「君とのコンビは今日限りで解散だ!」と婚約者から漫才コンビを解散された挙句、婚約も破棄された公爵令嬢は、謎の商人と新たにコンビを組むことに……!?
「どうもー、王太子のアドルフォでーす」
「公爵令嬢のクレオでーす」
「「二人合わせて、『プリンス・レディ』でーす」」
「今日は名前だけでも覚えて帰ってください。ところでクレオ、最近僕、家庭菜園で作った野菜を盗むのにハマってるんだよね」
「最低な趣味ですね!? 人様が苦労して作った野菜を、文字通り美味しいところだけ持ってくなんて!?」
会場にクスクスと笑いが零れる。
よし、掴みはオッケーみたいね!
「でも流石にバレて捕まるのは嫌だからさ、今からちょっと野菜を盗む練習するから、付き合ってくれない?」
「それだと私も共犯になっちゃいません!? 一応私も公爵令嬢なので、前科がつくのはマズいんですけど!?」
「大丈夫、大丈夫。万が一バレたら、『先日助けていただいた鶴です』って言って誤魔化すから」
「恩を仇で返してるじゃねーか!? 助けてあげた鶴から野菜盗まれたら、二度と鶴を見てもめでたい気持ちになれないよ!?」
会場の笑いのボルテージが、また一段上がったのを感じる。
これなら今日こそ、お客さんたちを爆笑の渦に巻き込めるかもしれない――!
大のお笑い好きだった初代国王陛下の影響で、我が国の王族や貴族は、婚約者とコンビを組んで夜会で漫才を披露するのが古くからの慣わしとなっている。
私も貴族令嬢として幼い頃から漫才の稽古に明け暮れ、婚約者であるアドルフォ王太子殿下へのツッコミ役として、日々腕を磨いている――。
「あーもう、そこまで言うならしょうがないなあ。ホラ、とっておきのこれを見せてあげるから」
「え?」
ア、アドルフォ様……!?
こんな台詞、台本にないわ……!
「王太子ボンバー!!」
「「「???」」」
なっ!!?
こ、ここでアドリブ――!?
しかも何てクソつまらない一発ギャグ……!
せっかく私が苦労して考えた台本が……!!
「あ、あれ?」
が、当のアドルフォ様は、思いの外まったくウケなかった渾身のギャグに、ポカンとした顔をしている。
ああもう――!
「わ、わかりました! そこまで言うなら今回だけは野菜を盗む練習に付き合ってあげますから、ちょっとやってみましょう!」
こうなったら私が何とかして、台本通りに戻さないと――!
「ああ、うん……」
が、アドルフォ様はギャグが滑ったのが納得いってないのか、若干不貞腐れている。
この人は――!!
まだ漫才中なのよ――!!
――こうして結局この日も私たちの漫才は、会場の空気を冷え冷えにしたまま終わってしまったのだった。
「アドルフォ様ッ! あれだけアドリブは控えてくださいって言ったじゃないですか!?」
漫才終了後の楽屋で、私は思わず怒鳴ってしまった。
大人気ないとは思いつつも、あんなに稽古した漫才を本番でブチ壊された以上、どうしても黙ってはいられなかった。
「うるさいなぁ。一から十まで台本通りにやる漫才なんて、面白くないじゃないか。面白い漫才にするためには、ある程度のライブ感は必要なんだよ」
「それはベテラン漫才師の場合です! 私たちはまだまだ駆け出しなのですから、まずは台本通りにキッチリ演じて基礎を身に付けていく時期だと、何度言えばわかっていただけるのですか!?」
それこそアドリブのギャグが滑って本番中に不貞腐れるなんて、漫才師として論外だわ!
「あーもう、うるさいうるさいッ! そもそも君の書く台本がつまらないから、僕がアドリブで面白くしようとしてあげてるんじゃないか!」
「なっ!?」
わ、私の台本が……つまらない……!?
「何だよあの、野菜を泥棒するネタは。僕は王太子だぞ!? 野菜泥棒なんてダサい真似、するわけないだろうッ!?」
「い、いや、ですから、あれは王太子なのにダサい真似をするから、面白いのであって……」
「いーや、違うね! どうせ君のことだ。僕に対する嫌がらせとして、あんな台本を書いてるんだろう?」
「……は?」
嫌がらせ??
「な、なんで私が、そんなことする必要があるんですか!? 相方であるアドルフォ様に!?」
「フンッ! もういいよ! 君とはもうやってられない。――今日限りで、君とのコンビは解散だ」
「――!!!」
そんな――!!
「ついでに婚約も破棄させてもらう。やっぱり婚約者は、もっと可愛げのある子じゃないとな」
「あ、あぁ……」
――こうして私は相方と婚約者を、同時に失ってしまったのであった。
「……ハァ」
一人で楽屋から出て夜会の会場に戻った私は、壁に寄りかかりながら深い溜め息を零した。
これからどうしようかしら……。
もうすぐ年に一度の貴族による漫才大会――『貴-1グランプリ』の予選が始まるというのに――!
貴-1で優勝することは、私の子どもの頃からの夢――。
でも相方のいない今の私では、ステージに立つ資格すらないわ……。
「やあやあ、どうもどうも! 先ほどのあなた様の漫才、拝見してました!」
「……? ハァ」
その時だった。
全身を派手な衣装で着飾った、20歳前後のやたらテンションの高い男性が声を掛けてきた。
だ、誰かしらこの人……。
あまり見ない顔だけれど。
でも、枝毛一つないサラサラの金髪に、つるんとした卵肌。
そして優雅な立ち姿といった風貌は、高貴な身分を想起させた。
「ああ、申し遅れました。俺はこういうものです」
「あ、どうも」
男性から差し出された名刺には、『ボンディ商会会長 ジルド・ボンディ』と記載されていた。
ボンディ商会――!
聞いたことがあるわ。
最近我が国で右肩上がりに業績を伸ばしている、新興の商会。
つまりこの人は、貴族ではなく平民ということ?
風貌的に、てっきり貴族だとばかり……。
とはいえこの夜会に出席できている時点で、貴族とも太いパイプを持ってはいるのでしょうけど。
「ええと、それで私に何か御用でしょうか?」
「はい、実は俺の野菜泥棒の練習にも付き合っていただきたいなと思いまして」
「いやあれは漫才のネタであって、ガチでやってるわけじゃないですから!?」
「それッ!!」
「――!」
ジルドさんが目を爛々とさせながら、指を差してきた。
は???
「あなた様のそのツッコミの精度、惚れ惚れいたしました! 今の俺の咄嗟のボケにも、瞬時に反応して的確にツッコまれたことといい、普段からたゆまぬ鍛錬を積まれているのでしょうね」
ジルドさんは腕を組みながら、うんうんと深く頷いている。
ああ、今のはボケだったのね?
私のツッコミの腕を試したってわけか。
――だとしたらこの人、見掛けによらず策士だわ。
そもそもこの若さで商会を経営している時点で、さもありなんといったところだけれど。
「実は俺も、貴-1で優勝するのが夢でして。ずっと相方を探してるんですが、なかなかこれという人が見付からず」
「――!」
まあ!
ジルドさんも、貴-1を!?
「やっとあなた様のような理想のツッコミ役を見付けたと思ったら、もう相方さんがいらっしゃるのですから、いやはや、人生というのは上手くいかないものです。ハハハ」
「そ、そんな……」
理想のツッコミ役なんて……。
そんなこと、初めて言われたわ……。
アドルフォ様は、一度も私のことを、褒めてはくださらなかったから――。
――よし。
「あ、あの、実は私、今し方その相方からコンビを解散された挙句、婚約も破棄されてしまいまして……」
「何と!? マジですかそれ!?」
「え、ええ、マジです……」
自分の恥を晒すようで情けないが、背に腹は代えられない……!
「もしよろしければ私と、漫才コンビを組んではくださらないでしょうか?」
「それは――! ええ! 俺としても、渡りに船です! 是非前向きに検討させていただきます」
「いやそれ結局断る時のやつ!?」
「ハハハ! 冗談ですよ! ――是非これからは、相方としてよろしくお願いします」
ジルドさんは真っ直ぐな瞳で、私に握手を求めてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私はそんなジルドさんと、固い握手を交わしたのだった――。
「やあクレオ様! ようこそおいでくださいました!」
「こ、こんにちは」
そして一夜明けた翌日。
私は城下町にある、ボンディ商会へとやって来た。
私を出迎えてくれたジルドさんは、昨日と打って変わってシックな服に身を包んでいたけれど、それが逆に内側から溢れ出る気品を感じさせていた。
本当にこの人、平民なの……?
「さあさあ入ってください。狭い所ですけど」
「あ、はい、失礼します」
ジルドさんの謙遜とは裏腹に、ボンディ商会の中はまるで宮殿の如く広々としており、豪華絢爛な装飾品で彩られていた。
これは、相当儲かっていることが窺えるわね……。
やはりこの人、やり手だわ――。
「あ、会長、その方が相方のクレオ様ですか!?」
「わぁ、綺麗な人……」
「会長、俺たちにも紹介してくださいよ!」
「――!」
あっという間に無数の社員の方々に囲まれた。
どなたも顔に生気がみなぎっており、この仕事が好きなのだろうというのがひしひしと伝わってくる。
ふふ、良い商会ね。
「オウ! こちらが昨日から俺の相方になった、コッポラ公爵家のご令嬢、クレオ様だ! みんなよろしくな!」
「クレオ・コッポラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
私は今まで何万回と練習してきたカーテシーを披露する。
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「うわあ、本物の貴族様だ!」
「綺麗だ……」
「やっぱ本物はオーラが違うよな!」
「うふふ」
ああよかった。
みなさん良い人そうで。
「ちなみにクレオ様の趣味は、年に一度生贄に生娘を捧げさせることらしい」
「だとしたら私人間じゃないですね!? 湖の底に住む龍神の類ですね!?」
「アハハハハ!! スゲェ! 会長のボケに、瞬時にツッコんだ!」
「美しい……」
「マジで天才じゃないですか!?」
「っ!?」
そ、そんなに褒められたら、逆にいたたまれないわ……。
このくらい、大したことじゃないのに。
「クレオ様、ようこそボンディ商会へ」
「――!」
その時だった。
思わず見上げそうになるほどの、背の高い黒いスーツを着た美丈夫が現れた。
この方は……?
「クレオ様、こいつは俺の秘書のドナテロっていいます」
「ドナテロです。どうぞよろしくお願いいたします」
ドナテロさんは折り目正しく私に頭を下げる。
「あ、クレオ・コッポラと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
私もドナテロさんにカーテシーで応える。
この方がジルドさんの秘書――。
このガタイの良さ、秘書というよりはボディーガードみたいね……?
「よし、クレオ様、ちょうどこれだけ社員もいることですし、今からここで漫才の稽古をしてみましょう!」
「えっ!?」
今から、ここで???
「おお! それメッチャ観てみたいっす!」
「さぞかし美しい漫才なのでしょう……」
「ワクワク! ワクワク!」
「で、でもまだ、台本もないですし……」
「大丈夫ですよ。まずは全部アドリブでやってみましょ」
「全部アドリブッ!?」
そんなッ!?
「む、無理ですよそんなのッ! 私、アドリブに弱いですし……」
「アハハ! あんなに的確にアドリブで俺にツッコんでおいて何を仰るんですか。――俺を信じてくださいクレオ様。あなた様なら、きっとできます」
「――!」
真っ直ぐな瞳で私を見つめてくるジルドさん。
私の胸が、トクンと一つ跳ねる。
何故だか身体の奥から、勇気が湧いてくるような気がした――。
「じゃ、じゃあ、試しにやってみます」
「よし、そうこなくっちゃ!」
「「「FOOOOOOOO!!!!」」」
漫才師たるもの、ステージに立った以上は、途中で下りるわけにはいかないものね!
今のうちに、ジルドさんと私の相性も知っておきたいし。
私はフウと深く息を吐いてから、前を向く。
「どうもー、ボンディ商会会長のジルドでーす」
「公爵令嬢のクレオでーす」
「二人合わせて、『クレオ商会』でーす」
「いやそれだと私が商会を乗っ取ったみたいじゃありません!?」
「「「アハハハハハ!!!」」」
――おお!
この感覚は――!
「最近本当に暑い日が続きますよね。俺の学生時代は、ここまで暑くなかったと思うんですけどね」
「いやジルドさんもまだお若いですよね!? 学生時代って数年前では!?」
「当時の学校は教師の体罰とかも当たり前にありましたしね。『どれだけ暑くでも部活中は水は飲むな!』って言われたり」
「だからいつの話ですかそれ!?」
「水道にはネットに入ったレモン型の石鹸がぶら下がってましたね」
「さてはあなたオッサンですね!? 実は思春期の娘いるでしょ!?」
「そうだクレオ様、今からご飯食べに行きませんか? 俺は若人がたくさん食べてるところを見るのが好きなんです」
「オッサン確定じゃん!! 辞書の『オッサン』の欄には、『若人がたくさん食べてるところを見るのが好きな人種』って書かれてるから! そもそも『若人』はオッサンしか使わないワードだし!」
「「「アハハハハハハハハハハ!!!!!!」」」
「――!」
ボンディ商会の中が、社員さんたちの笑い声で震えている――。
嗚呼、これッ!!
この観客からの、爆笑という名の賞賛――!!
私がずっと求めていたのは、これだったのよ――。
「どうですかクレオ様? 俺たちの相性、なかなかイイとは思いませんか?」
「――!」
ジルドさんが太陽みたいに眩しい笑顔を、私に向けてくれる――。
私の心臓が、ドクドクと早鐘を打つ――。
わ、私、どうしちゃったのかしら……!?
漫才の舞台でも、こんなにドキドキしたことないのに――。
「――はい、ジルドさんとの漫才、とてもやりやすいです」
「それはよかった。では改めて、これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
私とジルドさんは、再び固い握手を交わしたのだった――。
こうしてこの日以来私とジルドさんは、寝る間も惜しんで毎日漫才の稽古に明け暮れた。
ジルドさんとする漫才は、本当に楽しいものだった。
まるで長年連れ添った相方のように、阿吽の呼吸で繰り広げるボケとツッコミの嵐。
週に一回はボンディ商会の前の路上で新作漫才を披露し、道行くお客さんから爆笑を掻っ攫い、その宣伝効果でボンディ商会の売上もどんどん伸びていった。
――そして遂に始まった貴-1グランプリの予選。
当然の如く私たちは怒涛の勢いで予選を勝ち上がっていき、念願だった決勝戦へと駒を進めたのであった――。
「緊張してますか、クレオ様?」
決勝戦当日。
会場に着くなり、ジルドさんがそう訊いてきた。
「……そうですね。してないと言ったら噓になります。ここに来るのは子どもの頃からの夢でしたから、どこかまだ心がフワフワしています」
「うんうん、お気持ちはよくわかりますよ。俺も昨日は、30時間しか寝れなかったですから」
「1日が240時間の惑星の方!?」
「アハハ! 今日のクレオ様のツッコミも冴え渡ってますね! その感じなら、絶対大丈夫ですよ」
「ジ、ジルドさん……」
そうか、ジルドさんは私の緊張をほぐすために……。
ふふ、いつもながらお優しい方ね。
今日の決勝戦出場コンビは全部で10組。
決勝に残っただけあって、どの顔ぶれも有名なコンビばかりだわ――!
会場の隅のほうでネタ合わせをしているコンビは、ベテランの『デースケ・へナコ』。
無言でウロウロしているコンビは、新進気鋭の『ドナドナポップス』。
そして椅子に座り、目を閉じてじっと瞑想しているコンビは、優勝候補の『朝シャンマスター』。
こんな凄い人たちと、私は戦うのね――。
正直言うととても怖い。
――でもそれ以上にワクワクする!
私とジルドさんの力がどこまで通じるのか、試してみたい――!
ううん、むしろ絶対に勝ってみせるわ!
私がこんな風に思えるのは、隣にジルドさんがいるから。
ジルドさんと一緒なら、無限に勇気が湧いてくるわ――!
「では、行きましょうか、クレオ様」
「はい、ジルドさん!」
私とジルドさんは、受付へと並んで足を踏み出した。
「おお、誰かと思えばクレオじゃないか」
「――!!」
その時だった。
耳障りな聞き慣れた声がしたので振り返ると、そこには案の定アドルフォ様が、やたら胸の大きい女性と並んで立っていた。
アドルフォ様が王太子という立場を利用して、決勝からのシード権を得ていたことは知っていたけれど、本来なら決勝の場に立つ資格がないにもかかわらず、権力で無理矢理出場していることに、一人の漫才師として憤りを感じずにはいられない。
こんなの、漫才に対する冒涜だわ――!
「まったく、僕と別れてから早々に新しい男を引っ掛けるとは、真面目そうな顔して、存外ビッチだったんだな君も」
「なっ――!?」
何ですかその言い方は――!
あなただって、すぐその女性と婚約したじゃないですか!
――確かこの女性は、カルボーネ男爵家のマルツィアさん。
下級貴族の令嬢が、どうやって王太子殿下であるアドルフォ様と婚約するに至ったのかは謎だけれど、ニコニコと屈託なく笑顔を振り撒く人当たりの良さは、確かに私にはないものだ……。
その上胸も大きいし……。
「アドルフォ様、俺とクレオ様は、あくまで漫才の相方です。あなた様が邪推しているような関係ではございませんので、悪しからず」
ジ、ジルドさん……!?
「フン、どうだかな。まあいいや。どうせ優勝は僕たちに決まってるんだから、精々無駄に足掻くことだな。じゃあな」
「失礼しま~す」
アドルフォ様とマルツィアさんは、肩で風を切りながら去って行った。
な、何よあの態度!
「クレオ様、落ち着いてください。俺たちは自分たちの漫才をするだけです。そうでしょ?」
「ジルドさん……」
ああそうね。
私としたことが、危うく冷静さを失うところだったわ。
「ありがとうございますジルドさん。もう大丈夫ですわ」
「それはよかった。ちなみに残念会の準備はバッチリ済んでますので、安心してください」
「いや祝勝会の準備してくださいよ!? 既に諦めてるからそんなに落ち着いてたんですか!?」
「アハハ! ナイスツッコミ! それでこそクレオ様です」
「ふふ」
やっぱりジルドさんと二人なら私、どこまででも行ける気がするわ――。
「次ですね」
「そ、そうですね……」
そしてあっという間に8組の漫才が終わり、いよいよ次は私たちの番となった。
舞台袖から8組の漫才を覗いていたけれど、やはりどのコンビもレベルは段違いだった。
特に『朝シャンマスター』の漫才は、会場中を爆笑の渦に巻き込んでいた。
今のところは、間違いなく優勝候補だろう。
私たちが優勝するためには、あれ以上の笑いを取る必要があるということ――。
そう考えた途端息が苦しくなり、身体中が無意識にガタガタと震え出した。
くっ、これは、ヤバい状態ね――!
「大丈夫ですよ、クレオ様」
「――!」
その時だった。
ジルドさんがそっと優しく、私の肩を抱いてくれた。
ジ、ジルドさん……!?
「俺たちだって、あんなに稽古したじゃないですか。だからきっと上手くいきます。もう身体が覚えてますから」
「――! そうですね。あんなに稽古しましたもんね!」
いつの間にか私の身体の震えは止まっていた。
「それでは続いてのコンビ、『クレオ商会』、どうぞー!」
司会者の方が、私たちのコンビ名を呼んだ。
私はフウと深く息を吐いてから、前を向く。
「行きましょう!」
「ええ!」
私とジルドさんは、並んでステージへと駆け出した――。
「どうもー、ボンディ商会会長のジルドでーす」
「公爵令嬢のクレオでーす」
「二人合わせて、『クレオ商会』でーす」
「いやそれだと私が商会を乗っ取ったみたいじゃありません!?」
「「「アハハハハハ!!!」」」
ヨシ!
いつも通り、掴みはバッチリだわ!
でも勝負はこれからよ――。
「俺たちもこの貴-1決勝の舞台に立つために、ずっと今日まで稽古を積んできましたからね。感慨深いですね」
「そうですね。今日までいろいろありましたよね」
ええ、本当に、いろんなことがありました――。
「まずは残り三人の部員を探すために、学校中を駆け回ったり」
「あれ? 私の中の思い出と違うな? 部員って何?」
「偶然声を掛けた先生に顧問になってもらったら、実は現役時代は伝説の選手だったりね」
「あ! これ、漫画でよくある新しい部活立ち上げる系のやつだ!」
「やっと部員が集まっていよいよ練習できると思ったら、部長がいきなり強豪校と練習試合組んできたり」
「部長はすぐ強豪校と練習試合組んでくる!」
「そんで惜しくも試合には負けちゃうんですけど、強豪校のエースから、『こりゃ俺たちもうかうかしてらんねーな』って言われたんですよね」
「強豪校のエースすぐライバル認定してくれる!」
「そしていよいよ迎えた本番の試合当日、一回戦の相手チームのエースは、自チームの一番下手なキャラの兄だった!」
「自チームの一番下手なキャラ、相手チームにエースの兄いがち! てかキャラとか言っちゃってるよ!? 完全に創作じゃんこれ!」
「よお、スポポンドマフォック。お前みたいな落ちこぼれが、よく俺の前に顔を出せたもんだな」
「そしてエースの兄は弟を見下しがち! てか弟の名前クセ強いな!?」
会場が爆笑で、ドカドカ揺れているのを感じる――。
よし、このままいけば、優勝は目前だわ――!
「そんで、えー……」
「――!」
その時だった。
ジルドさんの台詞がつかえてしまった。
ま、まさか、台詞がトんだ――!?
くっ、完全に油断していた――!
よく考えたら子どもの頃からずっと稽古を積んできた私と違って、ジルドさんはまだ漫才の歴は浅い。
これだけの大舞台に立つのも初めてでしょうし、実は内心誰よりも緊張していたのだわ――。
だというのに、私の緊張をほぐすために、あんなに平気なフリをして……。
――これは、今度は私がジルドさんを助ける番だわ。
「ナメないでくれよ兄ちゃん。今の俺には、これだけ頼りになる仲間がいるんだ。こいつらがいる限り、俺は兄ちゃんにも絶対負けないよ」
「――!!」
こうなったら私がアドリブでスポポンドマフォックを演じて、無理矢理にでも台本に戻す――!
「へっ、あの泣き虫が、言うようになったじゃねーか。いいぜ、スポポンド……スポポンドマ……スポポン、試合でブチのめしてやるよ」
「弟の名前忘れないでくれよ!? 俺の名前はスンポポマドフォックだよ!」
「お前も間違ってるじゃねーか!?」
ヨシ!
ナイスツッコミですジルドさん!
これで台本通りに戻せた!
ジルドさん、ツッコミもイケるじゃないですか――。
(ふふ、ずっと一番近くであなたのツッコミを観てきましたからね)
(――!)
ジルドさんの目が、そう言っているような気がした。
ジルドさん――!
「そして試合は激しい攻防が繰り広げられ、残り時間はあと1分! そこで最後の最後にスポポンドマフォックが鍋に入れた隠し調味料が勝負の決め手となり、見事自チームは逆転勝利を収めたのでしたとさ。めでたしめでたし」
「いやこれ、料理部の話だったんかーい! もういいよ!」
「「どうも、ありがとうございましたー」」
ワッという歓声と割れんばかりの拍手で、会場が包まれた――。
嗚呼、なんて気持ちイイんだろう……。
多くの人を笑わせるって、こんなに気持ちイイものだったんだ――。
「本当にすいませんでした、クレオ様! 助かりました!」
「――!」
舞台袖に戻るなり、ジルドさんが深く頭を下げてきた。
ふふ。
「どうかお顔を上げてくださいジルドさん。私たちはコンビなのですから、本番で助け合うのは当然じゃないですか」
そもそもアドルフォ様とコンビを組んでた頃は、しょっちゅうアドルフォ様が台詞トばすから、そのたびに私がフォローしてたし。
「クレオ様……。嗚呼、あなた様はやはり、俺の理想の人です――」
「っ!?」
顔を上げたジルドさんの瞳には、火傷しそうになるほどの情熱が込められているような気がした――。
ジ、ジルドさん???
私の心臓が、かつてなくドクンドクンと激しく暴れる。
わ、私もしかして、ジルドさんの、ことを――。
「フン、それなりにウケてはいたようだが、ぬか喜びになるから、まだ歯茎は出さないほうがいいよ」
「優勝は私たちがいただきますから~」
「――!」
その時だった。
大トリを務めるアドルフォ様とマルツィアさんが、わざわざ私たちのところまで来て、そう煽ってきた。
ふうん?
「では、お手並み拝見しますわ」
「フン、よく観とけよ!」
「それでは~」
肩で風を切りながら、スタンバイ位置に着く二人。
「……あのお二人の自信、余程漫才の完成度が高いのでしょうか?」
ジルドさんがボソッとそう呟く。
フム……。
「何とも言えませんね。少なくとも私の知るアドルフォ様の漫才の腕は、それはそれはお粗末なものでしたが」
「では、ここから観させていただきましょう」
「そうですね」
泣いても笑っても、次で貴-1の優勝者が決まる――。
「どうもー、王太子のアドルフォでーす」
「男爵令嬢のマルツィアで~す」
「「二人合わせて、『プリンス・レディ』でーす」」
コンビ名は私の時と同じなの!?
「今日は名前だけでも覚えて帰ってください。はい、ここで早速の王太子ボンバー!!」
「あはは、アドルフォ様おもしろ~い」
「「「???」」」
は???
いきなり王太子ボンバー???
しかも何ですかその、マルツィアさんのツッコミ!
最早ツッコミというよりは、ただのリアクションじゃないですかッ!
そもそも全然面白くないし!
案の定会場の空気も、夜中にセーラー服を着たオジサンが公園でタップダンスの練習をしているのを目撃した時みたいに、無数の疑問符が飛び交っている。
これではとても、笑いが起きる空気とは言えないわ……。
「あ、あれ?」
が、当のアドルフォ様は、例によって思いの外まったくウケなかった渾身のギャグに、ポカンとした顔をしている。
あの人はもう、1ミクロンも成長してないわねッ!!
「ああそうか、まだこの会場のみんなには、王太子ボンバーは早かったみたいだね」
早かったというよりは、5億年ほど遅かったですわ。
「じゃあもっと初心者向けのやつを……、王太子エクスポート!!」
「あはは、アドルフォ様さいこ~」
「「「???」」」
あなたはもっと常識をインポートしたほうがいいと思いますッ!
こんなのただの、場末のキャバクラじゃない……。
……もうダメだわ。
これ以上はとても観ていられない……。
――結局アドルフォ様とマルツィアさんの漫才は、最後まで一度の笑いも起きなかった。
舞台袖に戻って来たアドルフォ様は、涙目で顔を真っ赤にしながら、私のことをガン無視してトイレのほうに逃げるように駆けて行った。
……アドルフォ様。
「それでは本年度の貴-1グランプリの、栄えある優勝コンビを発表いたします!」
司会者の方の宣言で、会場がワッと盛り上がる。
つ、遂にこの時がきたわ――。
舞台上には私たちを含め全組が横一列に並んで、自分たちの名前が呼ばれるのを緊張した面持ちで待っている。
お願いします、神様――!
どうか、優勝させてください――!
「きっと大丈夫ですよ、クレオ様」
「ジルドさん……」
隣に立つジルドさんが、いつもの太陽のような笑みを投げてくれる。
そうですよね、会場の笑いの量は、明らかに私たちが一番多かったですもんね――。
きっと、大丈夫なはずだわ――。
「本年度の貴-1グランプリ優勝は――『クレオ商会』のお二人でーすッ!」
「「「――!!!」」」
嗚呼、そんな――!!
「クレオ様ッ!!」
「っ!!?」
その時だった。
ジルドさんが、私をギュッと抱きしめてきた。
ふおっ!?!?
「クレオ様……!! ありがとうございます……!!」
「……! ジルドさん……」
私を抱くジルドさんの肩は、僅かに震えていた――。
嗚呼、やはりジルドさんも、ずっと怖かったのですね……。
ふふ、可愛い人――。
「お礼を言うのは私のほうです。今日まで私の我儘に付き合っていただいて、ありがとうございました」
「そんな! 俺は我儘だなんて――」
「ええい! こんなの無効だッ! 無効ッ!」
「「「――!?」」」
アドルフォ様??
アドルフォ様が地団駄を踏みながら、突然怒鳴り出した。
「この大会は貴族のためのものだろうが! なんで平民が優勝なんだよ! こんなのルール違反じゃないか! だからこの優勝は無効だッ!」
こ、この期に及んで、何を言ってるのかしらこの人は……。
「……アドルフォ様、ルール上は、コンビのうちどちらかが貴族であれば、出場権はあることになっております」
私は幼子に諭すように、アドルフォ様に説明する。
「ですから私たちにも、優勝の権利はあるのですわ」
「うるさいうるさいッ! 王太子である僕がダメだと言ったらダメなんだよッ! たった今から、両方王族か貴族でないと失格というルールにする! だから君たちは失格だ! 残念だったなッ!」
「なっ!?」
何なのよ、この人――!!
「フザけるなッッ!!!」
「「「っ!!?」」」
その時だった。
いつもは温厚なジルドさんが、珍しく声を荒げた。
ジ、ジルドさん??
「あなたはクレオ様が、どんな想いでこの大会に挑んできたか知らないんですか? あなたのように真剣に努力している人の邪魔しかしない人間に、漫才の相方になる権利も、人の上に立つ資格もありませんッ!」
「な、何をををををを!?!?」
ジルドさん――!
「おのれ、平民の分際でイキがりやがってええええ!!! オイ、この無礼者を、不敬罪で今すぐ処刑しろッ!」
「「「ハッ」」」
アドルフォ様の命令で、舞台上に無数の剣を握った兵士が上がって来て、ジルドさんに相対した。
「う、うわあああ!?」
「きゃあああ!!」
「ひええええ!!」
舞台上は瞬く間に阿鼻叫喚となった。
くっ――!!
だがそんな中ジルドさんだけは、優雅にアフタヌーンティーを嗜む貴族のように涼しい顔をしている。
「オウオウオウ! 会長には指一本触れさせねーぞ!」
「会長とクレオ様は……僕たちが守る」
「俺たちが相手だ、オラアアアアアアア!!」
「み、みなさん!?」
その時だった。
今度はボンディ商会の社員の方々が、舞台上に上がってジルドさんを守るように取り囲んだ。
あ、あぁ……。
「フン、そんな戦闘の素人の商人風情が、プロの兵士に勝てるとでも思っているのか!? オイ、全員纏めて叩き斬れッ!」
「「「ハッ」」」
兵士の凶刃が、みなさんに襲い掛かる――。
嗚呼――!!
「セイッ!」
「……フッ」
「オラアアアアアアン!!」
「「「ぶべら!?」」」
なっ!?
だが、素手にもかかわらず、社員の方々は瞬く間に兵士を全員制圧してしまったのであった。
えーーー!?!?!?
「バ、バカな!? こっちはプロだぞ!? それが、こんな素人集団に……」
アドルフォ様が奥歯をガタガタさせながら、ドラゴンに睨まれたコボルトみたいに震えている。
「いや、この連中はニャッポリート帝国の近衛騎士団の精鋭たちだ。そんな三流の兵士では、束になっても足元にも及ばんよ」
「な……に……!?」
一歩前に出たジルドさんの秘書のドナテロさんが、いつもの落ち着いた声色でそう言った。
今、何と仰いました???
ニャッポリート帝国、ですって???
――それって大陸一の、大国じゃないですか!
「このお方はニャッポリート帝国第二皇子であらせられる、ジルベルト・ボンフェローニ殿下である! 不敬なのはそちらであるぞ!」
「「「――!!?」」」
「ハアアアアアアアアア!?!?」
ドナテロさんが懐から白い猫の紋章を取り出し、それを前方に突き出す。
あ、あの紋章は確かに、ニャッポリート帝国の皇族の証――!
そんな――!
ジルドさんが、ジルベルト殿下だったなんて――!!
……でも、そう考えれば、いろいろと腑には落ちる。
ジルドさんから溢れ出るオーラは、明らかに平民のものではなかったもの……。
まさかそこまでの大物だったとは思わなかったけれど……。
「今まで隠していて申し訳ありませんでした、クレオ様」
「っ!?」
ジルドさん――いや、ジルベルト殿下が軽く頭を下げる。
あわわわわ……!?
「そ、そんな! こちらこそ、知らなかったこととはいえ、数々の無礼な振る舞い、申し訳ございませんでした!」
今まで私、ニャッポリート帝国の第二皇子殿下にバシバシツッコミを入れてたってこと!?
な、何てことなのおおおおおお!!!
「これで文句はないですよねアドルフォ様? 俺も一応皇族です。ですからこの、貴-1グランプリに出場する権利はあるんですよ」
「ぐ、ぐくおおおおおおおぉぉぉ……!!」
アドルフォ様は血の涙を流しながら、その場にうずくまって嗚咽した。
哀れね……。
「さあ、俺たちは帰って祝勝会といきましょう、クレオ様。ご馳走をたくさん用意してますから」
「――!」
ジルベルト殿下は私の肩を抱きながら、アドルフォ様に背を向けた。
ふふ。
「はい、そうですね」
「ひゃっほーい! 会長とクレオ様、優勝おめでとうございまーす!」
「お二人ならきっと優勝するって信じてました……」
「料理は俺が腕によりをかけて作ったんで、楽しみにしててくださいね!」
「ふふ、ありがとうございます、みなさん」
嗚呼、今日は人生最高の日だわ――。
「ふぅ」
ボンディ商会での祝勝会は、陽が落ちても一向に収まる気配はなかった。
流石に少し酔いが回ってきた私は、夜風に当たるために一人でバルコニーに出て来た。
「――クレオ様」
「――! ジルベルト殿下」
その時だった。
ジルベルト殿下がお酒でほんのりと赤く染まった顔をしながら、声を掛けてきた。
そのお顔があまりにも色気に溢れていて、私の心臓がドクドクと高鳴る。
「……そろそろ『クレオ様』なんて呼び方はやめてください。身分はあなた様のほうが、遥かに上なのですから」
「いいえ、やめません。俺にとっては、あなた様は今でも敬愛する相方なのですから」
「け、敬愛、って……」
私の胸の高鳴りが、更に一段階上がる。
「クレオ様こそ、俺のことは今まで通り『ジルド』と呼んでほしいです。ずっとあなたに呼んでもらっていたそちらの名前のほうが、愛着があるので」
ジルベルト殿下――いや、ジルド様は、子どもみたいに屈託なく笑った。
その笑顔が、何とも私の母性本能をくすぐる。
ふふ。
「わかりました。では今後はジルド様と呼ばせていただきますね」
「ジルド様――ですか。まあそれならいいでしょう」
「ジルド様は、何故身分を隠して平民として働いていたのですか?」
このタイミングしかないと思い、ずっと疑問だったことを口に出した。
「ああ、それは、大した理由はありませんよ。俺はどうにも、政争というやつが苦手でして。皇族として政争の駒に使われるのが嫌で、逃げ出したんです。それよりも商人として、お客さんを直接笑顔にする仕事がしたかったんですよ」
両手を広げながら嬉々として話すジルド様の瞳は、キラキラと輝いている。
ふふ、ジルド様らしいわね。
この方は根っからの、お人好しなのだわ。
「でも、こんな俺でも一応皇族ではありますからね。護衛も兼ねて、近衛騎士団であるドナテロたちが、社員として日夜俺を守ってくれてるってわけです」
なるほどね。
どうりでドナテロさんは、カタギには見えなかったはずだわ。
「そしてこの国でボンディ商会を立ち上げました。最初のうちは上手くいかないことも多かったですが、社員のみんなと一丸となって困難を乗り越えていく日々は、とても充実していました」
ああ、その楽しそうな光景、絵に浮かぶようだわ。
「みんなの努力の甲斐もあり、やっと事業が軌道に乗ってきた今から2年ほど前、王家が主催する夜会にも初めて呼ばれたのですが、そこであなた様の漫才を観たのです、クレオ様」
「――!」
えっ!?
そ、そんなに前から、ジルド様は私をご存知だったのですか!?
私とコンビを組んだあの日の夜会が、初対面ではなかったのですね……。
「あなたのキレッキレのツッコミに、一瞬で俺は心を奪われました。それ以来、俺もいつかあなたにツッコミを入れてもらえるよう、陰でこっそりボケの勉強をしてきたんです」
「ジルド様……」
そんな……。
ジルド様が漫才に興味を持ったキッカケが、私だったなんて……。
「……でも、あなたはあくまでアドルフォ様のコンビ。俺の想いは一生実らないのかもしれないと、諦めかけていたあの日の夜会で、偶然楽屋の前を通り掛かった際、あなたがアドルフォ様からコンビを解散されてしまっているのを聞いたのです」
「――!」
「不謹慎とは思いながらも、俺は千載一遇のチャンスに懸け、あなたに声を掛けました。結果は上々。俺は遂に、夢を叶えたというわけです」
月灯りを背に妖しく笑うジルド様は、まるで月の妖精みたいに美しかった――。
「そうだったのですね。それは何とも、光栄ですわ」
まさかそこまで、私のツッコミを評価してくださっていたなんて……。
「――だから今夜は欲張って、もう一つの夢も叶えたいと思っています」
「え?」
もう一つの、夢……?
「――クレオ様、俺はあなたのことが、好きです」
「――!!」
なっ――!?
ジルド様の蒼い瞳が、いつになく熱を持って私を真っ直ぐに見詰めている。
嗚呼、ジルド様――!
「どうか俺と、結婚してはくださいませんか」
私の肩を両手で抱くジルド様のお顔が、あまりにも凛々しくて――。
「はい、こんな私でよろしければ――」
気が付くと私は、そう応えていたのだった――。
「ハハッ! ありがとうございます! 一生大切にしますからね!」
「きゃっ!?」
ジルド様に強く抱きしめられた。
ジルド様の心臓、凄くドキドキしてる……。
きっと私の心臓の音も、ジルド様に伝わっちゃってるわね……。
「……もう二度と離しませんよ」
「――!」
耳元で甘く囁くジルド様の声に、私の頭が痺れる――。
あ、あぁ……。
「……クレオ様」
「……ジルド様」
月明かりの下で見つめ合う、私とジルド様。
――そしてジルド様の唇が、私の唇を――。
「オイ、押すなって!?」
「お前こそ!?」
「う、うわっ!?」
「「「――!!」」」
その時だった。
柱の陰から、社員の方々がドミノ倒しみたいになりながら現れたのだった――。
お約束ゥ!!
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