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黄昏時の溜息  作者: 薄明
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12.きみのひかり、ぼくのくらやみ 前編

※ディーン視点です。

 きみが心底うらやましいよ――。


 思わずこぼしてしまった本音に目を瞬かせたユーフェミアを見て、ディーンは苦笑を禁じ得なかった。

 ユーフェミアにとって今まで自分がどのように見えていたのか。心から信じ切っていない表情がすべてを語っている。分かっていたつもりだが、こうもあからさまだと心がまったく痛まないわけではない。

 きっと彼女の事だ。上流階級は人を羨む前に何でも手に入れることが出来るとでも思っているのだろう。確かに金や権力を用いればあながち間違いではないが、自分にとってユーフェミアという人間に対してだけは全く当て嵌まらない。

 ユーフェミアを羨むのは、何も彼女の身体に流れる血に対して言っているわけではない。


 王族の血を引いていながら庶民として育ったユーフェミア。

 彼女の今までの生活は、愛されているが故に与えられ、知らないところで守られてきたものだと彼女は知らないだろう。

 代わりに彼女に与えられたものは自由以外何一つない。職人としての実力も、一人で生活していくだけの力も彼女自身の努力の結果だ。

 生きていく為に自ら働いて得た賃金で質素で堅実な生活を送りながらも、身分に縛られない自由を手にするユーフェミアを羨ましいと思ってしまったのは、自分と正反対の生き方をしているからに他ならない。

 養子であろうがなかろうが、この身体に流れる血は間違いなく冷徹な養父サイモンの血を引いている。しかしサイモンに引き取られるまでは、自分もユーフェミアとそれほど変わらない生活を送っていたのだ。

 バルフォア周辺の土地を治めるレイヴンズクロフト侯爵。それがサイモンのもつ肩書で、こだわり続けたものだ。

 なぜその爵位にこだわっていたのか。今のディーンにはよく理解できる。

 王都にほどよく近く、商業で栄えるバルフォアは街道の交わる地点でもあり常に活気に溢れている。そのような場所は自然と人が集まり、金の流通も激しい。結果、周辺の土地は潤い、領地は水源の確保など基本さえしっかりしていれば自然と豊かになり、その土地を持つ領主は自らの懐が痛まないどころか逆に膨れ上がる。しかしバルフォア自体には自治権が認められている為、実際に領地の収益につながることはない。

 だから今でこそ領地は潤っていると言えるが、かつてはそうではなかった。

 サイモンが爵位を継いだ時、領地は決して豊かではなかった。土地を整備し、作物の実りを多くするためには元手が必要で、金づかいの荒かった先代のおかげで侯爵家には資金が足りなかった。

 そこでサイモンは貴族とのつながりを欲しがっている資産家に妹を嫁がすことにしたのだ。見返りとして、土地を改良する資金と、もともと子供を作ることのできなかったサイモンは、生まれた子供が男児であったなら侯爵家の後継ぎとすることを条件とした。

 そしてサイモンの妹夫婦の間に生まれたのがディーンだ。

 カーティスという名はサイモンがレイヴンズクロフト侯爵の後継ぎとして名付けたものだ。ディーンという名は本当の両親が付けたもので、引き取られるまではそちらの名前で呼ばれていた。

 しかしながら、本来なら見えないものが見えていたディーンは、実の両親から与えられるべき愛情を受け取った記憶はない。むしろ疎まれ、気味悪がられていたところがあった。その実、貴族に資産を提供できるほどの家に生まれながらも、侯爵家の後継ぎでさえなかったら、もっとぞんざいに扱われていた可能性はあった。

 侯爵と最初の取り決めどおり、ディーンが八歳になった時、体の良い厄介払いが出来るとばかりに、サイモンに引き取られた後は両親とは会うこともなかったほどだ。

 ディーンにしてみれば、自分を必要としてくれるサイモンの期待に応えることが、いくら取り決めとは言え、引き取ってくれた礼だとずっと思っていた。

 もともと両親にさえ与えてもらえなかった情を、養父になど最初から期待していなかった。そしてそれを期待できるような養父でもなかった。上流階級としての教育は厳しく、領地を守っていく観念を徐々に植え付けられていったが、それは決して非合理的な考えではなく、むしろ理にかなったものとして受け入れていた。

 このような現実的な物の見方をするところは、資産家である実父の血を引いていたのだろう。

 今思えば、どこか冷めたものの見方しか出来ない子供だった。

 それと言うのも、ディーンから見たサイモンは、欲深い男だと子供ながらに理解していたからだ。

 領地が潤い始めると、サイモンは次に更なる地位を欲しがった。おあつらえ向きに領地は王都に近い。つまり王宮に近いということ。サイモンは王宮の権力者と次第に親密になり、すぐに次の狙いを見つけた。

 それは王女であるジュリアだ。

 侯爵家に王族の血を入れる。同時に王女に相応しい身分を与えられることもある。それがサイモンの狙いだった。

 まずは王太子の遊び相手となるようディーンに教育を施し、権力者に渡りあって上手くその立場を手に入れると、自然と王族に近づくことができた。そうなるともともと口の上手いサイモンのことだ。

 あとは国王に取り入り、ディーンとジュリアの婚約を口約束まで漕ぎつけたのだ。



 そこまで一息に話すと、すでに周囲は薄青い闇を落としつつあった。

 途中、使用人が廊下で話す二人に気づいたのだろう。灯りを持って来てくれたが、込み入った話をしていることに気づいたのか、少し離れたところにランプを置くと、下がって行った。

 ユーフェミアは最後の一言に驚いたように目を見開いていた。

 深緑の瞳はランプの灯りを受け、更に深みを増している。

 その瞳の中に、少しでも自分の欲する感情がないかと思わず探していた。

 しばらく彼女は黙ったままだったが、こくりと喉を上下させると擦れた声を発した。

「婚約……してるの?」

 かすかに揺れる瞳をどう捉えるべきか。嫉妬はなくても動揺ぐらいはしてくれているだろうか。

 内心の期待を抑えながらも、小さな願望が胸に過る。

 気づいた時には性質の悪い答えを試すようにぶつけていた。

「ジュリアが二十歳になったら、正式に決まるだろう」

 嘘ではない。すでに社交界でも下火ながら噂は広まりつつある。二十歳を目前に控えたジュリアと口約束だが婚約者の位置に誰よりも近い自分。まだ、抑えられているがそう長くは持たない。

 こうしてべレスフォード邸で会ったことさえ、実際にはジュリアがユーフェミアを招待したわけだが、その場に自分がいるだけで曲解されてしまうし、噂を助長してしまう。

 噂に後押しされることだけは、何が何でも避けなければならない。それが養父の仕組んだことだとするなら尚更だ。

「――そう」

 ふいにそらされた視線は、肖像画へと向かう。

 彼女の横顔から窺える感情の変化はない。たった一言の返事に、何を期待していたのか。彼女の心中を見極めるために煽っておきながら、望まない言葉に不満を覚える。

「少しぐらい嫉妬して欲しいな」

 限りなく本心に近い言葉を、いつものように軽く告げると、彼女の瞳に険呑な光が宿った。

「他人のものに興味はないの」

 冷めた口調とは裏腹に、瞳にあるのは怒りだ。

 何に対してユーフェミアが怒っているのか。今まで黙っていたことに対してか、軽口を叩く自分に対してか。

 原因は色々考えられたが、何よりも無関心でいられるよりはいい。どのような感情であっても、その感情が自分に向いている限り、彼女の心の一部分を自分が占領することができるなら。

 込み上げるのは喜びだ。

 つい頬が緩むと、彼女の怒りは増していく。

 それでいいと思いながらも、できることなら怒りではなく、違う感情で心を占めることができたらと思ってしまう。

 だが、まだだ。

 時期を見誤れば、彼女は手に入らない。

 今は知らされた事実に衝撃を受けて心が不安定になっているが、きっと彼女はこの先も彼女自身の本質を変えることはない。王族であろうと平民であろうと、その芯の強さが何よりも彼女の魅力であることを自分は知っている。

 彼女を手に入れるということは、その本質を曲げるということだ。いかにその芯を折らずにゆっくりと曲げていくか、それがどれほど時間のかかる難しい作業であることか分かっているつもりだ。

 それに彼女は気づいていないが、着実にこちらに近づきつつある。

「話を続けても?」

 苦笑を洩らしながらも、どこまで話したかを思い浮かべ、自分と同様の目を持つ彼女だからこそ、知るべきもう一つの事実を今から告げなければならない。彼女を変える前に、逃げ出してしまわないよう自由に飛んで行ける羽根を切り、手の中にとどめておくためにも。

「ええ」

 胡乱な眼差しに内心ほくそ笑む。

 軽く頷いた彼女に、ディーンはもう一つの驚くべき話を彼女に与えた。

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