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海辺のふたり  作者: 生吹
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秘密の場所

 早朝といえども真夏の外は暑い。だがはまなか亭での仕事は10時からなのでそれまでの時間はキナコの散歩に充てるようにしている。夕方の散歩に比べれば短いが、コースは大体決まっている。比較的人通りのある海沿いの散策道を歩いてから、秘密の草原へと向かうのだ。


 秘密の草原への行き方を特別に教える。散策道を外れ、空き家がいくつか立ち並ぶ細い路地へ入る。路地を抜けると軽自動車1台がやっと通れるほどの道に出る。その道を真っ直ぐ歩き続けるとフェンスがあり行き止まりだ。でも正確には行き止まりではない。低木の枝と生い茂る雑草をかき分けると、フェンスに切れ目があり、先に進める。そのまま1本の細い獣道を歩き続けると、急に視界が開け、緑色の草原の向こうに真っ青な海が広がる。はじめてこの場所を見つけた時は本当に興奮した。カツラみたいな模様の野良猫を追って、リードから離れたキナコの後を追いかけていた時に見つけた場所だ。草原には壊れて打ち捨てられた小舟と大きな流木が横たわっていて、よくそこに座って本を読んだり、何をするでもなくぼーっとしたりしている。今日の花火大会もこの場所から見物するつもりだった。キナコと一緒か、もしくは独りで……


 だがこの日、秘密の草原は私とキナコのだけのものではなくなった。信じられないことに、そこには先客がいたのだ。それも、知った顔の先客が。


「ミチヒ……さん?」


 そこには小舟の縁に腰掛けて海を眺めるミチヒの後ろ姿があった。特徴的な髪質だからすぐにわかる。彼女は白地に青色の細いボーダー柄の半袖カーディガンを着ていた。下は珊瑚色のショートパンツ。おしゃれな洋画に出てくる女の子のようだった。

 ミチヒは声だけで私が誰なのか瞬時に察したらしく、勢い良くこちらを振り返ってニカッと百点満点の笑顔をこちらに向けた。


「あーツバサさん! とワンちゃん!」


 ミチヒは興奮した様子でこちらに駆け寄り、キナコの頭を撫で回した。名前を訊かれたので教えてやると何度もキナコの名前を呼んで可愛がった。どうやらかなりの犬好きらしい。


「なんでここが……」


 私が呟くと、ミチヒは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにこちらの考えていることを察したのか、何故か少し誇らしげな顔をして「朝の散歩をしてたら野良猫に案内してもらったんです」と言った。


「カツラみたいな柄の猫? 白と黒の」

「そう。私はオニギリちゃんって名前付けました。もしかしてここ秘密の場所?」


 あの猫、私以外の人間も案内したのか。もしかしたら私以外にここを知っている人間って沢山いるのでは? そう思うと何だか地味に気分が沈んだ。


「いい場所ですねぇ。誰も来ないし、朝の海を独り占め!」

「今、独り占めじゃなくなったけど」

「ツバサさんなら問題ないです」

「……なんで?」


 普通に邪魔したのでは? と思ってぽろりと「なんで?」という言葉が漏れた。それは至極純粋な疑問だった。


「なんとなく。波長が合いそう」


 けろっとした顔でそう言い切ったミチヒに対し、私は眉をひそめた。波長が合いそう? 私なんかと? 何故? もしかしてこの後何か危険なセミナーに誘われたりする?


「別に何かの勧誘とかじゃないです。言ってみただけ……」


 読心術でも持っているのか、ミチヒはそう言ってしゅんと肩を落とした。きっと私はあからさまに嫌そうな顔をしていたのだろう。少し反省した。


「……今日、7時半からショボい花火大会あるんですけど」


 話題を逸らすように私は言った。「花火」という単語を聞いた瞬間、ミチヒの目が輝くのがわかった。ころころ表情が変わるので感情が読み取りやすい。正直助かる。何を考えているかわからない他人は怖い。


「ここからでもよく見える。あっちの方角」


 そう言いながら南の方角を指さす。


「やった! ツバサさんもここに来ます?」

「さあ」


 「さあ」などと答えた自分を殴り倒したかった。何故か反射的にそう答えてしまった。まずい。歳の近い、それも明るくフレンドリーな他者との交流が久しぶりすぎて動揺している。自分の発言に自信が持てない。目の前にいる人間の扱い方がわからない。


「来れたら、来るかも」


 やっとの思いで吐き出したのはそんな言葉だった。


 

 

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