表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

第36話 雨の休日

 ファミレスでの話し合いを終えた千成と衿華は、自然と同じ方向へ並んで歩いていた。


 さっきまでの議論が頭の中を巡る。バンドの方向性、伝えたいこと、プロデュース……


 考えたらキリがない。


 そんな中、不意に千成のスマホが震えた。


「……ちょっと、ごめん」


 千成はポケットからスマホを取り出す。

 2人きりの時にスマホを弄るのは気が引けたが、友達の少ない千成に来る通知の殆どはバンドの関連である。無視して後回しにするわけにもいかない。


「大事な連絡?」


「たぶん、バンド関係……じゃない。正悠から感想が来てる…………あれ?」


 そう言った瞬間───彼の足が止まった。


「JAPAN ROCK FESTIVAL オープニングアクト 高校生の部 一次選考突破」


 正悠からの感想ラインの下にあった、3時間前のメール通知。

 思わず、彼は目を疑った。


「……マジか」


 思わず声が漏れる。何度も画面を見直すが、そこには確かに「一次選考突破」の文字があった。


「どうしたの?」


 隣で歩いていた衿華が、気になったように千成を覗き込む。

 千成は、興奮して頬を上気させながら、画面を彼女に見せた。


「オレたち……受かった。JAPAN ROCK FESTIVAL、一次選考……通った」


 その瞬間だった。


「───っ!!!」


 衿華は勢いよく千成の手を掴んでいた。


「やった!! 凄い!!」


 満面の笑みで、その場でぴょんと跳ねる。


「すごいすごい! 千成、本当に良かったね!」


 唐突なスキンシップに、千成の思考が一瞬でフリーズする。


「ちょ、ちょっと待て、衿華……!」


「だって凄いじゃん! これ、大きな一歩だよ!」


 無邪気に喜ぶ彼女の姿に、千成はますます動揺した。

 街の灯りが彼女の顔を優しく照らし、頬が彼と同じく、僅かに紅潮しているのが判った。

 そして、まだ離されない手の感触。

 彼は喉が渇いたような気がしてならなかった。


「……う、うん」


 掠れた声しか出ない。


「凄い、凄いよ……!」


 衿華は興奮気味に千成の手を握り直し、もう一度飛び跳ねる。


 それがもう、ダイレクトに千成の心臓に来た。


「……取り敢えずさ……手……離してくんね?」


「あっ……!」


 衿華は漸く自分が彼の手を掴みっぱなしだったことに気づき、バッと手を離す。


「ご、ごめん……!」


 触ったら火傷しそうなほどに顔を赤くしながら、視線を逸らす衿華。


 千成もまた、心臓がうるさいほどドキドキしているのを必死に隠しながら、ポケットに手を突っ込んだ。


「……ま、まぁ、まだ一次選考だし」


 とりあえず冷静さを取り戻そうと呟く。


「それでも、大きな前進だよ!」


 けれど、衿華が満面の笑みでそう言った瞬間、千成はまた心臓が跳ねるのを感じた。


 ───心臓に悪い。意識してしまう……


 千成は一人、どうしようもなく照れくさい気持ちを噛み締めるのだった。










 ………………

 …………

 ……











 昨日のライブで疲れていたから朝はゆっくりしたいということで、千成と衿華は10時30分に目を覚ました。

 梅雨のしっとりとした空気が漂う月曜日。

 文化祭の振替休日で、ゆっくりと時間が流れていく。


「おはよう、千成」


 玄関で衿華が明るい声で挨拶し、キッチンに向かうとすぐに料理の準備を始める。

 千成は少し眠そうに目を擦りながらも挨拶を返した。


「おはよう。今日はオレも何か手伝うから」


 申し出ると、衿華は笑って振り返る。


「ありがとう。細かいことお願いするからよろしく!」


「何でも言ってくれ」


 衿華はキッチンに立つと、直ぐにブランチの準備を始めた。

 パンケーキにベリーのジャムを添え、サラダにオムレツを作る。香ばしい匂いがキッチンを満たし、千成はただ細かい仕事を頼まれるばかり。

 食材を並べるのも、洗い物も、彼の仕事だ。


 千成はふと彼女の服に目が行った。

 膝丈のスカートがいつもより少しだけ短めで、軽やかな印象を与えている。

 柔らかなブルーのシャツが、その白い肌を引き立てて、千成は見ているだけでも少しだけ恥ずかしくなり視線を逸らした。


「な、なんか……その服、先月一緒に買い物行った時のだよな?」


 千成が少し顔を赤らめながら言うと、衿華は微笑む。


「そうそう! あの時に買ったやつだよ! 千成に見て欲しくて、思い切って着てみたんだ! 未だ一番短いのは恥ずかしいけど……」


 衿華がちょっとだけ甘えたように言うと、千成は顔を赤らめながらも、その目を何度か泳がせる。

 胸の奥が熱くなるような気持ちを押さえつつ、何とか冷静を保とうとする。


「そ、そうなんだ……」


「うん、だから千成がどう思うか、ちょっと気になってたんだ」


 衿華は少しだけ意地悪に、でも確信に満ちた表情で千成を見つめる。その目にはどこか悪戯っぽさがあって、千成は一瞬だけ言葉を失った。


「ど、どう思うって……その……」


「千成……今まで一度も言ったことないあの一言が欲しいな」


 衿華が求めている一言とは、「似合ってる」という言葉だ。

 けれども彼は今まで一度も衿華に対して言えていない。


 真っ直ぐに見つめられ、困ったように彼は肩を竦める。

 そんな様子に衿華は頬を膨らませ───顔を彼にぐいと近付けた。


「!?」


 千成は驚き、思わず後ろに一歩下がる。衿華の顔が一気に近付いてきて、急に心臓がドキドキし出した。


「な、何だよ…急に…!」


「だって、千成が恥ずかしそうにしてるから……言ってくれたら、嬉しいんだもん」


 やけに甘い声が、千成の胸に直撃する。

 彼はどうしていいか解らず視線を彷徨わせた。

 肩が少し震えて、普段の冷静な自分ではいられない気がしてならなかった。


 ───無理だ……逆らえない……


 みるみるうちに、頬が火照ってくる。

 そして彼は───遂に観念したのか、とても弱々しく、蚊の鳴くような声でボソリと呟いた。


「……似合ってる」


 衿華は暫く千成を見つめ、その顔に浮かぶ羞恥を楽しんでいた。少しだけ嬉しそうに、でもわざとらしく頷いてから、にっこりと笑う。


「本当に?」


「ああ、似合ってるよ……本当に」


 その言葉を口にすると、衿華は満足そうに頷いて千成の顔から少し離れた。けれど、その笑顔が消えることはない。


「よかった……千成に褒められちゃったよ……なんだかすごく嬉しい」


 衿華はほんの少し顔を赤らめ、言葉の通り嬉しそうに笑う。

 千成はその笑顔に、また胸がきゅっと締めつけられる感覚を覚えた。


「あ、あのさ、実はさっきからちょっと気になってたんだけど…」


 千成が口を開くと、衿華は少し驚いたように振り返る。


「え?何?」


「スカートさ……」


 千成は恥ずかしそうに言葉を続けた。少しだけ目を泳がせながら、視線を下に向ける。


「いつもの私服よりちょっとだけ、膝上ぐらいでさ……オレ、見ててなんか恥ずかしくて……」


 衿華はその言葉に少し驚いた表情を浮かべるが、すぐにニヤリと笑う。


「そうなんだ~? 千成、そんなに気になるんだ?」


「ち、違う!ただ、なんか……ちょっと視線が気になって……」


 千成は手を振りながら必死に言い訳をするが、衿華はその反応を見てまた少し意地悪そうに微笑んだ。


「制服はもっと丈が短いよ? なのに恥ずかしいんだ?」


「うっせぇ!何でもねぇよ!」


 千成は顔を赤くし、照れ隠しに手を振る。けれど、衿華は楽しそうに笑う。


「ふふ、でも千成がそんなに気にしてくれるって、ちょっと嬉しいかも」


「そ、そうかよ……」


 千成はまだ心臓がバクバクしているのを感じながら、なんとか答えた。

 衿華がキッチンに戻り、料理を仕上げる姿を見守る。普段は気にしないような些細なことが、今は全部特別に感じていた。


 静かな時間が流れる中、雨の音だけが心地よく響くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ