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さよなら、ぼくのかめきち。  作者: おだなか しん
6/10

★☆


 かめきちに異変が起きたのは家に来て七年目の今年、四月下旬のことだった。

 三月下旬からエサをあまり食べなくなり、シューシューと鼻を鳴らすようになったので、またあのタマゴの季節がやってきたと思っていた。去年も三月末からエサを食べなくなり、タマゴを産み出す五月下旬から六月まで、ちょっとユウウツな季節だった。

 今年もそれだろうと思ってそっとしておいた。でも四月下旬のあの日の朝、お母さんが驚いて大きな声を上げたんだ。


「かめきちが大変!」

 見るとお尻から何か出ている。灰色でさきっちょが少しピンク色、象の鼻に良く似ていた。

「なにこれ!」

 お父さんが例の本で調べると一言、

総排泄孔脱そうはいせつこうだつ、っていうらしいね」

 カメはうんちもおしっこもタマゴも全部肛門から出す。その管が表に出てしまうことらしい。

「原因は……栄養不足やタマゴ詰まり、いろいろあるらしい」

「病院に連れて行こうよ、何かおかしいよ」

 ぼくは、ぐったりとなったかめきちを見ていて不安になった。両親も相談すると、以前からチェックしておいた「カメや爬虫類など小動物も見ます」と看板の出ていた近所の動物病院へ電話した。その日は土曜日だったけれど、動物病院は直ぐ見てあげますとのことで、お父さんとぼくはかめきちを子供の時に使っていた水槽に入れて病院へ車で向かった。


「うーん。元気がないね」

 先生は五十くらいの細身の人で、笑顔がとても素敵な人だった。銀色のステンレスの診察台の上、かめきちはおとなしくしている。先生は持ち上げてはひっくり返し、持上げてはひっくり返しを繰り返す。最後にオシリの「象の鼻」をちょん、と突くと、それはオジギソウのようにゆっくりと縮んでお尻に隠れる。最初は出っ放しだった「象の鼻」が引っ込むようになったので、ぼくはほっとした。

 先生はかめきちを降ろすと、

「甲羅がガサガサだね。栄養が足りていない。日光浴はちゃんとしているの?」

「はい。毎日太陽を浴びてます」

 ぼくが答えると先生は笑みを深くして、

「冬眠しないカメは春先に体調が優れないことがある。じゃあ、お薬をあげますね」

 ビタミン剤とブドウ糖水溶液とかいうものを貰って、その日からそれを一日三度、お母さんとぼくがかめきちに飲ませた。けれどかめきちはスポイトから滴を垂らしても中々上手く飲めなかった。お父さんが百円ショップから先生が使っていたのと同じ、小さな薬さじを買って来て、それをクチバシの間に入れて口を少しこじ開けて飲ませた。沁み込むようにそれが口の中へ消えると、ぼくはこれで安心だ、とほっとした。


 けれど、一週間たってもかめきちは元気にならなかった。お父さんとぼくは再び病院へかめきちを連れて行く。

「おかしいね、では薬をもっと強くしよう」

 先生は看護婦で犬のトリマーをしている奥さんに何か伝えると、

「とても濃い薬を作るから。抗生物質とビタミン剤だよ。ではまた一週間後に」

 何か肌色に濁ったヤクルトそっくりの液薬を貰って、またクチバシをこじ開けて飲ませた。かめきちは片目だけをつぶって、何か涙みたいなものを流していたので、とても苦い薬なんだろう、と思った。でも、直ぐに吐き出してしまい、中々飲まなかった。それでもぼくとお母さんは、きっちり八時間ごとに薬とブトウ液糖を飲ませ続けた。けれど……


 四日後の朝、かめきちが吐血した。どす黒い血が口から零れ、暫くあとになると開いた片目からも赤い血が涙のように流れ出した。

「かめの血も赤いんだ」

 お母さんが途方に暮れて場違いなことを言う。

「緑や青いと思ったの?」

 ぼくはかめきちがこんなにひどい状態なのに、と少し怒って言う。とても心配で、ティッシュで何度も口を拭ってあげたけれど、かめきちは苦しそうに首を左右に振るだけだった。夜遅く帰ってきたお父さんはその様子を見ると、急いで何かネットで検索を始めた。


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