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第2話 翌日

 ───三谷(みたに)さん……オレともっと話したいって言ってたけど……一体全体どんな話をしたいと思っているんだろ。


 登校中の電車の中で、英単語帳を開きながらも千成(かずなり)は悶々としていた。

 余計なことを考えているからか、ページをめくる頻度は鈍い。


 が───電車を降り、高校へ続く坂道を登り始めたちょうどその時。

 後ろから、千成はポンと肩を叩かれた。


「おはよう! やっぱり神室(かむろ)くんだ! 同じ電車だったんだね!」


 甘い香りが、彼の鼻腔を擽った。

 振り返ると、突如吹き抜けた風が、長い髪を空へと攫っていく。

 星を呑み込む、闇の羽のようなその色は、陽光を受けて微かに青く煌めいている。


 そこに居たのは、嬉しそうな顔の衿華(えりか)だ。


「あっ……おはよう、三谷さん」


 周囲の目もあり、千成はボソッと恥ずかしそうに返すのが精一杯だった。

 バンドのときのようなキラキラしたオーラは学校では出せない。

人付き合いが苦手な自分には、衿華のような生徒と並んで歩くことすら場違いに思えた。


 ───こんな美人が、オレなんかと一緒にいたら変な噂が立つんじゃ……?


 そう思えてならなかった。けれど。


「神室くん、名前を覚えてくれてたんだ!よかったよ!」


 衿華は、そんなことなど気にする様子もなく話しかけてくる。

 千成の襟足を見て後ろ姿で気付いたことを楽しげに話しながら。


 彼は、ますます戸惑った。


─── 友達が多くて、陽キャそのものな三谷さんが、なんでオレにこんな話し掛けるんだ?


 学校へ向かう周囲の生徒が怪訝そうな目で二人を見る。その視線に気付いた彼は狼狽えていた。


 ───三谷さん……めちゃくちゃ美人だし、オレみたいな根暗と一緒に居たら、周囲に変な噂とかが流れて迷惑しちゃうんじゃないか?


 そうは思ったものの、千成にはその旨を口に出せる勇気などなかった。

 衿華は話し掛けてくれるものの、彼は地に足がつかない心地で素っ気ない返答をしながら裏門を抜けて教室に入る。


 すると───


「あっ! 衿華! おはよ〜!」


 教室では、女子のグループが衿華を待っていた。

 彼女は友人らに手を振る。

 その間に、逃げるように千成は自分の席につき、鞄から取り出した赤チート数学ⅡBを広げようとした。


 ───オレと二人で登校してきたことに、その女子たちはどう思うんだろう。やっぱ、いい印象じゃないよな……


 千成は俯いて、長い前髪をだらりとさせながらシャーペンを握っていた。


 だが、そこに足音が響く。

 千成が見上げると───そこに居たのは衿華だった。またしても、彼女が近付いてきたのだ。


「おお……赤チート! 神室くん、難しい方やってるんだ! この前のテストで神室くんが満点だったのも、これのお陰?」


「えっと……そうだね」


 話し掛けて貰えるのは、千成としてはこの上なく嬉しいことである。

 けれど、彼にとってはボソリと返すのが精一杯だった。


 彼らの数学教師は、テスト結果を配る際に、最高点を公表している。

 それで、衿華は彼の点数を知っていたのだろう。


「やっぱ、神室くんって凄いね」


 何故か褒めてくる衿華だが、千成は勉強をしたくてしている訳ではない。

 誰も話し掛けてくれないから、赤チートを広げていただけなのだ。


「ま……まあ……ね」


 千成に話し掛けようとしている衿華だったが、彼女の友人はそんな2人を確りと目で追っている。


 千成は、衿華と目を合わせるのが怖かった。周りのクラスメイトが気になって、少しでも不安になりそうな自分が恥ずかしかった。

 自分はいつだってカーストの下の方だったから、こんな高嶺の花の美少女───三谷衿華と居るだけで烏滸がましいのではとも思ってしまう。


 素っ気ない返答しか出来なかった千成。

 けれど衿華は、少し戸惑いながらも、千成に向かって微笑んでくれた。


「神室くん、勉強邪魔しちゃってごめんね。また後で……もし良ければ、お昼休みにお話しよ!」


「う、うん……」


 彼女は千成の耳元でそう告げると、友達の輪に戻って行く。


「神室くんってオリジナル曲を作ってるくらいだし……私も、少しでも力になれたらいいな」


 そう、誰にも聞こえないほど小さな声で呟きながら。




 






 ………………

 …………

 ……









 ───三谷さん……めちゃくちゃ友達多くて、陽キャラのオーラしか感じないな……オレと話したいってまた言ってたけど、友達がいるから難しそうだし。いつもの所で食べるか……


 昼休み、人気のない西館の階段に向かおうと廊下を歩いている千成、だったのだが───


「待ってよ!」


 弾むような声が背後から響いた。

 千成が振り返ると、衿華が頬を膨らませて立っている。


「三谷……さん!?」


 千成は、驚きを隠せなかった。


「話したいって言ったのに、なんで行っちゃうの? もう……結構探したんだよ?」


 彼女は当たり前のことを言っていた。

 そのことに気が付いた千成はバツの悪そうな顔をするのだが、前髪が長すぎて衿華には見えない。


「ごめん……三谷さん、オレより友達といた方が楽しいのかな、って思ったから……」


「そんなことない!」


 衿華が千成を見る目は真剣なものだった。


「…………ごめん」


「私……神室くんと昼休みにお話したかったんだよ。バンドのこととか……聞いてみたいなって」


 拗ねたように呟いた衿華。

 丁寧に謝意を伝えなければ、そう思った彼は途切れながらも言葉を紡いでいく。


「そう……だったんだ。オレみたいな男には……三谷さんは高嶺の花のような存在だから……一緒にいるのも烏滸がましいって思ってた」


「『オレみたいな』って、自分のことを卑下しないでよ。神室くんだって演奏、凄かったんだし」


 ドキッと、彼の心臓は大きく震えた。


「さっきは言い過ぎちゃったかも。それはごめんね。だけど……2人で話をしながらご飯でも食べたいなって思ってたのは本当だよ。神室くんって……いつもこっちの方でお昼を食べてるの?」


 人気のない西館の方を指差しながら、衿華は問う。


「うん……そんな感じ」


「じゃあ……今日はご一緒させてもらうね」


 弁当箱を千成に見せびらかす衿華の表情は輝いていた。


 西館の非常階段を開き、彼女は千成をよりも先にコンクリートのステップに腰掛ける。


 ───ここはオレだけの……場所なのに……


 複雑な思いが、胸を過る。


「人は少ないけど、なかなかいい場所だね」


「まぁ……そうだね」


 自分のような校内カースト最底辺の人間がこんな高嶺の花と一緒にいるという状況。イジけるのは不可能だろう。

 彼の胸中は緊張感と不安感でいっぱいだったが、衿華に「ほら、神室くんも座ってよ」と言われ、ぎこちない動作で腰掛けた。


 入学当初はバンドメンバー達と一緒に昼飯を食べていた千成。

 けれども他2人は順当に友達をクラス内で作ったため、クラスの異なる千成に段々と近付けなくなってしまった。


 そんな中、1人きりになりたい場所として西館の非常階段を見つけた。

 日差しが丁度よく遮られて眩しすぎることも暗すぎることもないし、雨が降っても濡れることはない場所。

 そんな自分だけの場所に衿華を入れてしまったことに対する僅かな後悔と、僅かに自分に興味を持ってくれる衿華に期待している気持ちが彼の中にはあった。


「ねねっ、神室くん!」


 眩しすぎる笑顔で彼の目を見る衿華に、千成はたじろぐ。


「あのさ……この前みたいなライブって、何度もやってたの?」


 興味津々な彼女は、早速質問攻めを浴びせる気でいるようだった。


「えっと……路上はあれが初めてで……あとは箱でちょくちょく……かな?」


「箱? どういう意味?」


「箱ってのは……ライブハウスのことだよ。市内だと志津(しづ)とか……あとは千葉市の栄町(さかえちょう)とかでやってる」


「そうなんだ!凄いなぁ……」


 衿華は目を輝かせるが、千成はボソッと返した。


「別に大したことじゃない……高校生なら誰でも出られるライブだから」


「そうなの?」


「うん……」


 そう言って雲を見つめた千成。

 なにか彼には目標があるのだとわかるその表情を、衿華はじっと見つめていた。

 だが、急に彼女は思い出したのか口を開く。


「お弁当、出さないの?」


 衿華が首を傾げながら問いかけると、千成は手にした弁当包みを見下ろして、ハッと声が出た。


「あっ……そうだった」


 慌てて巾着を解いて中身を取り出すも───それを見ていた衿華の表情は若干引きつった顔になる。


「神室くん……それって……」


 彼女の視線の先にあったのは、どこか無造作に詰め込まれたコンビニ食品だった。ファミリアマートのロゴのフライドチキンと唐揚げ、そしてカレーパンが顔を覗かせている。


「えっ……? ただの……コンビニ飯だけど」


 千成は至って普通のことを言っているつもりという表情だが、衿華の顔は依然として引きつったままだった。


「ねぇ……神室くん? もしかして……毎日お昼ご飯はそれなの?」


 衿華がそう尋ねると、千成は直ぐにあっさりと肯定した。


「オレって親が殆ど家に居ないから……昼だけじゃなくて三食コンビニ飯ばっかりなんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、衿華の眉がピクリと動いた。


「不健康すぎるよ! それは!」


 普段は大人しい衿華の声が、階段の踊り場に響き渡ったのだった。

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