閑話
翌日。
店番の合間に睡魔と闘いながら、作戦を練ってみた。
確かに、イヴァンジェリンの言ったことも一理ある。だが、よく考えてみると、それとこれとは話が違うような気がしてならない。彼女の言い分は、なぜかユーフェミアを好敵手視した牽制のように聞こえたからだ。そのような感情はまったく持ち合わせてなどいないのに。
本当にいい迷惑だ。
にこやかに、優しく、ねだるように――。
「ねえ、イヴァンジェリン」
彼女のいるソファに、昨夜と同じようにリックを膝に乗せて座ると、二人はあきらかに狼狽した様子を見せる。
『な、何を企んでいらっしゃるの?』
『おい、気持ちわりぃぞ。そんな猫なで声――』
リックに最後まで言わさず、手にキュッと力を込めると、彼は息を詰めるように言葉を止めた。
イヴァンジェリンからも、微かに息を飲む音が聞こえる。
「そんなに警戒しなくても。あなたに聞いてみたいことがあったのよ」
声を出さずに笑うと、一拍後、彼女は慎重に口を開く。
『――どのようなことですの?』
注意深くこちらを窺う様子に、今度はニヤリと笑う。
昼間に散々考えた。
こちらがディーンの思惑を知ろうと躍起になってしまったから、彼らも反対に口を閉ざしたのだ。要は、自分から話させればいい。
「私にはディーンのどこがいいのかさっぱり分からないんだけど、どこがいいわけ?」
常々、謎ではあったのだ。イヴァンジェリンにしろ、幼なじみのケイトにしろ、男は顔が良ければそれでいいのだろうか。
『……あなた――わたくしに喧嘩を売りにいらしたの?』
イヴァンジェリンにしては珍しく、滅多に聞けないほど低い声音に、そこに彼女の怒りを感じる。
失敗したかしらと、慌てて、だが慎重に、今度は言葉を選んだ。
「悪い人じゃないってあなたが言ったんでしょう? だったら、あなたが思うディーンの良さ……いえ、魅力を教えてよ」
自分で言っておきながら、肌が粟立ちそうになった。何を言っているのだと思いつつ、自らの発言を我慢しきれなくなりそうになり、思わず両手でギュッとリックを握り締めると、手の中からは、ぐえぇという声にならない音が漏れる。
こちらの気も知らず、イヴァンジェリンは一瞬無言になった。
またもや失敗したか、と気を揉んだのと、彼女が呟いたのはほぼ同時だった。
『み、りょく……』
うっとりと、それは溜息交じりのなにものでもなかった。
かかった、と内心ユーフェミアはほくそ笑む。
が――その後、すぐに後悔した。
『今頃そのようなことを言い出すなんて、あなたもまだまだですわね。ディーン様の魅力を理解できないなんて、女としてどうかしているとしか思えませんわ。でも、どうしてもおっしゃるなら教えて差し上げないこともありませんわ。もちろん、あなたが理解できるとは到底思えませんけど。大体、あの紺色の瞳に見つめられて心を動かされないなんて……。ああ、思い出しただけで心が震えて、胸が痛くなってしまいますのに。でも、ディーン様にそう言うと必ず仰って下さるのよ。会えない時間があるからこそ、会えた時間が最上に思えるのだと。全くその通りですわ。女性にはとても紳士的で、かといって男性とも機知に富んだ会話をなさるのよ。その上――』
最初こそ、人形相手に語るディーンの言葉に彼も実は変態なのだろうか、とか、ではロジャーはどうなのよ、と心の中で突っ込んでいたが、つらつらと語られる話に耳を傾けていると、次第に瞼が重くなってきた。
興味のない話というのは最上の子守唄だわ、と何気に思いながら、ふと手の中のぬいぐるみを見下ろした。
珍しくシンバルも鳴らさず沈黙を守っている。
どうしたのだろうと、小声で話しかけてみるついでに、この演説がどこまで続くのか聞いてみる。
「ねえ、リック。いつまで続くの?」
『っ――おまえな! 一番聞いちゃいけないことを聞いといて、それはないだろ!?』
「……ああ、やっぱりそうなんだ……」
なんとなくそうではないかなと思っていた。
ぼんやりと、まずったなぁ、と頭の片隅で考える。
『どうしてくれるんだよっ。このままだと朝まで喋り続けるぞ!』
その言葉に、乾いた笑みをリックに向け、すぐに心は決まった。
リックをソファに下ろす。
『おい?』
彼の頭をポンポンと叩いて、にっこりと笑う。
「あと、お願いね。昨日も徹夜だったじゃない? 今日はもう休むわ」
『おいっ!』
「じゃ、おやすみ」
リックの非難は取りあえず棚に上げておく。
未だ延々と話し続けるイヴァンジェリンは、ユーフェミアが立ち上がったことにさえ気づいていない。
一度、階段の下で振り返る。
まだ彼女は薄ら寒い言葉を喋り続けている。
うん、やっぱり――。
欠伸を噛み締め決心する。
彼のことは自分で調べよう。一つ勉強になったと頷き、階段を上った。