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第35話 プロデューサー

 〝HOLLOW CROWN〟のライブが終わっても、会場には未だ熱気が残っていた。

 千成は息をすることも忘れ、ステージに立つホロクラの姿を思い返していた。

 圧倒的な実力。揺るぎない演奏。観客を巻き込む力。

 それらはどれも、〝MEBUKI〟の遥か上を行くものだった。


 ───今のオレらじゃ……勝てそうにないな。


 でも、不思議と絶望だけではなかった。隣で衿華が微笑んでいる。


「千成、凄かったね、ホロクラ……」


「ああ」


 悔しいはずなのに、その一言で少しだけ気持ちが変わる。

 こんなふうに誰かを圧倒できるような存在に、自分たち〝MEBUKI〟はなれるのだろうか───ふと、そんな思いが彼の中に現れた。


「カズナリ……」


 その思考を遮るように、背後から声がかかった。


 振り向くと、汗の滲む前髪を乱したままの天峰瑛士が、冷めた目を向けていた。

 彼は楽屋から戻ったばかりなのか、水のボトルを片手に持ち、淡々とした口調で言う。


「『JAPAN ROCK FESTIVAL』の前座に……お前らは申し込んでるのか?」


「申し込んでるけど……?」


「ならいい。一次選考で落ちたら許さねぇから」


 千成は思わず眉を顰めた。

 突然すぎる話に、状況が飲み込めない。



「待て、それどういう───」


「文字通りの意味だ」


 天峰は千成の動揺を意に介さず、冷静に続ける。


「俺たちは2年連続で二次選考まで突破している。昨年は最終選考で敗れたが……あの時の世代はもう引退した。

 今年は俺らが濃厚だって言われているらしいが、それだとつまらん。だから……お前らも最終選考まで勝ち上がってこい」


「……何でオレらなんだよ。他に幾らでも上手い高校生バンドはいるだろ」


 千成は思わず問い返した。ホロクラが本気で挑む相手なら、MEBUKIよりも実力のあるバンドは山ほどいるはずだ。


 天峰は一瞬だけ黙り、千成をじっと見据える。


「お前らのライブを見た。微妙なところだらけだが……作る曲自体()悪くなかった」


 その言葉は、称賛とも、挑発とも取れる曖昧な響きを持っていた。


「……それだけかよ」


「それだけだ」


 天峰は淡々と告げる。


「ただし、今のままじゃ話にならない。個々は上手い。曲もいい。だが……演出が荒いし、方向性がイマイチだ」


 その冷たい言葉が、千成の胸に刺さる。


 ───話にならない!?方向性が悪い!?


 でも、それを真正面から突きつけられたことで、悔しさ以上に燃える感覚が生まれていた。


 ───簡単に負けるなんて思われたままじゃ、終われねぇよな。


 千成は大きく息を吐き、天峰の視線を真っ向から受け止める。


「オレたちも……最終選考まで絶対に行く」


 その言葉に、天峰はほんの僅かに目を細めた。


「珍しくアドバイスしてやったんだ。お前らのことは一応認めている。精々感謝しやがれ」


 それだけ言うと、天峰は水のボトルを握り直し、踵を返した。

 去っていく大きな背中を見送りながら、千成は拳を強く握る。


「オレらが選考で勝ち上がれば、ホロクラにリベンジするチャンスがあるってことか……」


 口にした瞬間、その言葉が自分の本心なのだと気づく。


 打倒〝HOLLOW CROWN〟。


 認められたということは、同じ土俵に立つことを許されたということだ。


 ふと千成が横を見ると、衿華が静かに千成を見つめていた。


「千成、応援しかしてないから」


 その言葉に、千成は微笑んでいた。











 ………………

 …………

 ……










 ファミレスの柔らかな照明が、ほどよい疲労感を包み込んでいた。ライブの余韻が残る中、千成たち5人は円卓を囲んでいる。


「バンドメンバーじゃないのに……ご飯呼んでくれてありがとう!」


 衿華は礼儀正しく頭を下げ、桃杏珈は眩しい笑顔を向けてくる。


「つか、君たちいつも一緒で仲良いんだね」


 健明が頷きながら、二人の雰囲気をじっと見つめた。


「そりゃもう! 私と衿華は幼馴染だからね!」


「うん、まあ……」


 桃杏珈が笑顔で答えるのに対し、衿華は少し照れくさそうに視線を逸らす。


「で、本題なんだけどさ」


 と、テーブルに肘をつきながら千成は言う。


「衿華が、オレら〝MEBUKI〟をサポートしたいって言ってくれてる」


 その言葉に、健明と康太が驚いたように目を見開く。


「サポートって……マジ?」


 康太が戸惑い混じりに尋ねると、衿華は静かに頷いた。


「うん。私にできることがあれば、協力したい。あと、桃杏珈も私にサポートする感じでやりたいって言ってる」


 その真剣な眼差しに、健明が腕を組みながら唸った。


「おいおい……お前、すげぇ人たちを捕まえてんじゃねぇか、千成」


「いや、オレが頼んだわけじゃねぇし」


 千成は肩を竦めるが、健明はにやりと笑った。


「衿華も私も……3人の演奏に惹かれたから、色々と力になりたいんだ!」


 桃杏珈は無邪気に言うが、その言葉のあと、小さく視線を動かした。

 彼女の視線は、向かいの康太に向いていた。


 康太は腕を組み、何かを考えるように下を向いていた。その横顔を盗み見るようにしながら、彼女は手元のストローを指でくるくると回す。


「……私、音楽のことはよく解らない。千成から色々お勧めされたものを勉強中なんだ。でも、千成たちの演奏を聴いて、もっと多くの人に知ってほしいと思った。だから、できることがあればやりたい」


 衿華の言葉が、静かに響く。

 その言葉に、康太がふっと顔を上げた。


「……こういうの、バンドマン的にはプロデューサーって感じ?」


「プロデューサー?」


「ほら、バンドを外から支えてくれる存在ってこと」


「……なるほど」


 衿華は少し考え込んだ後、静かに千成を見る。


「じゃあ……私、〝MEBUKI〟のプロデュース……させてもらってもいい?」


 衿華が問うと、健明と康太は頷いた。


「やるからには全力でやるよ!」


 桃杏珈も元気よく拳を握るが、そのあとまた小さく康太の方を見た。

 彼は視線を向けられても特に何も言わず、考えるようにストローを弄んでいたが、ふと口を開く。


「……具体的には、どうするつもり?」


 その問いに、衿華は真剣な目を向けた。


「まず、SNSの改善。今のアカウントって、ライブ告知くらいしか載せてないよね?もっとバンドの魅力を発信しないと、知ってもらう機会が増えないよ」


「「うっ……」」


 衿華から予め聞いていた千成。

 けれども、健明と康太は言葉に詰まっていた。


「例えば、普段の練習風景とか、ライブ映像のショート動画を作って投稿するのもいいかも」


「ライブ映像?」


 健明が眉を上げる。


「うん。今日の映像はライブハウスからデータを貰えるんだよね?あと、昨日の文化祭のも撮影してたから、それらを編集してアップするのもアリかなって」


「えっ!?撮ってたの!?」


 康太が驚いて衿華を見ると、彼女は桃杏珈に目配せをする。

 彼女は一瞬だけ康太を見て口角をピクっと動かすも、スマホを取り出して彼に見せた。


 15分弱の文化祭の動画。

 千成がカバー曲を歌い出してから、熱狂に支配された体育館の映像が確りと撮られていた。


「文化祭映像はショート動画とかでそこそこバズるっぽいし、これは中々いい映像だと思う」


「それに……」


 衿華は少し視線を落とし、言葉を選ぶようにして続けた。


「方向性も、少し考え直した方がいいんじゃないかな」


「方向性?」


 康太が眉を顰める。


「オレはさっき、ホロクラのヴォーカルの人に『方向性が悪い』ってハッキリと言われてんだ」


 〝MEBUKI〟の音楽は元々激しくてアツい。でも、その激しさがどこに向かうのかが定まっていない。


「確かに、俺たちの曲って勢いはあるけど、何を一番伝えたいのかって聞かれると……」


 健明がそう呟くと、康太も腕を組んで考え込んだ。


「うーん……カッコよさを追求するのか、それとも感情を爆発させるのか……」


「両方じゃダメなの?」と健明が口を挟む。


「いや、問題はそこじゃない。やっぱり……方向性が曖昧だから伝わり辛いんだ」


 千成は眉を寄せた。


「オレたちは何を一番伝えたいのか……」


 静かな空気の中、桃杏珈がそっと呟く。


「うーん、でもさ、〝MEBUKI〟の曲って、全部すっごくアツくてカッコいいよね。だからこそ……もっとストレートに伝えられたら響くんじゃない?」


「ストレートに?」


 彼女の言葉に食いついたのは康太だった。


「うん!例えば、歌詞のテーマを統一するとか、ライブの見せ方を考えるとか!」


 康太に反応され、桃杏珈の声はワントーン上がる。


「なるほど……方向性を決めるってことは、オレたちが何を伝えたいバンドなのかをはっきりさせるってことか……」


 千成の言葉に、衿華と桃杏珈は静かに頷いた。

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