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お父さんがネットで調べて探した病院は、ぼくの住む町から特急に乗っていかなくてはならない場所にあった。最初は車で行こうとしたけれど、あいにく車も車検とかで修理工場へ入院することになっていて、代わりに来た慣れない車で遠出は止めよう、ということになった。
そこは大都会の真中で、大きな大学病院が二つ並んだその先。緑の看板に白い文字で「レプタイルクリニック」と書いてある。一階は爬虫類や両生類専門のペットショップで、その横の階段を昇ると病院だった。
予約制なのでお父さんが電話をして、四日後の土曜日の夕方、予約が取れた。ぼくと両親はかめきちを子供の頃に入れていた水槽に入れて、「賢い」に書いてあったようにガーゼや新聞紙で包んで動かないようにしてから、そっと両手に持って移動した。
「初診の方は最初に診察券を作りますから、これに記入してくださいね」
若くてきれいな看護婦さんが渡してくれたボードにお母さんが書き入れる。名前の欄には「織田かめ」と書いた。雌なんだからかめきちはおかしい、とお母さんだけはかめちゃんと呼んでいたからだ。まるでお婆さんの名前みたいで嫌だった。
待合室には他に二人の人が待っていた。ぼくはかめきちを入れたダンボールを膝に抱えていたけれど、その人たちはきれいな模様が描かれた手提げを持っていて、時おり中を覗いている。ぼくがずっと見ていたからだろう、お父さんのとなりに座っていたおじさんがそっと手提げを開けてこちらに見せてくれた。中には灰色でごつごつしたものが入っていて、おじさんが手招きするから近付いてみると、それはぼくの両手に一杯になるくらいのトカゲだった。かめきちを飼うまでは、ぼくもお母さんもトカゲやヘビが嫌いだったけれど、最近はそうでもなくなっていたから、そのまんまるの黒い目がかわいいと思った。でも、病院に来ているから、病気なんだろう。
「皮膚病なんだ」
おじさんはぽつりと教えてくれた。
待合室にはランプで温められたガラスケージもあって、中におじさんのトカゲよりも大きい緑色したやつが入っていた。それは枯れ木の下で目をつぶって眠っていて、それもかわいらしいと思った。
そいつを見ていると、前の人の診察が終わって、サングラスを掛けた派手な格好の女の人と腕に刺青が覗く男の人が出てきて、円盤のようなバッグを抱えて受付に。
「アオタさん。お薬、いつものを出しておきます。一週間の入院で六万三千五百円です」
受付のお姉さんがこともなげに言うと、男の人が大きな財布から札を出して、おつりを受け取る。
「お大事に」
二人は円盤を抱えて出て行った。
「六万……」
お母さんが小声で言う。
「入院だからだろ?」
お父さんが首を振り、
「動物は健康保険がないからね」
「でも、かめきちもきっと入院だよ。お金、出せないの?」
僕は心配になって言うと、
「大丈夫。かめきちのためだから」
お父さんは安心させるように言った。
前の番のおじさんが呼び込まれると、待合室はぼくらだけになる。ぼくはさっきの円盤の中身が気になったから、小声でお父さんに聞くと、
「あれはきっとヘビだよ」
「え?」
「レプタイル、というのはね、英語で爬虫類の意味なんだ」
お父さんは少々得意げに言うと、すぐに真面目な顔に戻ってダンボールの中身を覗きながら、
「病気のヘビも元気に出来るお医者さんなんだから、きっとかめきちも直せるよ」
ぼくもお母さんも頷いたけれど、ぼくはお父さんが無理をしているように見えて、逆にとても不安になった。




