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海辺のふたり  作者: 生吹
4/13

朝食

 しれっと汐路荘に引っ越してきたミチヒの存在はいつの間にか母や祖母の耳にも入っていた。


「あの子、東京から来て仕事も何もしてないみたいだね。なんか訳ありの変な子じゃないだろうね? 厄介事は御免だよ」


 祖母がレーズンパンをむしりながら言う。母は苦笑いしながら「まあまあ」と祖母を宥める。


「確かに田舎暮らしを始めるには若すぎるけど、でも今田舎への移住って流行ってるんでしょ? この前も別荘が新しく建ったし。それに、今時仕事なんてやろうと思えばパソコンひとつでできるっていうじゃない? ねぇ?」


 そう言ってちらちらと私の方を見る。私に助けを求めないでくれと思う反面、母なりの気遣いを感じて黙っているわけにもいかなくなる。


「この前の昼、食堂に来た。愛想の良い子だった。私の2つ下だったかな。しっかりしてるんだと思う」


 母の味方につくことにした。だが祖母は眉間に深々とシワを寄せている。

 

「そうかね。どうせ田舎は不便だとか退屈だとか言って、さっさと東京へ帰っちまうんじゃないのかね? 前にいたあの人、誰だっけあの人……気取った夫婦がいたじゃない?」

「花山さん? 10年前の話だけど……」

「そう花山夫妻。東京からやって来たと思ったら、そのうち田舎の愚痴ばかり言って、『こんなに不便だとは思わなかった』とか何とか言って1年で帰ったじゃないの」

「2年だよ」


 私は淡々と返す。ミチヒもそうなると思っているのだろう。確かに、その可能性は大いにある。都会の人間は時に田舎に対して夢を抱きすぎることがある。現実逃避したくて、田舎でのスローライフに憧れて越してきたは良いものの、面倒なコミュニティへの参加や買い物のしにくさ、娯楽の少なさや虫の多さ、周囲のよそ者扱い等に耐え兼ねて都会に帰ってしまうパターンも少なくない。かつて私が都会から逃げ出したように。田舎には田舎の、都会には都会の現実がある。どこへ行っても現実からは逃げられないということなのだろう。

 

 幸い、私が住んでいるこの地区は昔から別荘地であったし、今もぽつぽつ新しい別荘が建つような土地だ。よそ者扱いや面倒なコミュニティへの参加はそこまで気にしなくて良いだろうが、今までずっと便利な都会で生活していただろう若者が、この何の取り柄もないド田舎にすっかり適応できるかは正直疑問だった。


「まあ、帰っちゃったら帰っちゃったでいいんじゃないの」


 私はそう言ってピーナツバターを塗った食パンをさっさと口に押し込んでコーヒーで流し込むと、その場から退散しようとした。


「ああそうだ。そういえば、歩が帰って来るって!」


 母が急に大きな声をあげたので、驚いて椅子から転げ落ちそうになった。歩とは私の2つ下の弟のことである。2年前に結婚して今は奥さんと大阪に住んでいる。そういえばそろそろお盆だったなと、壁に掛けられた昭和チックなデザインのカレンダーを見ながらしみじみ思う。と同時に、今日が町の花火大会であったことに気付く。気付いたところで特に何も口にすることなど無かったのだが。どうせ今年も独りで誰もいない海岸へ行って眺めることになるのだろう。


「帰って来るって、いつ? 奥さんと?」


 大して興味も無かったが、一応訊いてみた。奥さんが一緒ならかなり気まずいかもしれない。

 

「ううん。お盆にひとりで来るって」

「離婚寸前?」

「いやねぇ。奥さんは自分の実家に行くの。それにうちに来るのはついでよ。こっちにいるお友達のところに顔出すついでなんですって」

「友達ね。あのいつもつるんでた三馬鹿に会いに行くのかな」

「大方そうでしょうね。中学からの仲良し組だもの」


 私と違って弟は社交的で友達も多く、身長もあり見てくれも性格も良い。他人に愛され、本気で人生を楽しんでいるような人間だ。そのうち子供も産まれることだろう。両親たちが私に対して結婚や孫の誕生等の期待を一切してこないのは、弟がそれらの願望をすべて叶えてくれているおかげだ。正直、複雑な気分ではある。したくもないことを期待されるのは勘弁だが、一切の期待がないというのはそれはそれで悲しいことのような気がしないでもない。


「……キナコの散歩に行ってくる」


 色々考え、私はふぅとため息をつき、すべてを誤魔化すように愛犬のキナコの元へ向かった。玄関横のケージの中でソワソワしているラブラドールレトリバーの形の良いおでこを撫でてやり、首輪にリードを付ける。玄関を開けると、彼女は勢い良く外へ飛び出した。


 



 

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