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ぼくが中学に入り、玄関先で記念写真を撮ったときも、かめきちはぼくの足元にじっとしていた。もうお父さんの足よりも大きくて、水槽から出すと家中探検するように歩いて行く。この散歩は三日に一回の水の取替えのとき。水槽がきれいになって水を入れた後も、かめきちが水に戻りたいと思うまで自由にさせていた。
なぜ戻りたいと分かるのか。それは風呂場に歩いていって風呂桶の前でじっとするから。それが喋れないかめきちが水に入りたいという合図だった。
ネットでカメを飼っている人の話を調べたりすると、床の上で長い間放って置くとうんちやおしっこをしたり、落ちているゴミを食べてしまったり、隅っこの家具の裏かなんかに入り込んで行方不明になったりと、けっこう大変なことが書いてある。けれどかめきちはそういったこともなく、おしっこをして床を濡らしたのは一度きり、行方不明も一度きりだった。
その行方不明事件はお母さんの水槽掃除当番のときに起きた。夏の昼下がりで、夏休みだったぼくは二階の畳の部屋に寝転がってコミックを読んでいた。すると、お母さんが、
「コウスケ、かめきちがいないの」
「え!」
急いで一階に下りて、リビングに行くと、かめきちの水槽が太陽を受けてきらきら光っている。けれどかめきちはいない。
「どうしたの?」
「床で遊ばせておいたのよ。けれど電話に出ていて気をそらせた隙に……」
「もっと探そうよ」
まずは、歩く時に立てる、あの甲羅がフローリングの床に当たって立てるカタンカタンという音がしないか、時折荒い息をするときに立てる、スーッスーッという音がしないか、耳を澄ませる。けれど部屋の中は静かで、外から聞こえるセミの声のほうが大きかった。
ぼくらはソファの下やテレビ台の裏、テーブルの下、積み上げた新聞紙の裏、キッチンの隅々まで這いずり回って探したけれど、かめきちはどこにもいなかった。
ぼくが心配になって、どこかの隙間から外へ逃げてしまったんじゃないだろうか、と考え始めたころ。
「いた!」
お母さんが叫ぶ。
「どこどこ!」
「ここ、ここの裏」
それはお父さんが大切にしているコンピューターが置いてあるデスクの後ろ側、かめきちはコンピューターから伸びたごちゃごちゃの色々なコードに絡まってじっとしていた。
「どうしてこんな所に入っちゃったんだろう」
「コウスケ、手が届く?お母さんだとこの隙間に手が入らなくて」
「やってみる」
けっこう大変だった。ぼくは体をよじってあっちこっちとくねくねしながら、机の下、コンピューターに頬をくっ付けながら手を伸ばす。コードを抜かないように気を付けながら、かめきちの甲羅を掴んで、ゆっくりと引き出す。
「こらこら!踏ん張るなよ」
「手伝う?」
「ううん、何とか」
かめきちが足を踏ん張るものだから、中々抜け出せない。ぼくはかめきちの足にある鋭い爪がコードに刺さって、かめきちが感電しないか心配になった。それでも数分後、かめきちを押さえながら絡まった糸をほぐすようにして、コードを避けながら引き出すことに成功した。
笑いながらぼくが取り出したかめきちはワタボコリまみれで、口をへの字に曲げたいつもの表情が情けなくって、なんだかとってもおかしかった。




