念で耳たぶまで真っ赤に染め床に転がっていたが、笑い声は止まらない。


「笑い過ぎだろ、バーカ馬鹿ばかバカ!」


 ミノルは、震える声で叫んだ。しかし、悪いのは声に出してしまった自分だ。


 その頃、何度か瞬きを繰り返していたアサギは、クレロの前に立っていた。手には、光り輝く水晶。


「すまないな、アサギ。そなただけ呼び立てて」

「いえ、構いません」


 アサギは、にこりと微笑む。数分前、水晶が光り輝き脳内に声が届いた。クレロの声に頷いた瞬間、気づけば異界。

 長い紺の髪をなびかせ薄っすらと微笑むと、アサギに近寄ったクレロは小さく頷いた。


「魔王と親しかったろう? 会いたいのでは、と思ってね」


 それは願っても無い事だ、アサギは破顔し興奮気味に頷く。


「是非! 嬉しいです」


 瞳を輝かせているアサギに、クレロも釣られて顔を綻ばせる。


「あぁ、行っておいで。あちらも、そなたを首を長くして待っているだろう。魔王として生きていた二人を変えたのは、紛れもなくアサギ。誰しもが、そなたの功績に感謝せねばならない。他の勇者であったなら、二人は魔王として死んでいただろう」


 途端、アサギは瞳を吊り上げた。クレロの言い方が癇に障り、反論する。


「そんなことは、ありません」

「断言する、無理だ。そなたが勇者として召喚され、魔界へ連れ去られていたからこそ可能だった」


 間を置かず即座に否定してきたクレロに口篭ったアサギは、納得出来ないと唇を尖らせる。頬が、軽く膨れ上がった。

 機嫌を損ねてしまったので、クレロは曖昧な笑みを浮かべる。躊躇しつつも、背後にある球体にアサギを誘った。

 クレロを訝り、先程の言葉を訂正して欲しいと思ったが、今は魔王達に会いたい。


「まずは、幻獣星から。行っておいで、勇者アサギ」


 目の前が一瞬眩く光り輝いたので、きつく瞳を閉じた。耳鳴りがしていたが、周囲で話し声が聴こえ出す。それは、徐々に大きくなる。

 頑なに閉じていた瞳を開くと、距離を置いて幻獣達に囲まれていた。何度か瞬きを繰り返し、おずおずと一礼すると手を伸ばす。怯えたように離れていく皆に当惑していると、聴き慣れた声が近づいてきた。


「アサギ! いらっしゃいだぐもー」


 煌びやかな衣装をはためかせ、リュウが駆け寄ってきた。挨拶する間もなく軽々とアサギを抱き上げると、くるりと回転し声高らかに笑う。髪が銀色の渦を捲いて、震える。


「これはこれは、我が契約主アサギ様。ようこそ、おいでくださいました」

「ヴァジル様! お邪魔してます」


 見知った幻獣達が駆け寄ってきて、嬉しそうにアサギを取り囲む。それを見ていた周囲の幻獣達も、興味本位で近寄り凝視した。多くの幻獣は、人間は初見である。

 そして、長い歴史の中で、アサギは初めてのこの地に足を踏み入れた人間となった。現国王と親しく、多くの幻獣達と契約を交わしている、異例で特異な者。


「……アサギ」


 球体に映っているアサギの姿を見つめながら、クレロは瞳を細めその名を呼ぶ。その声は、妙に感傷的だった。しかし、近づいた気配に慌ててそちらを向いた時には平素通りの彼だった。


「クレロ様、トビィ殿が戻られました。報告があると」

「承知した、今行く」


 やって来たソレルと共に歩き出すが、名残惜しく球体を振り返る。アサギが困惑気味に微笑んで映っている姿が目に入り、心痛な面持ちで俯いた。


「アサギ。惑星クレオの勇者であり、セントラヴァーズの所持者。私は、そなたを……護らねば」


 ソレルは、気づかぬフリをした。神が一人の人間に固執するなど、あってはならない。足音が妙に響き、圧迫感を覚える。勇者が来るまで、こんな感覚を味わったことがなかった。

 腕を組みしかめっ面で立っていたトビィは、その姿を見るなり口を開いた。肩を揺らしてまで安堵したソレルなど、気にも留めず。

お読み戴き有り難う御座いました。

第三章は7月中に完結予定となっております。

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