表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/49

30話

「あー、全然心配しないで。ただ、病院が居心地良すぎて長居してるだけだから」


 友希さんは小さく笑って、不思議そうに顔を見てくる。


「どうした? 何かあった? 今日、何だか落ち着きないみたいだけど」


 パンを食べながら、ついスマホに手が伸びそうになっていた。そんな様子を見ていた友希さんが、じっとこちらを見つめながら微笑んだ。


「いや、なんでもないです」


 言い訳じみた返事をしながら、視線をパンに落としていると「もしかして試合?」友希さんが軽く笑いながら訊いてきた。

「友也。今朝、バスケットの試合を観に行くって出て行ったから」

「いや、大丈夫です」


 何とか返事をするけど、自分でもぎこちないのがわかった。


「……それにしても、あの子、近頃おかしいのよね。急にまたバスケットに興味持ちだしたりして」

「また?」

「女の子と遊んでると思ったら、バスケットの練習してるみたいだし」


 滝本がバスケ——意外な言葉に思わず顔を上げると、友希さんの表情はどこか不可解な面持ちだった。


「あれ、知らなかった? 友也、バスケットやってたのよ」

「初耳ですね……」


 友希さんの視線は、どこか懐かしそうに遠くの方を向いていた。


「あんなに頑張ってたのにね。中学でやめちゃってね」

「どうして?」


 友希さんは一瞬だけ目を伏せ、言葉を選ぶように唇を軽く動かしたあとに、小さくため息をついた。


「いくら努力しても天才には勝てないんだって——」



---



 朝のひんやりとした空気を感じながら、学校への道を歩いていた。遠くに見えた滝本の後ろ姿に自然と足が速まる。

 はやる気持ちを押さえながら、なるべく落ち着いた足取りを装って近づく。きっと——ただ、温まりたいだけだと足のせいにして。

 あと少しのところで滝本は振り返った。


「おう、純っ」


 軽い挨拶と無防備な笑顔で、いつも通りの滝本だった。

 簡単な挨拶を交わすと、俺の顔をちらりと見つめた滝本に「な、なんだ? どうした、息切れてね?」と、指摘される。どうやら鼓動は隠しきれなかったらしい。

 できるだけ何ともない顔を装ってから、それとなく訊いてみた。


「どうだった?」


 甘かった。滝本をみくびっていた。高感度センサーにすぐ引っかかる。

 ははーん、と口角を上げ、悪そうな顔をした滝本が、俺を舐めまわすように見てくる。


「そんなに気になるなら本人に聞いてこいっての」


 少し気持ちがざわついた。もったいぶるような素振りに、何ともいえないもどかしさが残る。

 いま振り返ると、俺は……昨日も一昨日も、滝本か野々原の連絡を、もしかしたら——と待っていたのだ。

 そんな様子に呆れたのか「わーった、わーった」と、滝本はやれやれといった感じで手をひらひらと振る。


「結果は一勝一敗。どの四校とも混戦状態。最終日までは勝負はわからん」


 そう言いながら歩き出そうとする滝本。けど、俺の反応を見て足を止め、首を傾げる。


「たく、そんなに気になるなら自分で試合見に行けっての」


 ため息をついてから滝本は続けた。


「初戦は、野々原の3ポイントが八本炸裂して圧勝。二試合目は、3ポイントを対策されて惜敗ってとこだ。これで満足か?」


 俺は足を進めることで答えた。


「まあ……作戦なのか自信ないのかは知らんけど、ここ二試合ディープスリーは打ってないから、次の試合は、その辺が鍵になるんじゃね?」


 滝本はそう言うと、ポケットに手を突っ込みながら足早に歩き出した。



 学校終わりのバイト。ドアベルがチリンと鳴って反射的に顔が上がる。そこには一人の女の人が立っていた。

 きちんと整った白髪を銀色に輝かせ、その(りん)とした佇まいからは年齢を感じさせなかった。


「いらっしゃいませ」


 いつも通り声をかけると、女の人の目がふっと細まった。


「新しいバイトの子?」


 柔らかな声に「はい」と返事をすると、女の人は、じっと俺の目を見つめ、不意に含みを持たせたように言った。


「あら、あなた。そんなに大きな穴を空けて、どうしちゃったの? どこで落としてきた?」

「え……?」


 意味がわからず呆気(あっけ)にとられて、そのまま固まっていると、友希さんが慌てた様子で近づいてきた。


「あー、ごめんねー。その人、うちのおばあちゃんっ。あと……ちょっとそっち系の不思議な力があるっていうか……変なものが見えちゃう人なの。占いとかやっててね」


 いまいちピンとこない俺は、どう反応していいのかわからず、思わず「はあ……」と曖昧な声だけがこぼれた。


「興味あるなら占ってもらえば? すっごい当たるって評判だから」


 友希さんは笑って続けるが「はあ……」と、また同じ返事が出てしまった。


 すると滝本のばーちゃんは眉をひそめ、友希さんに向かって口を尖らせる。


「こら、私を変人扱いするなって、いつも言ってるだろう?」


 その口調は少し怒っているようだけど、優しさも含んでいた。


 占いか……。

 心の中で繰り返してみるけど……

 興味はないな。



 ボールの音が止んで、体育館にコーチの落ち着いた声だけが残った。前の試合の反省と次の星ヶ丘学園についてだ。


「次の試合。相手優勢の展開が予想されます」


 一拍置いて、コーチは目を細めて全員を見渡す。表情に派手な感情は見せない。それでも、声の端々に隠しきれない熱が宿っていた。


「でも、最後まで走り切って、粘り強く食らいついていこうっ。そうすれば必ず、後半にチャンスは来る。絶対、気持ちで負けないこと——」


 冷静な口調に込められた確かな想いが、漂う汗と熱気に混じって、コーチの言葉をさらに際立たせていた。



 練習が終わり、パン屋さんへと向かう。

 汗ばんだ服のせいで、肩にかけたバッグの部分が肌に張り付いている気がした。


 ……今日は、学校で鳴海君に会えなかった。

 試合のことをちゃんと伝えたかった。


 店に入ると、小さな鈴の音がチリンと響いた。店内は静まり返っていて、焼きたてのパンの香りだけが漂っている。


「あれ……?」


 お店の人を探していると、奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あー、いらっしゃいませー、ごめんなさーい!」


 顔を見せたエプロン姿の店員さんは、私を見るなり「あー、ごめんねー。純君、もうバイト上がっちゃったー」と申し訳なさそうに笑う。


「あ、ぜんぜん平気ですっ」


 努めて明るく答えてから、今朝、お母さんに頼まれていた食パンを手に取ってレジへ向かう。袋に入れた食パンが、温かい。

 会計を済ませて店を出ると、冷たい風が頬をかすめた。そして歩き出そうと思ったとき、目の前に突然と現れた、お婆さん? 白髪の女の人にいきなり声をかけられる。


「あら、へびつかい座の女だね」


 思わず足が止まる。へびつかい座? 何それ?

 柔らかい笑みを浮かべたその人は、じっと私を見つめていた。


「大丈夫。安心して、私も同じへびつかい座だから」

「へ?」


 唐突すぎて思考が追いつかない。女の人はふわりと微笑み、話を続ける。


「生まれは、十二月十一日でしょ?」

「え……何でわかるんです?」

「んなもん、顔見ればわかる」


 相変わらず意味不明だったけど、その目からは何となく真実味が伝わってきた。


「同じ星のもとに生まれた同士だ。ついでに見てあげるよ。助けたいんでしょ?」


 助けたい? 何を?


 女の人は問い返す間もなく、静かに私の目を覗き込んできた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ