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海辺のふたり  作者: 生吹
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駐車場

 遠い海の向こうを眺める。それが無駄なこともわかっていた。海の向こうで、ミチヒは彼氏と再会できただろうかと、ぼんやり考える。終わりと始まりの感覚が同時にあった。


 もしあの時、私が「行かないで」と言えば、彼女は行かないでくれたのだろうか。

 ミチヒにはまだアパートの部屋がある。このまま帰って来ないということはないだろう。それが明日なのか、もっと先なのかはわからないが。

 でも、もし帰って来た時、何もかもが変わってしまっていたら……?


  

 8月。蒸し暑い夏の曇天の下、病院の駐車場で祖母と母を待っていた。近くの100円ショップで時間を潰して戻って来たのに、まだかかるらしい。中古のラパンの運転席で何をするでもなく、カーラジオから流れるいまいちノリきれないトークを聞き流しながら、ぼんやりと古ぼけた病院の外観を眺めていた。

 一昨年祖父が死んでからというもの、85歳の祖母は認知症の症状が現れはじめ、持病の糖尿病も悪化した。母は運転免許を持たず、父は酒の飲み過ぎで肝臓を悪くして入院中であるため、当然私が借り出される。祖母の病院が終わると、女3人で街へ繰り出し、喫茶店やファミレスで昼食を取る。そんな生活が続いていた。


 ――こんな生活いつまで続くんだか。

 

 エンジンを切って窓を開ける。どこからか海の匂いが漂ってくる。かなり離れているのに風向き次第でこんな所まで潮の香りが飛んでくるのかと感心する。


「……死ぬわ」


 暑すぎた。もう8月なのだ。エンジンを切ると死ぬほど暑いが、冷房を効かせ続けていればガソリンはどんどん減る。

 もういいや仕方ないとすぐさま窓を閉め、切ったエンジンをもう一度かけ直し、ヤケクソになって録音済みの音楽を爆音で流した。SNSで検索しても日本人の間では殆ど話題になっていない、最近本格的に活動を始めたアメリカのダークポップシンガー。英語なんててんで聴き取れないのに、こんなのばかり聴いているから誰とも語り合えない。そもそも何かを語り合う仲間もいない。洋楽を聴いていると格好をつけているなどと思われて茶化されるだろうから、やたらに他人には開示できない。そんなことを考えていると、過去の嫌な思い出が脳裏に蘇ってきた。クスクス笑う、自称ダサくない同級生たち。退職した会社の上司と同僚たち。私はいつも舐められるダサい側だった。

 

 ふと、フロントガラスに映った自分の顔に目をやる。色の抜けきった明るい茶髪に、跳ね上げたアイライン。真っ黒なオーバーサイズの服。真夏なのに黒を着るなんて馬鹿げているが、淡い色では弱体化してしまう。今の私の外見――いや昔からというべきか。お世辞にも可愛いとか、美しいとか、そんなことは言えない。だがこの髪型と化粧、服装になってからは、道端で写真を撮ってくれだの、駅はどっちだのと気安く声を掛けられることは殆どなくなった。


「ごめんね〜。診察はすぐ終わったけど、お会計になかなか呼ばれなくて、薬局でも待たされて」


 母が祖母の手を引いて戻ってきた。母は祖母を後ろの座席へ押し込み、自分は助手席へ乗り込むと、私に提案した。


「お昼食べて帰ろっか。駅前のファミレス、台湾フェアやってたよね? そこ行ってみない?」

「……うん」


 私は今まで考えていたことを頭の隅っこへ追いやると、覇気の無い返事をして、駐車場から車を出した。


 


 

 

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