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【短編小説】伊勢丹桃ジュースBOXヤクザ

掲載日:2025/12/17

 その日、Qちゃんはとても疲れていた。

 地下の倉庫から箱に入ったジュースを持ってエレベーターに乗り込む。

 旧式のエレベーターは酷く揺れた。

 天井に付いた換気扇は軸が歪んでいるのか酷い騒音を立てている。

 客用のエレベーターとは違い、なにかをぶつけた傷やテープの剥がし忘れなどで薄汚れた壁と、それこそ何の汚れか分からない縞鋼板の床。

 そんなボロボロのエレベーターは酷く揺れながら、七階の催事場まで上がっていった。


 やはりQちゃんはとても疲れていた。

 急停止したエレベーターを降りて催事場の真ん中、指定された机まで高級ジュースを持っていく。

 Qちゃんに指示を出した職員の対面には、東映映画から飛び出してきたのかと思うほど見事な反社会勢力的暴力系の男が座っていた。

 細い体躯に張り付くようなダブルのスーツは黒地に金糸の細いストラップが入っており、大きく開かれた派手な模様のカッターシャツはその巨大な襟で本当に誰かを斬れるのではないかと思えた。


 しかしQちゃんは疲れていた。

 だからそいつがヤクザでも何でも良かった。早く帰りたかった。

 半身を切ってパイプ椅子に座ったその反社会勢力的暴力系の男は、両手をポケットに入れたまま大きく足を広げていた。

 Qちゃんは「あぁ、体が柔らかい人なんだな」と思った。お酒を飲む人はお酢も好きだと言うから、その影響なのだろうかと考えた。

 電車の中で足を閉じられないひとは、太ももの内側にある筋肉が弱いと聞いたけれど、あの反社会勢力的暴力系の男もそうなのだろうか。


 そう考えるくらいQちゃんは疲れていた。

 反社会勢力的暴力系の男は、顎を斜め上に持ち上げた顔で眉間に寄せ、シワの奥にある目でジュースを持ってきたQちゃんを見ていた。

 反社会勢力的暴力系の男は濃い色のサングラスをしているのでよく見えないが、僅かに変化した角度から俺を見たと思われた。

 でも動揺していられないくらい、その日のQちゃんは疲れていた。



 Qちゃんはとても疲れていたので、ウヘヘと頭を軽く下げて挨拶をした。

 その反社会勢力的暴力系スーツの傍らに、これもまたヤクザ映画で見た事のある純白のジャージを着た男が足を肩幅に揃え、両手を前に組んで立っていた。

 白ジャージはサングラスこそかけていないが、反社会勢力的暴力系スーツの男と同じように眉間にシワを寄せながらQちゃんを一瞥した。

 睨んでいるつもりは無いのだろうがあまり気分の良いものでは無いなとQちゃんは思ったけど、どうでもよかった。



 Qちゃんは疲れていたけれど、仕事は仕事なので頑張った。

 指示された箱からジュースの瓶を取り出して職員に渡す。

 職員はQちゃんに蚊の鳴くような小さい声で礼を述べると、反社会勢力的暴力系スーツの男に向き直って

「待たせいたしました、こちらがその商品になります」

 と綺麗な声で言った。

 反社会勢力的暴力系男は顎を上げたまま

「おう」

 と言うと職員は机の下から試飲用のコップを出した。

 Qちゃんは帰るタイミングを見失ってその場に立っていた。

 奇しくも、白ジャージと同じ立ち方だった。



 Qちゃんは疲れていたので、白ジャージの鋭い視線には気づかなかった。

 職員の手によってジュースの蓋が開けられ、透明なコップに注がれていくのを見ていた。

 コップの7分目ほどまでジュースを注いだ職員は再び綺麗な声で

「どうぞ」

 と言った。

 反社会勢力的暴力系スーツの男は

「おう」

 と言うと、やおら前のめりになり、細い腕を伸ばしてコップを掴んだ。

 そして音も立てずにすっと飲み干した。

 Qちゃんは疲れていたので、おれも飲みたいなと思った。



 疲れていたQちゃんは物欲しそうな目をしてしまった。

 だけど白ジャージも喉を鳴らしたので、彼らも喉が乾いているのだなと思った。

 静かにコップを置いた反社会勢力的暴力系スーツの男は、再び元の姿勢になり両手をポケットに入れた。

 そう言う仕掛け人形みたいだなとQちゃんは思った。

 職員は黙って二杯目を注ぐと、反社会勢力的暴力系スーツの男は「おう、飲んでみ」と純白ジャージに顎で指示した。

 Qちゃんは白ジャージがすこし羨ましくなった。


 Qちゃんが見ている前で、純白ジャージは

「はい、ありがとうございます」

 と言うとぎこちない動きで手を伸ばした。

 そしてジュースを溢さない様に気をつけながら喉を鳴らして飲み込んだ。

 その音を聞いた反社会勢力的暴力系スーツの男は鼻を鳴らして笑うと「うまいか」と訊いた。

 Qちゃんは「うまそうです」と言いそうになったのをどうにかこらえた。



 Qちゃんがどうにか耐えていると、純白ジャージはざっと音を立てて元の直立姿勢に戻り

「はい、美味しかったです」と言った。

 反社会勢力的暴力系スーツの男は嗤って

「そうか、ならお前のおふくろさんとこに送ってやんな」

 と言った。

 Qちゃんはバイトの初任給で親に何かしてやったことも無いので、反社会勢力的暴力系の男がそんなことを言うのは意外だった。

 それともこう言う稼業の世界では、当たり前なのかも知れない。

 そう考えたQちゃんは、またどっと疲れを感じてしまった。


 疲れたQちゃんはすこしどうでも良くなってきた。

 反社会勢力的暴力系スーツの男はジュースの他に一番高いビールのセットを45ケース注文した。

「絶対に箱を傷つけるなよ、小さな凹みもダメだ。箱を開けた時にビールの向きも綺麗に正面に揃えておけ、ビールが曲がって入ってた事が原因で抗争になんてなってみろ、大変だからな」

 などと様々な条件を述べた。

 やはりそう言う稼業だと大変なんだなと思ったQちゃんは、立っていられないくらいの疲れを感じた。


 Qちゃんは早く帰りたくなった。

 ヤクザの渡世では、安いと言うことよりも何処で買ったかと言う事が重要であり、その細部にまで神経を使う贈り物をする社会に棲む人間も大変なのだなと思った。

 だから伊勢丹でビールを買うのだ。

 カクヤスでは駄目なのだ。

 味は同じなのに。

 さらには自分の飼う若い衆にも気を遣う感じからは、まるで中間管理職の様なものを感じた。

 Qちゃんはウンザリした。


 Qちゃんは疲れていたので、特に何も言わずにその場をはなれた

 そしてQちゃんはは地下の倉庫に戻ると、反社会勢力的暴力系スーツの男が注文したビールに付いたVIP扱いの札を、白ジャージ用ジュースの注文票にもつけてから休憩室に向かった。

 エレベーターは相変わらず酷い音を立てていた。

 ビールの向きを確認するのを忘れたし、運搬用のカゴ台車に詰めすぎて箱に傷がついた気がしたけれど、別にQちゃんには関係がないと思ったので、どうでもよくなった。

 何故ならQちゃんは疲れていたからだ。

 そして伊勢丹は爆発してQちゃんは死んだ。

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