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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

77歳、エルフに転生す

作者: 藤 野乃

私は77歳の誕生日のすぐ後に死んだんだと思う。

大福を喉につまらせたはず。

で、気付いたら暗闇に一人で座っていた。

どういう経緯でここにいるのか全く覚えてないけれど…と記憶を遡ること数分。


突然目の前がうっすらと明るくなって、目の前に人が立っているのに気付いた。

「ひっ……!」

怖いのと驚きで喉がまたつまりそう。


「₦#$%₰₱₳▶≡$」

目の前の人が何か喋っているが、全く理解できない。

横にうっすらと光る玉が浮かんでいて、そのまわりだけが仄かに明るい。

暫く色々話し掛けてくれたが、私がなにも理解できていないのがわかったのか

困ったように笑った。

作り物のように美しい男性だ。

黙って立ってたらマネキン人形だと思ってしまうくらい、なんというか…作り物めいている。


声が低いのでそうだとわかったけれど、声がなければ女性と言われても違和感がない。

髪は紺か黒か…暗すぎてわからないが、濃い色であるのは間違いない。

そしてその髪は終りかけの線香花火のように、時折チラチラと火花を散らしていた。


どうしてそうなったのかはわからないが、私はその男に手を引かれ、足元を照らす光る玉を頼りに歩きだしていた。

空を見上げても何も見えない。

吸い込まれかるように真っ黒な空間だ。

男の時折輝く髪の毛と、目の前をフラフラと漂っている玉以外の光源はなくて

周囲は静寂と暗黒に包まれていた。


ここは所謂死後の世界なのか?という考えが脳裏をよぎった。

答えを出せぬまま引かれるままに歩き続けた。

少し冷たい空気の中で男の手はじんわりと温かく、それだけが頼りだった。


不思議なことに相当歩いた筈なのに、疲れるということがなかった。

男は時々私を様子を窺うように覗き込み、優しく微笑んだ。


永遠に歩き続けなければいけないのだろうかと思い始めた頃、遠くに明かりが見えた。

男は明かりを指差し、頷くと明かりに向かって歩きだした。


予想していたより早く目的地であろう場所に到着した。


ぼんやりと見えていたのは簡素な小屋の壁に取り付けられた、光る玉のうっすらとした光だった。

装飾もなにもなく、ただいくつかの小屋が集まっている場所のようだ。

どこかでたき火がパチパチと音を立てている気配もある。


私が勝手に日本の夜の明るさを基準に考えていて、この明かりがまだ遠くにあると思い込んでいただけなのだろう。


何人かの人が集まってきて、男と話を始めたが、相変わらず単語すら理解出来なかった。

全員簡素な白っぽい服を纏っている。


暫くすると一番大きい小屋の中から出てきた女性が強い口調で男と話し始めた。

他の人々は沈黙し、じっと様子を見ている。


言葉はわからないが、女性が何かを言った後に男が言い返し、抵抗している雰囲気。

周囲の人たちも口々に何かを話し始めて

男は私の手を離し、私は女性に連れられて小さな小屋に入ることになった。


この女性もまた見たことがないくらい美しい顔をしていた。

純白の長い髪がやはりチカチカと光っている。

灰色の澄んだ瞳を白く長い睫毛が降り積もる雪のように囲んでいる。

女性がほっそりした腕をあげて、私の肩に手を触れた。


何とも言えない感覚が身体を通り抜ける。

高層階から地上を見下ろした時の、ひゅっとするような脱力するような感覚。


「私の言葉がわかりますか」


女性がそう言った。


私は頷く事しか出来なかったが、女性はにっこりと笑って

身振りでテーブルにつくよう指し示した。

温かいお茶のような物を飲みながら、女性はゆっくりと話し始めた。


女性の名前はエルシーダ。

この集落はエルフと呼ばれる種族のものであること。

ここは私が生きてきた世界とは違うこと。

私が居た場所は星核の丘と呼ばれる、立入禁止で特別な場所だということ。

星核の丘で発生したエルフは必ず異界の魂を持っていること。


「こんなに急に色々言われても困っちゃうわよね」

私もそうだったから、良くわかるわ。

時間は無限にあるからゆっくり理解していけばいい。

エルシーダは、私にもう休むよう指示して小部屋に案内してくれた。

わずかに頭痛のしていた私は、その言葉に素直にしたがって固いベッドの上で薄い布にくるまって目を閉じた。


目が覚めたのは数日後だった。


エルシーダはまだ家から出ては行けないと言い、私は暫く彼女のもとで

知っておかなければいけないことを学んだ。

一番最初に学んだのは魔力を感じること、動かすこと。


(魔力だなんてほんとに?)


エルシーダが実際に室内に雪を降らせたり、手のひらに置いた種から花を咲かせたのを目の当たりにして

この世界に魔法があるということを受け入れざるを得なかった私は、真剣に魔法を理解することに取り組んだ。

じきにエルシーダがお手本の魔法を使う度に周囲が"揺らぐ"のを感じられるようになり…

その揺らぎがヒントになり、私も自分の内なる魔力を感じとることが少しずつ出来るようになった。


それをクリアしたら鑑定魔法。

手渡されたのは、木彫りの美しい枠の手鏡だ。

「良く見て。自分の頭に魔力を集めるのよ。

鏡を見て、これはなんだろう?って魔力を使った目と頭で考えるのよ。

絶対に出来るわよ。あなたはどのエルフより大きな魔力をもっているんだから」


私は血管と血流を想像して、一番魔力がありそうな場所から魔力を動かす練習をした。

前世の記憶のおかげで余計なことを考えすぎて悪戦苦闘したが、一度コツを掴んでしまえば簡単な事だった。

最初は木枠の鏡、と頭に浮かぶ鑑定結果は次第に黒檀の枠の手鏡になり、上質な鏡と装飾が施された黒檀で作られた手鏡、になり。

最終的には細工をした人物、持ち主、作られた日時までわかるようになった。



「レジュメラがね、あなたの事をフリュゼヌと名付けたと言っていてね…みんなあなたをフリュゼヌと呼ぶようになっているの」

エルシーダが困った様子で言った。


だけど、あなたは自分で自分の名前をつけた方がいいと思うの。

あなたは他のエルフとは違うのよ。

他人がつけた名前で縛られるのは避けないといけないわ。


そうね、この鏡をあげるわ。

自分が何者なのかわかるまで、鏡の自分の顔を見ながら自分を鑑定しなさい。

これもいい訓練よ。


「それが済むまで家から出てはダメよ」


多分、この家に来てから10日くらい経っていたと思う。

前世では娘に良いトシしてライトノベルばっかり読んで!とクスクス笑われていたけれど

私は小さな頃から本が好きで、晩年は片手間に読めるライトノベルが大好きだった。


こういう時はステータスって言ったらステータスを見られるんじゃないの?

死ぬまで勉強、生まれ変わっても勉強だなんて。


溜め息をつきながら手鏡を覗き込む。

エルシーダと少し似た雰囲気の顔だ。

髪の毛はショートボブ位で鮮やかなティファニーブルーだ。

エルシーダにはティファニーブルーが通じず、その色に近いのはペパーミントだと言われたけれど…自分では一番近いのはティファニーブルーだと思う。

細めの鼻梁は高さがあり品良く尖った鼻先は前世とは大違い。

唇は小さめだけどほどよい厚みもあり、美しい自然なピンク色をしている。

鏡の中の自分もジーッと自分を見返してくる。

その瞳はうるうると潤み、不思議な色をしている。

外側は夏の遠くに見える青空のような色味だけど、中心にいくにつれてじわじわと灰色になっている。

灰色の方が多くてガラス玉のように澄んでいて、この部分がエルシーダを彷彿とさせているのかもしれない。

睫毛は髪の色より濃く感じるけれど、髪の毛より短いからだろうか。

お箸が乗りそうなくらい長くて量もある。

眉毛は濃くも薄くもなく、緩やかにカーブしている。

とても美しい顔だけど、最初にあった男、周囲の人々、エルシーダが美しい顔をしているので

エルフ自体がみんなこういう顔なんだろう。

雰囲気の差や微妙な違いはあるけれど。


魔法の行使は簡単で一度見たり、やってみたいと思い付いたことはほぼ完璧に再現できた。


「本来はもっと苦労するものなのよ。

あなたは特別。魔法を使うのは息をするより容易いことだと思うわ」


だけど、自分を鑑定するのは本当に難しかった。

更に日数が経ち、数十日経った頃ようやく自分を鑑定することが出来た。


【フリュゼヌ(保留中)

0歳

星核が産んだ最後のエルフ】


エルシーダにその事を伝えると、彼女は難しい顔になった。

暫く考えた後、エルシーダは言葉を選びながらゆっくり話し出した。


「名前というものはこの世界での自己存在を安定させるものなの」


そして、魔力を乗せて名付けられた名前は強く世界に結びつけられる。

それは悪いことじゃないのよ?存在が強固なものになるだけだから。

生まれた我が子に幸せを願ってそういう風に名付ける親も多いし、動物に名付けて飼う場合も長生きしますようにとか病気しないように、と付けるものなの。


もちろん魔力無しの名付けの方が主流よ。

魔力の名付けは出来る者が少ないから。


ここはエルフしか居ないからピンと来ないと思うけれど。

この世界には色んな種族がいて、国家として成立してる集団も多くあるの。

それらの国ではね、魔力で名付けするのは基本的に禁忌とされているのよ。


なんでかと言うと、名付親が名付け子に心理的な強制力を持つ事になるからなの。

名付け親が何もしないなら問題ないのよ?

でも、もし名付け親に悪意があったらどうなると思う?


もちろん自殺しろ、とか嫌がる事を無理強いするとかそこまでの強制力はないんだけど。

巧妙に【ちょっとした事】をさせて、悪意ある名付け親に都合のいいようにする事件が起きちゃうのよ。

そういう背景があってね、魔力の名付けは正当な理由がないと危険って事でほぼ全世界で禁忌になってるのよ。


「ここからが本題なんだけど、あなたのフリュゼヌって名前、魔力名付けされてるの」


(え?どういうこと?)


「保留中ってことはあなたが抵抗しているから、術が途中で止まってるって事」


この場合はあなたが自分がそう呼ばれてるのを知らなかったって事もあるけど

大きな理由はあなたの方が魔力で勝ってるからだと思うわ。

でも、受け入れてしまえば名付けられちゃうわ。


「困ります!そういうの…」

そういうのは困る。

この流れ、絶対何か悪いことになるって相場が決まってるもの。


「魂と紐付いてる名前があるでしょう?それはダメよ。

それは誰にも知られてはいけないわ。

違う名前を自分で決めて自分で魔力名付けしなさい」


魂と紐付いてる名前…つまり前世の名前はダメと。

フミコはダメなのね。


思い付かない。

エカテリーナとか?

マリアンヌとか?


迷いに迷って面倒になり、ちょっとなげやりに名前を決めた。


「声に魔力を乗せて、自分にその名前を言い聞かせなさい。

鑑定結果が変わるまでよ」


他人の術式の上書きは難しいけれど、あなたなら出来るから。

これも訓練と思ってやりなさい。

ちゃんと完了したら、外に出てもいいわ。


「自分で自分の名前を決めて名乗ることは誰にでも出来るんだけど、自分に魔力名付けするのは不可能なのよ、ほんとはね」


あなたには出来るわよ。

なんでかって?

勘よ、勘。

「さ、お部屋に戻って頑張りなさい」


そこから何百回もチャレンジして、数えるのすら諦めた頃にやっと自分の名前が世界に確定した。


自分の存在が強固になるとはこういうことか。

概念的な話かと思っていたけど、魔力もハッキリ感じるし五感も研ぎ澄まされたかにように鋭くなった。

そして、髪の毛がキラキラと光りの粒を撒き散らすかのように輝きだした。

眩しい。


「おめでとう、これであなたは誰からも支配されない自由なエルフよ。

名前はとりあえずフリュゼヌと名乗るといいわ。

ああ、髪はそのうち落ち着いてくるから大丈夫。」


その後、エルシーダは私を連れて外に行って集落の人々に私を紹介してくれた。

私を連れてきた男は見当たらない。

「私を連れて来てくれた人は?」

とエルシーダに聞くと

「レジュメラは謹慎中よ、立入禁止区域に入っただけじゃなくてあなたに魔力名付けまでしたんだから」

首を飛ばしてもいいくらいよ、と返事が来た。


エルフは同族の子供にはちょっと優しい。

レジュメラは集落で一番若く、成人と見なされる200歳に数年届かない未成年。


未成年ゆえ殺しはしないが、謹慎中であるという事だった。


"フミコ"であった前世の記憶は消えることは無かったしフミコである事を否定する理由もなかったのだけれど

集落で過ごす内に私はエルフであることにも徐々に慣れていった。


日本のフミコの常識は通用しない。

大好きだったライトノベルの知識も通用しない。

そうだな…強いていうならエルフの世界って世紀末の…あの巨大な黒馬が出てくる少年漫画みたいな倫理観だった。

もちろん、悪い方のだ。


血で血を洗うっていうの?

もちろん優しい人もいたけど、命の扱いは軽かった。

あと野菜食べないね。

肉ばっかり。


自分のイメージのエルフはベジタリアンっぽくて森に住んでて、冷静沈着で余計なものは欲しがらずナチュラルに生きてる種族…だったんだけど。


実際は短気だし欲張りだし、すぐ殺すし。

血も涙もない感じよ。


エルシーダも最初は保護者のように優しかったが、私がエルフとして生きていけると判断してからは他のエルフと同じように自由気ままに生きていた。

それでも質問すれば惜しみ無く知識を与えてくれたし、私の【師匠】であることに違いはなかった。


謹慎を解かれたレジュメラは年が近いからと言う理由で、良く遊びに誘われた。

(年の差197歳だ!)

自分を兄だと言い、なにかと絡んでくる。

彼はとても好奇心旺盛で興味をもったら何でもやるエルフだった。

いや、エルフはみんなそうなのだけれど。

レジュメラは特にそういう傾向が強かった。


羽…翅っていうのかな、翅の生えた妖精ピクシーを捕まえて

「むしったらどうなるのか見たい」と言う理由で翅を容赦なくむしる。

ピクシーの翅は魔力で形成されているため、すぐに生えてくるんだけどそうすると今度は

「どういう理屈ですぐ再生するのか」ということに興味が湧くらしい。

何十匹も捕まえて持ち帰り、2、3年家から出て来なかった事もあった。

学者にでもなればいいんじゃないの、と親に言われていたけれど

本人は集落から出る気はないようだった。


親が存在しないのはエルシーダと私だけ。



数万年前、とある小さな星でエルフ同士の戦争があったそうだ。

何をしたかは知らないが、星は破壊され一番近くにあった大きい星に墜落したらしい。

多くの破片は海に沈んだが、一番大きい星の欠片は海に落ちたあと大陸になった。

これがこの世界で一番大きいメア大陸。

その次に大きかった欠片は海に墜ちることなく、空を漂う浮島になった。

こちらが今私が住んでる天空大陸デジュカ。


これ、神話じゃないのがすごい話だ。

住んでた星がそんなとんでもないことになってもエルフや魔族、魔物は生きていた。

エルシーダが若かった頃は生き残りのエルフがまだ健在だったと。


その小さな星の核は4割がデジュカに。

6割がメア大陸に残っている。

そも星核から生まれたのが初代の星エルフ。

この方は男性だったらしい。

次に生まれたのがエルシーダ。

エルシーダは幼子の姿で生まれて来た為、初代の子として育てられた。

星核は徐々に力を失いいずれただの石になるだろうと初代は言い、あと一回くらいは星エルフが出てくるかもしれない。

その時はお前が面倒を見てやりなさいと言われて彼女は育ったそうだ。


この話を聞いてエルシーダと星核の丘に行ってみたのだけれど。

丘はもう存在せず、赤茶けた岩がゴロゴロ転がっているだけだった。

「本当にただの石になってるわね。ここ、あなたが生まれるまでは草がはえた丘だったし星核も真っ白い綺麗な大岩だったのよ。」

感慨深そうにエルシーダが呟いた。


それから暫くして初代はどこにいるの、と聞いた事があった。

エルシーダは自分が殺した、と言った。

更に聞いていいものかどうか悩んで黙った私にエルシーダは笑って言った。

「だって私のものにならなかったんだもの」


でも、今はずっと一緒よ。

そう言って髪をかきあげて美しいネックレスを見せてくれた。

宝石かと思っていた大きなアメシストは宝石ではなくて初代の魔核であるらしい。


エルシーダも充分エルフらしいエルフだった。

総じてみんな、頭がおかしい。


「初代は普通のエルフより強かったのよ。

でも、私の方がずーっと強かったの。

あなたはもっともっと強いわね。

もう星核は無くなったし、あなたは最後で最強なんじゃない?」


それから100年くらいが過ぎたある日の事だ。

突然大きな魔力波と共に轟音が鳴り響いた。

何事かと家の外に出てみると、集落の半分が火の海だった。


レジュメラがゲラゲラと大声で笑いながら獄炎を放ち、それを物理的に止めようとするエルフ、豪雨を降らせるエルフ、殺そうとするエルフ、返り討ちにするレジュメラ、、、


どうしたらいいんだろう。

仲の良い私が止めてー!って言えば止まるかな?

立ち尽くす私の横にエルシーダが来て囁いた。

低い声で「関わるな」と、私の腕を掴み転移した。


「ここは私のサランデジュカでの拠点なの」


デジュカ大陸唯一の国サランデジュカ。

エルシーダは首都サランに家を持っていた。


ここ、あなたも使えるようにしておくわ。

魔力を通しておきなさい。

私が死んだらあなたにあげるようにしてあるから。


私達の居た集落は都心から離れた大陸の端っこにある。

この場所は逆の端に近い。


「エルフがあんな風に喧嘩を始めたらどっちかが死ぬまで収拾つかないことがあるのよ」


エルシーダが面倒臭そうに顔をしかめた。

「まあ、レジュメラがあなたを殺すことは無いとおもうけどね。

魔力で名前をつけようとするくらい、執着してるんだもの」


(執着された覚えは無いのだけど…?)


「あなたはエルフの中にいても目立つ存在だと思うのよ。

とても美しいもの」

私もだけどね、とエルシーダはテーブルに食事を出しながら笑った。

サランは全体が白い石造りで整然としている見映えのいい都市だった。

道路の横には花や草が計算されて植えられていて、華やかな印象も。


7、8日位経ってエルシーダはそろそろ見に行ってみましょう、と集落まで転移した。


きれいさっぱり何も無かった。

焦土ってこういうことを指す言葉だ。

ちょっと離れた所に幾つかテントが設営されている。


「ねえ、結局どうなったの?」

エルシーダが数人のエルフに聞いている。

レジュメラの母親も居る。


事の発端は庭でバーベキューをしていた時に、レジュメラが自分のために焼いていた肉を父親が食べちゃって言い争いになっただけだったらしい。

この父親も実にエルフらしいエルフで。

しかも酒癖が最悪だった。

最初に魔法を撃ったのは父親で、レジュメラの研究成果が詰まった大事な離れに火魔法を撃ち込んで燃やしてしまった。

そこから激昂したレジュメラが応戦し、周囲の人々を巻き込む大惨事になったらしい。


60人くらい居たエルフで生き残ったのはさっさとその場を離れた10人程度。

ここがエルフらしいところなのだけど、レジュメラの母親はけろっとしていたし

周囲もレジュメラの母親に特別悪感情は持っていないのだ。

レジュメラは結局どこかに転移してここからが去っていったらしいし、残ったエルフ達も首都に行くか旅に出るようだった。

「長く生きてたらたまにこういう事あるよね」

「あるあるー」

「次はどこに行こうかねぇ」

「ま、仕方ないよ」

こういう雰囲気なので、エルフとしてならこれで良いのだろう。

墓という概念も風習もないので、特になにもすることは無く私とエルシーダはサランへ戻った。


時々サランデジュカに飛竜便で戻ることはあったけれど、数百年くらいはエルシーダとあちこちの大陸を旅して回った。

時々気難しくなる事もあったけれど、エルシーダはまあまあ楽しい旅の道連れだった。


私がもうちょっとで1000歳の大台に乗るかなって時期にエルシーダが

「私ね、もうあなたに教えられる事無いと思うの」

いつものようにネックレスを弄びながら。

「そろそろ終わりにしようと思ってるのよ」


もう充分生きた、と。


私はエルシーダの希望通り、星核の丘のあった岩場まで一緒に行った。

相変わらず岩しかない荒れ地だ。


私ね、子供の頃から初代…ルイっていうんだけど彼が大好きだったの。

好きっていうより愛してたの。

ルイは自分は父親だって言っていつもはぐらかしたけど。

何千年も一緒にいたのよ。


エルシーダは暫く思い出に耽って目を閉じて静かになった。

私は静かにエルシーダの横に座り、待つだけだ。


半日ほど経って、再びエルシーダは話し出した。


ある日ね、ルイは人間と恋におちたの。

野暮ったい女だったわ。

ルイは私に言ったの。

君はそろそろ親離れした方がいいって。


ねえ、わかるかしら。

ルイは何千年も私と一緒だったし、私が異性として愛してるって知っていたのよ。

こんな残酷な事ってある?


エルシーダの瞳は燃え上がる星のようにキラキラと輝いている。

今でもその怒りと絶望がエルシーダを捕らえて離してくれないのか。


ルイはそのまま私の元を去ったの。

随分探したわ。

と言っても10年くらいだったけど。

私には長い長い時間だったのよ。


やっとルイを見つけたのはイヴォークにある田舎町だったわ。

女の方を先に見つけて、後をつけていったの。

ルイに会えると思って。

そしたらね、女が帰った家からルイとね。

ルイと子供が出てきて、女を抱きしめたのよ。


おかしいと思わない?

何で私じゃなくてその女なの?

選ぶのはルイだってわかってたわ。

それでも私は私を選んで欲しかった。


ルイはいつだって優しかったけど。

愛せないならそう言ってくれた方がずっとマシだったと思うの。

ルイの愛してるよ、が娘としてって意味なのはわかってたけど。

わかってたけど、もしかしたらって思っちゃうじゃない。

優しくしてくれるんだもの。



いつかは必ず私を見てくれるって信じたかったの。

ルイは私を見て女と子供の前に立ってね、そう、あの女を庇って前に出たの。

ほんっと冴えない女だったわ。


私、私の方が強かったの…ルイより。

ルイに会えたら言いたいこといっぱいあったの。

なのに、ルイは私に何をしに来たんだって。

帰れって言ったの。


何も言わないで魔法を使ったわ。

ね、私が氷が得意なの知ってるでしょ?

ルイの目の前で女と子供を凍らせて粉々にしたの。


苦しませてないのよ。

一瞬で凍ったんだもの。

本当はすごく苦しめたかったの。

だけど、私はルイを愛していたから家族を苦しめる事はしなかったのよ。


また一緒にいられると思ったのに、ルイは自分を殺してくれれば良かったって言ったの。

自分の命より、その女と子供の方が大事なんだって。

私を愛する事はもう絶対に無いってその時初めて言われたの。

なら、死んで。っていうしかないじゃない。

ルイはね、抵抗しなかったわ。


前に教えたし、見たこともあるでしょ?

エルフと魔族って他の種族と違うって。

死んだら魔核以外は何も残らないでしょう?

でもすぐ消えるわけじゃない。

1時間くらいかかるものね。


「私、女とルイが同じ場所で消えるのが嫌だったの。

だから殺した瞬間に時空庫にいれたのよ。

それでここに戻ってきて、ルイを見送った。

ルイと同じ色の魔核が残ったわ。

そこからまたずっと一緒に居るの」


なんとまあ、重い愛が過ぎる話だったし

思ってたより遥かに正気の沙汰じゃなかった。


「愛が重い…」


エルシーダはそうかしら?と首をかしげた。

「私の前世ってね、あなたと違う世界。

私が居た世界には魔法があったもの。

その世界は生まれた時から愛する相手が決まってて、それは絶対だったわ」


「うん」


「だから、私はそんなにおかしいとは思わないのよ。愛は絶対だもの」


「なるほどねぇ…エルフはエルフでも、前世の自分にある程度引っ張られるのかな」


それはあり得るわね、とエルシーダは頷いた。


「感想をひとつ言うとしたら、私エルフとは恋愛したくない」


ひどいわね、でもあなたはその方がいいかもしれないわね。

レジュメラって私と同じタイプだと思うもの。

そうね、好きとか愛してるとかそういう気持ちじゃないかもしれないけど。

本人じゃないとそこはわかんないわね。


エルシーダは楽しそうに声をあげて笑った。


「お願いがあるんだけど」


「なに?」


「私が死んだ後に残る魔核、ルイの魔核と絶対離れないように加工してここに【お墓】を建てて欲しいの」

ああ、ちょっと埋めて石ころ置いてくれる程度でいいわよ。

面倒なら砕いて混ぜてくれても良いし。

ね、最初で最後のお願いよ。

私、ちゃんとルイの約束は守ったわ。

最後のあなたをちゃんとお世話したもの。


私が返事をする前に、エルシーダは砂のようにサラサラと崩れていった。


「良いよだなんて言ってないのに」


私はエルシーダが着ていた服を地面から持ち上げると、あちこちから砂がこぼれキラキラしながら消えていく。

ポトリと服からエルシーダの魔核が転がり落ちた。

エルフの魔核は大体目の色と同じなのに、灰色の瞳を持つエルシーダの魔核は鮮やかな深紅だった。

落ちているネックレスを拾い上げ、ルイの魔核を傷付けないよう魔法を使いながら慎重に外す。

2つの魔核を空中に浮かべて集中して圧力をかけていく。

エルシーダが出来ると便利だからと教えてくれたやり方だ。

私にこれをさせるために教えて練習させてたんだと思うと複雑な気分だ。

圧力を高めていくとやがて魔核は熔けるように混じりあい、ひとつの塊になった。

紫と深紅のマーブルがとても美しいけれど、成り立ちを知っていると恐ろしくも感じる。


私は穴を掘って二人の魔核をそっと底に置いて土を掛けた。

そして、一番大きなかつて"星核だった岩"を墓標としてその上に動かした。


エルフの古語でエルシーダは【何より愛しき者】という言葉だ。

その昔、この世界に落ちた星の名は【ルイ】


星の名を持つ最初の星核のエルフ、ルイはどんな想いでエルシーダという名前を彼女に与えたのか。

エルシーダのしたことは狂気に満ちていたけれど、私一人くらいは彼女を悼んで願いを叶えても良いだろう。

墓を持たぬエルフの彼女がどんな理由でお墓に拘ったのかは知らないけど。


私は大岩の傍で一夜を過ごした。

偶然なのか必然なのかわからないけど、星すら見えない暗黒夜だった。


私が最初に呼ばれた名前はフリュゼヌ。

星も見えない暗い夜という古語だ。


そんな夜に生まれて、そんな夜に大事な人を見送るなんて。

私はこの世界に来て初めて涙を流し、ちょっとだけ泣いた。


夜が明けて私は立ち上がり、暫くデジュカから去る事にした。

世界は広く、まだまだ行ってない場所がたくさんあるのだ。

ひとり旅もそんなに悪くない筈。


私は最後の星核のエルフだし、とても強いエルフだもの。







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