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さよなら、ぼくのかめきち。  作者: おだなか しん
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 かめきちがぼくの家にやって来たのは、ぼくが六つになった夏だった。

 ショッピングセンターの三階、おもちゃと文房具を売っているコーナーの奥。

 カブトムシやクワガタのカゴの横、幅が六十センチくらいのアクリル水槽の中、細かな砂利の上にほんのちょっぴり水が張ってあり、その上で十匹のちいさな生き物がごそごそやっている。

『ゼニガメ 800円』。張り紙にはそうあった。

 六歳のぼくはお母さんが婦人服売り場で悩んでいる間、かっこいいクワガタやカブトムシを眺めていたのだけれど、次第にこのちいさな生物に興味をひかれ、いつの間にか水槽に顔をくっ付けてそいつらの動きを観察していた。

 小さな手と小さな足。無表情でへの字に曲がった口。ほんの針先ほどの鼻の穴がちゃんと二つ開いている。よく動く手(前足なのだけれど、ぼくにとっては手だ)がパタパタと忙しなく動いている。

「ねえ、お母さん」

 お母さんが紙袋を提げて迎えに来るとすかさず声を掛けた。

「これ、欲しい」

 お母さんは呆れて、

「なに言ってるの、金魚だってちゃんと飼わないで死なせたじゃない」

「ぼく、ちゃんとえさもあげるから」

「だめだめ」

 お母さんは全く相手にしてくれない。ぼくは六つの頑なさで粘った。

「ねえ、ちゃんと宿題もやるからさ。日記も書くから。お願いだよ、お母さん」

「いいじゃないか。夏休みの自由研究にもいいし」

 お父さんだった。まさかお父さんが助け舟を出すとは思わなかったので、ぼくは一瞬次に言う言葉がなくなってしまった。

「コウスケ、どれがいい?」

 一分間の静かな争いの後、お母さんの不満顔を他所にお父さんが聞く。ぼくはとっくに決めていた。

「これがいい」

 指差したそいつはたった一匹、こちらを向いて必死に手足をばたつかせていた。


 最初は去年縁日ですくった金魚が入っていた金魚鉢に入れた。お父さんが本屋から『賢いカメの飼育法』を買って来て、底に細かい砂利を入れ、少しだけ水を入れた。そいつはとても元気に手足をばたつかせ、ガラス越しにこっちを見ている。

「名前はどうする?」

 お父さんが聞く。ペットを飼う時誰もが味わう、一番初めの楽しいひととき。

 一瞬どうしようか、と思う。かっこいい名前もいいけれど、カメだから……

「ガメラは?」

「いいけど、怪獣と一緒じゃあかわいそうじゃないか?」

「じゃあ、カメックス」

「ポケモンも、ねえ」

「じゃあ、どうすんのさ」

 ぼくがすねたように言うと、お父さんは、

「『かめきち』でいいんじゃないか?」

「えー、かめきち?」

 カッコ悪いと思った。でも「かめきち」という言葉を何度か繰り返していると、それでもいいか、と思えてくる。

「かめきち?かめきち」

 ガラス越に呼びかけるとこころなしか激しくバタバタするように見えた。



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