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やがて先生がレントゲン写真を持って来て、壁に掛かっていた光る板の上に貼り付ける。かめきちの輪郭のなか、骨と骨の間に白い球状のものが十いくつか。
「これが卵です。こんなに詰まっている。ここにある最初の一個が出口でつかえて、後のやつが更にふさいだ。そして体中卵だらけになった。これなんか、もうつぶれてしまっている」
「こんなに……」
お母さんが思わず声を上げた。涙が溢れている。
「どうして出せなかったのか、分からないな。元気だったのに。今年の春先は寒かったから、そのせいなのかな」
先生は呟くと、
「検査を続けますか?」
「お願いします」
お父さんの答えを受けて、先生は再びガラスドアの向こうに消えた。助手さんがかめきちを診察台の上に置き、何かチューブの伸びた酸素マスクのようなものを顔に付ける。それはカメやトカゲ専用なんだろう、ちょうど小さな顔にぴったりだった。
診察台の下には黄土色の大きなリクガメがじっとしていて、診察台の脚にクリップで取り付けられた保温のレフライトを浴びている。忙しく出入りする看護師や助手の人たちはそれを荷物のように跨いでいく。普段なら興味津々のこの光景も、この時ばかりは色褪せて、ぼんやりとした全体の構図の一部になっていた。
マスクを付けられたかめきちは時折むずかるように首をイヤイヤとさせ、その度に助手の女の人が優しくマスクを当て直す。とても心配そうで、悲しそうな表情がとても印象的だった。
やがて長いレシートのような紙を持って助手の人が奥から出てくる。付いて来た先生がそれを受け取って、かめきちの隣にあるデスクの上で書き物をした。そして。
「結果が出ました」
かめきちを持って出て来た先生は、先程書き取った紙を診察台の上に置く。
「この辺りの数値は正常です。でもここ、尿酸とGPTの値が致死的です。普通の十倍近くある」
ぼくらは「織田カメ様」と記された用紙に並ぶ数字を見つめるだけで、しばらく何も言えないでいた。するとお父さんがぽつりと言った。
「おかしいと思ったんですよ。最初から先生に診てもらえばよかった」
お父さんの声が震えていた。先生は力なく笑って、
「卵詰まりは早期発見しても難しいんですよ。手術しても必ず助けられる訳でもない。今から手術してもいいけれど、正直助けられるのは五パーセントあるかないか……いや、多分体力が持たずに術中に死んでしまう可能性が高い」
「どのくらい、持ちますか」
お父さんががっくりして言う。先生は、
「さっきも言いましたが、この子たちはとても生命力の強いいきものです。ゆっくりと体力を失って死んでいくでしょう。半月か一ヶ月か二ヶ月か、私にも分かりません」
「では、その間もこうして苦しんで……」
「もう、かめちゃんは何も分かっていないでしょう。人間なら植物状態です。でも、見ている皆さんはつらいですね」
お母さんが鼻を啜る。ぼくは慌てて目を擦ったけれど、涙がぽろりと頬を流れてしまった。
「どうしますか?手術しますか?」
先生も忙しい。患者さんが待っている。けれど、決して急がせることをしないで、じっと待っていてくれた。長く感じたけれど、一分くらい後にお父さんが、
「どうだ?お父さんは家に帰って面倒を見て上げたいけど。例え手術しても死んでしまう可能性が高いなら、家で最後まで面倒を見てあげたほうがいいよ」
ぼくは一瞬、手術してあげて、と言いたくなったけれど、声にならなかった。やがてお母さんが、
「そのほうがいいね、コウスケ?どうする」
「かめきち、家に帰そうよ」
自分の声が自分でないみたいだった。
お父さんがこれからどうしてあげたらいいのか先生に聞く。ガサガサになった甲羅は湿らせたガーゼで包んで、常に湿らせておく。溺れてしまうので水は入れないで、湿らせたガーゼを枕のようにあごの下に敷く。保温のレフライトを点けて、暖めておく。エサや薬は与えない。お父さんは熱心にメモを取っていた。その後で先生が、気休めですけれど、とカメ用の痛み止めの注射をしてくれた。
ぼくらは先生にありがとうございました、とお辞儀をして、なんだか病気になったような気分で診察室を出た。外で待っていた数人の人が気の毒そうに顔を伏せる。ぼくらの様子はそれほど痛々しかったんだろう。
「織田カメさん」
受付の女の人も気の毒そうだった。
「検査が入って一万八百円になります。痛み止めの注射は本当は四千円ですけれど、先生は無料でいいそうです」
「ありがとうございました。先生にお伝え下さい」
お父さんが丁寧に挨拶して、病院を出た。家に帰るまでの記憶は、何かぼやけてしまってあまり覚えていない。ずっとかめきちのダンボール箱を抱えていたことだけ覚えている。