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ちっちゃなかめきち。最初は本当に子供のぼくの手のひらに乗るサイズだったのに、一年で倍になり、二年で四倍になった。
年賀状にも家族の後に『かめきち 2歳』と載るようになった。
金魚鉢から水槽になった後、二年目で倍の水槽になった。
ゼニガメのかめきちは『賢いカメの飼育法』によるとクサガメという種類らしい。本当はキンセンガメという台湾かどこかの輸入品らしいけれど、クサガメという名前の方がしっくりくるから、人にはクサガメを飼っている、と言っていた。
毎日エサの時間になると激しく水槽を行き来する。エサは一年で普通の「カメのえさ」になった。金魚のエサよりほんの少し粒が堅くて大きいやつだ。ドラッグストアに行くと二百円で売っていて、これを小さじ一杯くらい、てのひらで砕いてからあげる。
食事は朝一回。説明では「かめが五分くらいで食べ切れる量をあげましょう」となっていたけれど、かめきちは食欲旺盛で三分後にはなくなっていた。大きくなるに連れて量は多くなって最後には大さじ一杯くらいあげていたけれど、このエサを嫌うことなく、ずっと同じ銘柄を上げていた。
もっと高級な『レプトミン』とかいう黄色の容器に入ったペレット状のものもあげたかったのだけれど、お父さんは、一度高いやつをあげるとそれしか食べなくなるから、と言って決して買わなかった。ぼくだったらずっと同じご飯だなんて、たとえカレーだって嫌だな、と思った。だからかめきちは偉いな、と思っていた。でも、たまにはお利口にしているごほうびに、と最初の頃に買った乾燥小エビ(これも小箱で百円しかしない)を砕いて三、四尾分あげたりもした。エビをあげるときは、かめきちの食い付きはいつもより勢いがよくて、やっぱりたまには違うメニューもあげないとかわいそう、とお母さんも言うので、一週間に一回はエビ入りごはんが定番になった。
初めてかめきちが「クサガメ」らしさを見せたのはかめきちが三歳の頃。
最初「クサガメ」の「クサ」は草かと思っていたのだけれど、実は「臭い」だったと教えてくれたのは「賢いカメの――」を教科書にしているお父さんだった。
「でも、本当に名前の由来はクサイ臭いを出すことなんだよ」
お父さんは「賢い」片手に力説する。しまいにはかめきちを水槽から持上げてひっくり返し、
「ここ。この後ろ足の付け根にクサイ臭いをだす臭い袋があるんだ。それに、とてもクサイ臭いのするカメムシという名前の角張った小さな虫がいるだろ?その名前の由来もクサガメからなんだよ」
「ふうん。本当にそうならそのクサイ臭いを嗅いでみたいね」
そうは言うけれど家に来てから一度も臭いと思ったことなどなかったから、本当はきっと水も取り替えないで飼う昔のだめな飼い主たちが勝手に名前を付けたんだろう、と思っていた。
それは冬の暖かな日曜日、かめきちを洗っている時にかなった。水道水が思いのほか冷たかったせいだと思うけれど、何時もより嫌がって暴れていたかめきちから突然ただよう悪臭。
「わー!くっさーい!」
ぼくが大きな声を上げたから、お父さんもお母さんも風呂場にやって来て、
「どうしたんだ?あ、臭い!」
お母さんは手で仰ぐ真似をして、
「どうしたの?」
「ただ洗ってただけだよ、甲羅をごしごしって」
「嫌だったんだろうね、だからくさい臭いを出した。後ろ足の付け根を嗅いでごらん」
「わー!」
ぼくはひどい臭いにぎゃあぎゃあ騒ぎながらその臭い袋を確かめるため、かめきちをひっくり返してみたけれど、袋や穴は確認できなかった。でもしばらくはカメムシそっくりの臭いが風呂場に漂って大変だった。