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第43話 衿華の伯母

「オレも……実はな……衿華と最初から最後まで一緒に回りたいと思ってた」


 それを聞いた瞬間、衿華は驚いたように千成を見つめ、それからゆっくりと微笑んだ。

 ほっとしたような、それでいて少し嬉しそうな表情。


「千成も……私と一緒に回りたかったんだね?」


 衿華は、千成に期待するような、揶揄っているような表情を見せていた。

 距離感を感じてから、見ることが出来なかったいつもの彼女の姿に、彼は息を呑んでいた。


「当たり前だ」


 千成が視線を逸らしながら言うと、彼女はよくできましたと微笑む。


「嬉しいよ。すっごく」


 その言葉に、千成の胸は高鳴った。

 彼女の素直な気持ちを聞けたことで、2人の間に漂っていた微妙な距離感が一気に縮まったことを確信したのだ。


「衿華が……オレと2人きりで行きたがってたのが……なんか嬉しいや」


 千成がそう言うと、衿華の表情はさらに柔らかくなり、楽しそうに祇園祭の話をし始めた。


「実はね、私、去年も祇園祭に行ったことがあるんだ!

 山車の勢いが本当に凄くて……!特に最終日に山車が一気に駆け上がる『総引き』は圧巻そのものだったんだよ」


 衿華の目が輝く。まるでその光景を思い出しているかのようだった。

 千成はそんな彼女を見ながら、自然と笑みが零れていることに気が付いた。


「へぇ、そんな迫力のあるシーンがあるんだ。楽しみだな」


「それから、お寺にもお参りしようね。お祭りの期間中は特に賑やかで、境内も活気に満ちているんだよ!

 2人でお参りして、いろんなお願い事をしよう。

 あとは……裏手にある公園とかも散歩しよ!」


「衿華、よく知ってるな……当日は案内を頼みたい。

 色々屋台も回って、美味いものも沢山食べような」


 2人の会話は弾み、いつの間にか以前のような自然な雰囲気が戻っていた。

 お互いを意識しすぎていたぎこちなさは消え、心地よい時間が流れる。


 既に、昼休みも終わりに近付いていた。

 2人は弁当を片付けながら、祇園祭の話を続けていく。


「千成は、お祭りで絶対に食べたいものってある?」


「うーん……屋台なら、たこ焼きとか焼きそばかな。でも、花崎くんがやたら鰻を推してきたんだよな」


「成田は鰻が有名だからね。お祭りの日は特に人気だよ。せっかくだし、食べに行こうよ。3000円くらいするけど」


「高ぇ……だけど、衿華とよ思い出としてはいいな、それは」


「でしょ!?」


 そんな会話を交わしていると、衿華がふと、少しだけ躊躇うように千成を見上げた。


「ねぇ、千成……」


「ん?」


「浴衣を着ていくのと、この前買ったプリーツのスカート、どっちがいいと思う?

 実はね、親戚が呉服店をやってるんだけど……あれよりも可愛いものを譲って貰えたんだ」


 千成は衿華の言葉に一瞬考え込んだ。

 文化祭で見た浴衣姿を思い出す。あのときも似合っていたし、更に可愛いものと言われると正直気になる。

 プリーツスカートとは、千成と一緒に買い物に行った時に「挑戦してみたい」と言ったミニ丈のものだろう。少しだけ気になる、気持ちはあった。


 けれども。


 ───やっぱり……祭りと言ったら浴衣だろうな。


「うん……やっぱり浴衣がいい」


 千成がそう言うと、衿華はぱちりと瞬きをした。


「お祭りなんだから、浴衣の方が雰囲気出るし……文化祭のとき以上なら……また見たいなって思って」


 そう言ってから、なんだか言葉が直球すぎたかと少しだけ気恥ずかしくなる。

 けど、衿華は驚いたように目を瞬かせた後、ゆっくりと微笑んだ。


「そっか……じゃあ、浴衣にするね」


「おう」


「でも……千成も一緒に浴衣着ようよ!」


 不意に、衿華は千成にそう提案した。


「え……オレも!?」


「うん、男の人の浴衣姿って、カッコいいって言うし……似合うと思うよ」


「いや、持ってねえし」


「じゃあ、買いに行く?」


 衿華がいたずらっぽく微笑む。

 その顔を見た千成は、なんとなく面倒くさくなりそうな予感がして、苦笑いを浮かべた。


「……高そうだからパスで」


「えー、絶対似合うのに!

 あと、買うってのは冗談だよ!」


「冗談……?レンタルってことか?」


 千成がそう聞き返すと、衿華は首を横に振った。

 そして頬を僅かに染めると、千成をじっと見つめる。


「実はね、伯父さんが男物の浴衣を処分しようか迷ってるらしくて……

 伯父さんと千成は身体つきが似てるから、行けるかな〜って思ったんだよ」


「衿華の……伯父さん?」


「うん。伯父さんと伯母さんは『呉服屋三谷』っていうお店をやってるんだ!放課後に行こうと思えば行けるから、話をしてみようよ」


「サイズが合うなら……試してみてもいいか」


 千成はそう言って、衿華を見た。

 彼女は浴衣を着ていこうとしている。ならば自分自身も合わせるべきであろう、そう考えていた。


「やった!じゃあ、放課後、一緒に呉服屋三谷に行こう!」


 戻ってきた衿華の笑顔は、夏の太陽にも負けない輝きを放っていた。









 ………………

 …………

 ……












 昼休みが終わり、授業を挟んで放課後になった。

 千成と衿華は駅の方へ歩きながら、彼女の親戚が営む呉服屋へと向かう。


「ここだよ、『呉服屋三谷』」


 美術館通りという通りの一角にある、歴史を感じさせる和風の店構え。

 ガラス越しに浴衣や着物が並び、落ち着いた雰囲気が漂っている。


「……意外と本格的な店なんだな」


「うちの親戚は、こういうのには拘る人達だからね」


 暖簾を潜って店内に入ると、奥から柔和な表情の女性が出てきた。


「あら!衿華ちゃん!どうしたの?」


 店の奥から出てきたのは、穏やかな雰囲気を纏った女性だった。

 淡い藤色の着物をきちんと着こなし、髪はすっきりと纏められている。

 衿華に似た目元が印象的なその人は、衿華の伯母なのだろう。


千鶴(ちづる)さん、こんにちは!」


「こんにちは、って……その後ろの男の子は?」


 衿華の伯母───三谷千鶴は千成に目を向ける。

 一瞬、何かを察したように目を細めたが、口元には柔らかい笑みを浮かべたままだった。


「あっ、えっと、この男の子は……クラスメイトの千成だよ」


「ああ……初めまして。神室千成です」


 千成は少し緊張しながらも、軽く会釈した。

 伯母は「まあまあ」と微笑みながら、彼をじっくりと見つめる。


「なるほど。あの衿華ちゃんがねぇ……」


「え?」


「ううん、なんでもないわ」


 千鶴は意味ありげに微笑むだけで、それ以上何も言わなかった。

 衿華が何かを言う前に、軽やかに話を進める。


「それで、今日はどうしたの?」


「あのね、伯父さんが処分しようとしてた浴衣があるって聞いて……千成が着られそうなら、譲ってもらえないかな?」


「あら、なるほど。浴衣ねぇ……」


 千鶴は再び千成に視線を向けた。

 まるで彼の体格を測るように見つめた後、ふっと微笑む。


「そうね、千成くんならちょうど良さそうだわ。ちょっと待ってて、奥から持ってくるわね」


 そう言って、千鶴はすぐに店の奥へと消えていった。


「……なんか、お前の伯母さん、オレのことじっくり見てなかったか?」


 去った後、千成は衿華にそう問う。


「気のせいじゃない?」


 衿華はそう言ったものの、千成はちらちらと千鶴から向けられる衿華に似た視線を感じていた。


「いや、絶対そんなことない」


「千鶴さん、勘が鋭いから……千成のこと、気に入ったのかもね」


 衿華はくすくすと笑った。

 千成はなんとなく落ち着かない気持ちになるのだが、直ぐに千鶴が浴衣を抱えて戻ってくる。


「はい、これよ。ちょっと羽織ってみてくれる?」


 千成は頷き、試着室に入った。

 着付けの方法は文化祭で習得済みだ。

 即座に整えてカーテンを開くと、ぱっと2人の表情が輝く。


「ぴったりね」


 千鶴がそう呟く。

 一方の衿華は、頬を朱色に染めていた。


「千成……カッコいいよ」


 千成が袖を通していたのは、黒い浴衣だった。

 彼の白い肌によく映えていて、完璧なバランスを有している。


「うんうん、思った通りねぇ」


 千鶴も満足げに頷いていた。


「本当にいいんですか?こんな立派な浴衣……」


 千成は、少しだけ不安になっていた。

 布地も確りしていて、肌触りもいい。

 数万円は優に超えるものなのだろう。


 けれども、千鶴は彼に優しく声を掛けた。


「勿論、大丈夫よ。タダであげちゃうわ。

 うちの旦那ももう着ないし、処分するくらいなら千成くんが着てくれたほうが、ずっといいのよ」


「助かります」


 千成が頭を下げると、千鶴はにっこりと微笑んだ。


「お礼なんていいのよ。でも、千成くん?」


「はい?」


「衿華ちゃんを、ちゃんとエスコートしてあげてね」


「……は?」


 突然の言葉に、千成は思わず目を瞬かせる。

 隣の衿華は「千鶴さん!」と頬を染めながら抗議した。


「あらあら、ごめんなさいね。でも、浴衣姿の二人が並んで歩いているところ、すごく素敵だろうなぁと思って」


 千鶴はおっとりとした口調でそう言い、またも意味深な笑みを浮かべる。

 その言葉に、千成は何かを言い返すこともできず、衿華も顔を赤くしながら俯くしかなかった。


 どうやら衿華の伯母には、二人の関係がすっかり見透かされているようだった。

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