表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

死にぞこない

 声が聞こえる。闇が、開けていく。


-----


----


---


--


1.


 男が覗き込んでいた。朱夏しゅかの入りたて、といったぐらい。

 見たことがあるような顔だが、思い出せなかった。

「おう、目が醒めたか」

 息が荒い。肩も上下している。

「行くぞ。こんなところで、死んでる場合じゃない」

 男は妙なことを言いながら、体を起こしてきた。

 長く、眠っていたようだ。その割に、体は重さを感じなかった。

 何かを思い出そうとしたが、何も、思い出せない。

「詳しくは後で話す。まずはここから逃げるぞ」

「どうやって?」

「切り開く。後を付いてこい」

「まず、あんたは?」

「それも後だ。あんたを連れてくるよう、頼まれた。それだけ言っておく」

 立ち上がる。視線が、いくらか低いような気がした。

 男も立ち上がろうとした。だが、できないようだった。

「手負いか」

「ああ。随分、やられちまった」

 軽く、微笑んだようだった。

 脇腹。未だ、血が流れていた。側に転がっていた布をあてがい、簡単な手当をした。

 そうして肩を貸した。死人のような重さだった。

「すまん、大哥あにき

「私は、お前のあになのか?」

「いけねえ。余計なことを言っちまったようだ」

 ぜえと鳴る息の中、男はまた、微笑んだようだ。

 外。黒と、赤。燃え上がっている。

 何かが、起きている。

 正面。何かが飛んでくる。矢だろう。それぞれ、肩を貸していたとしても掴めたり、弾いたりすることはできた。

けん

 不思議と、男のことをそう呼んでいた。

「少し、待っていてくれ」

 そうして、肩からけんの身体を降ろした。

 何かが、欠落している。体はそれを覚えているが、頭がそれを思い出せないでいる。そんな感覚が、ずっとあった。

 体も体で、違いがある。小さく、細い。何より若い。もっと分厚く、大きかった、そして、老いていたはず。けんの重さに、苦労をするほどだった。

 吸った息を、丹田に入れていく。そうして体のうちで練っていく。その感覚だけは、変わりなかった。

「行ってくる」

 二歩。それで、足りた。

 男三人。相手は、準備ができていない。

 軽くはたくようにした。それだけでよかったようだ。三つの体が、糸が切れたようにして崩折れた。

 戟ひとつ、拾い上げた。奥に五人、見えていた。

 そこまでは、三歩。

 ひとり目。戟の石突で、こめかみを薙いだ。

 剣二本、飛んでくる。ほぼ同時。重なる点、そこまでは、見る。

 戟を突き立てた。少しの力で、男ふたり、剣を石に突き立ててしまったかのように動けなくなっていた。

 体が、回っていた。手に感覚はある。どさりと、ふたりが倒れた。

「誰の手のものか?」

 発した声は、若かった。やはり覚えているものとはだいぶ異なる。

 返答はない。代わりに槍か、杖。振り下ろしてくる。

 その線の中に、点が見えた。ならば、そこに手を添えるだけでいい。

 男の体ひとつ、宙に舞った。

 それが落ちてくる前に、最後のひとり。怯んでいる。それでも攻める姿勢。

 一歩を出してきた。その足が、土を踏みしめる瞬間。

 喝。

 それで、男は倒れ込んでしまった。

 もう一度、内に籠める。それで見えるものがある。

 けんの呼吸。浅くなっている。

「やはり、見事なもんだな」

 けんはもう、死を見ていた。

「ここから三里。真っ直ぐで、いい」

けん。お前を、ここには」

「先にいるものに、伝えてくれ。仕事は、果たしたと。無理やりだが、大哥あにきを起こせたと」

 にこりと、やはり微笑みながら。

「これでまた、紅月寺こうげつじは生まれ変わる」

 それで、動けなくなった。

 まだ生きているが、体が死を選びつつある。後はもう、つらいだけだ。

けん

 呼んだ。振りかぶりながら。

「さらばだ」

 苦痛を、与えたくはなかった。

 動かなくなったけんの顔は、安らかだった。本当に、眠っているようにしか見えなかった。

 それで、いくらか溢れた。顔を覆って、泣いていた。

 駄目だ、行こう。けんの思いを無駄にしてはいけない。

 竹林。赤いものは少なくなっていた。暗がりばかりが、周りにあった。

 思い出せない。何もかも。それでも、体は何かを覚えている。だから今までのことができた。

 ただこれも、守りのすべであるはずだった。

 ひとごろしの、すべではない。

 体を無為に動かしていた。そうすることで、頭のものを呼び覚まそうとした。内に練り上げたものを吐き、あるいは外にあるものを呼び込んだりした。竹を折ったり裂いたりもした。道中で襲いかかってくるものに対し、それをぶつけたりもした。

 それでも、浮かんでくるものはない。

大哥あにき

 三里。歩いたあたりで、呼び止められた。

「あんた、きっと大哥あにきだろう?」

 髭面の大男。やはり見覚えは、あってないようなものだった。

「すまない。何も、思い出せない」

「ああ。きっとそうだろうさ。まずは、大丈夫だ」

けんという男。起こされた。それは、死んだ」

 言葉に、大男ははっとしたような表情を見せた。

「どのように、死んだ?」

「私が起きたときには、深手だった。仕事は果たしたと。無理やりだが、私を起こせたと。そして」

 それを言葉にするのが、少し難しく感じた。

「これでまた、紅月寺こうげつじは生まれ変わるとも、言っていた」

 その言葉に、大男は踵を返した。

「とにかく、行こう」

 震える声だった。

 歩いている間にも、何人かが詰め寄ってきた。どれもこれも、やはり思い出せないが、自分のことを、大哥あにきと呼んできた。

 不意に、ひとつのことを思い浮かんだ。

「鏡はあるか?」

 言葉にしていた。

「鏡を、見せてくれ」

 大男が、ぎょっとした顔をした。

「いいのか?」

「わからん。ただ、いずれは見なければなるまい。正直に今、その覚悟があるかはわからんが」

「そうだよ。大哥あにきも、見るべきじゃないって言っていた」

「私自身がか?」

「受け止められる自身がない。そう言い残していたよ」

 川まで来た。大男が、舟を用意していた。

 浅い川。手を差し入れる。冷たかった。その冷たさに、心地よさを感じた。

 水面。夜だからか、顔は輪郭しか見えなかった。

 そのまま、覗き込み続けた。

 冷たい。心地いい。この冷たさが、何かを、きっと。

大哥あにき。おい、大哥あにき

 目を開ける。大男の顔だった。

 舟の上に寝そべっていたようだった。

「びっくりしちまったよ。急に川に飛び込んでさ」

 心配した声だった。

「冬だったか」

「そうだよ。そういうことも、まだわからんかね?」

「わからんな。何もかにも」

 服は、脱がされていた。何かしらの布や羽織物を、何枚も掛けられていた。寒さはなかったが、震えていた。

 内にあるものを練れば、それも、無くなった。

 手を見た。明らかに白く、細い。女のそれだ。腕の、肉の付き方もそうだった。あるいは乳房もあるし、男のものも付いていなかった。

「私は、女だったっけか?」

 大男は、答えなかった。

「鏡。置いといた。見るといい」

 ぼそりと、告げられた。

 銅鏡。手のひらぐらいの。手を伸ばそうとしたとき、僅かな恐れが、こみ上げてきた。

 ひとつだけ、思い出した。

白朗はくろう。私は、死んでいるな?」

 その大男を、そう呼んでいた。

 白朗はくろうは答えなかった。その身体が、震えていただけだった。

 確かその名も、これの兄弟からもらったものだったはずだ。それも、思い出した。これの元の名も。

「どっちがいいかだけ、聞く。白朗はくろうか、文二児ぶんじじか」

文二児ぶんじじだな。それこそ白朗はくろうは、死んだひとの名前だもの」

「そうだったな。お前も、大きくなった。文朗ぶんろうと名乗りなさい」

「ありがたく、頂戴します。せつ大哥あにき

 声に涙が含まれているのは、すぐにわかった。

 鏡を手に取った。それだけで、思い出せた。

 五年から、七年。それぐらいは経っているかもしれない。どこからかは、わからないが。

 大半が死んでいる。それでも、自分は死んでいない。何かしらの理由がある。

 あるいは生まれ変わったのだろう。古く病んだ身体から、新しい身体に。

「やはり、私じゃないか」

 鏡に写ったのは、知らない娘の顔だった。


2.


 紅月寺こうげつじの残党狩りのひとつがやられたらしい。えいの手下が、それを掴んできた。

 華淳かじゅんめかけではあるが、ほとんど参謀、謀臣のようなものだった。えいを長とした諜報部隊を各地に潜ませ、あるいはを起こすこともできた。

 丞相である喬倫志きょうりんしが、いやに残党狩りに拘り続けていた。直近の出現、そして招安(反政府組織を帰順させること)から八年ほどが経とうとしている。そしてその大半が行方をくらませるか、朝廷に協力的な姿勢を見せているのにも関わらずである。

 先代頭首、薛奇せつきの右腕である楊漢ようかん尚書僕射しょうしょぼくやとして才覚を発揮していたが、やはり紅月寺こうげつじ中枢にいたことを理由に弾劾、放逐されていた。能吏ひとり、くだらない理由で捨ててしまったことになり、各所からは反感が湧いていた。

 そういうところで、残党狩りがしくじった。

 最初、あの李桂りけい文二児ぶんじじあたりの勇猛な連中を突っついて、手ひどくやられたのだろうとばかり思っていた。しかし情報が明らかになるに連れ、そうではないこと、そしてもっと深刻な自体であることを、華淳かじゅんは理解した。

 喬倫志きょうりんしは、を引いたのである。つまりは紅月寺こうげつじの次代頭首を。

 紅月寺こうげつじ。不気味な集団だった。秘密結社と言っていいだろう。世が乱れるときに必ず現れ、世の乱れを正しては消えてゆく。その乱れは国境の異民族であったり、宮中の不穏分子だったりと様々である。その度、朝廷とは敵と味方をやることになっていた。

 その紅月寺こうげつじを率いるのは、代々の頭首の“生まれ変わり”と呼ばれる存在だった。

 華淳かじゅん薛奇せつきとは、まさしく敵と味方をやっていた。時に兵を率いてぶつかり合い、時に馬を並べて反逆の徒を平定したりもした。その時の紅月寺こうげつじの面々とは幾度も顔を合わせており、時には酒を交わしたりもしていた。

 その薛奇せつきは、確か五年ほど前に病で亡くなったと、楊漢ようかんからの手紙で知っていた。

 喬倫志きょうりんしは、わざと紅月寺こうげつじを目覚めさせたのかもしれない。もしくは二度と目覚めないように。

「陛下が不老長寿を望んでいるなどは、話には聞いていないが」

 寝室にえいを招き入れ、その件について話していた。

「あるいは、“生まれ変わり”の呪法に用事があるのかもしれないね」

「陛下の享楽ぶりはいささか度が過ぎております。先の招安で“生まれ変わり”の事を知り、興味が湧いたというのは、ありうるかと」

「あれは不老長寿のすべではない。それでもきょう丞相としては、剣呑なことだろうな」

 言って、ため息ひとつ。

 帝と喬倫志きょうりんしは反目し合っていた。まつりごとから普段の素行まで、すべてにおいて折り合いが悪いのである。ことあるごとに帝が剣を抜いて、喬倫志きょうりんしの首に突きつけるという事態まで起きていた。

紅月寺こうげつじを起こしてしまった。となれば、紅月寺こうげつじは、きょう丞相を狙うかな?」

「あるいは両方。つまりは国、そのもの」

「国家転覆か。それは大ごとだな」

「それだけの力が、今の紅月寺こうげつじにあるとは思えません。しかし、紅月寺こうげつじがそのために立ち上がったとなれば、まつりごとに不満を持つ民衆が付き従うかも知れません」

「西の意国ユィズランドのような、民衆革命かね」

「まさしく」

 えいの細い喉が、こくりと鳴った。

 大陸西部の意国ユィズランド連邦では、民主共和政権が樹立していた。それも大量の血を流してのものである。

 誤った不老長寿を望む暗君と、それを傀儡化して独裁を望む丞相。それを世の乱れと見做して紅月寺こうげつじが動くとなれば。

きょう丞相のご不安は、旦那さまのこともあるかと」

 えいが、不意に。

「武功第一。それでも、いち将軍である。前後左右、いえ、諸大将軍でもよろしいほどの武勲があり、人望もある。どこまでも頼れる反面、一番、信用がならない。旦那さまの一声で、国が興せる。それほどのところまで来ています」

「俺は君主の器ではない。あるいは、紅月寺こうげつじどもも」

「何卒、高位の叙任にお応え下さいませ。雑号ざつごうのままでは、周囲に不安を与えるだけです」

 えいの目を覗く。真剣な眼差しだった。

 首をひねる。面倒だというのが正直だった。

 叛乱を平定するため、西から東へと走り回っていた。功績は認められるため、家禄は上がるが、高位の叙任だけは面倒と思って、辞退していた。

 それほど、この国の政治というものには、関わりたくなかったのである。

 えいの顔。必死、といっていい表情。

三品さんひん、後将軍にしようか」

「ご決意、天晴」

「工作を頼むよ。呼盛こせい殿と組もう」

 それだけ、えいに伝えた。

 齢五十。庶民の生まれが、後将軍まで上り詰めた。美談に映るか、あるいは不穏を呼ぶか。

 それでも雑号ざつごうのままよりは、喬倫志きょうりんしを安心させることはできるだろう。

 朝廷に新春の言祝ことほぎを済ませたあと、華淳かじゅんは屋敷への道を歩いていたはずだった。

 それでも、何かが違った。路地裏、煉瓦張りの壁。どんどん細くなっていく。

りつ。これが帰り道だったかね?」

「いえ、異なります。ですがどうしてか、旦那さまも我々も、この道を選んでおりました」

「なるほどね」

 思わず、笑っていた。

 誰かに誘われている。

 供回り三人、腰の剣に手を掛けながら進んでいく。華淳かじゅんだけはそうしなかった。剣の気が、先にいるであろうもののそれを察する力を鈍らせる気がしたから。

 しばらく歩いて、影ひとつ、見えた。小柄な体が壁に寄りかかっていた。

 黒に近い、臙脂えんじか。簡素な長袍。つばの広い、西の国の帽子。髪は黒。後ろで結っている。

 きっと、若い女だった。十の半ばぐらいだろう。

「何者か」

 そくが前に出た。若く、血の気が多い。

 女。誰何すいかには答えない。ただそこにいるだけ。

 そくが、剣を抜いた。構えないまま、真っ直ぐに詰め寄る。

「誰何に答えぬとあらば」

如何様いかようにも」

 剣戟の音すら。

 振り出した剣の先には、それはいなかった。

「紅き月に見る夢は」

 そくの肩の上。両足で乗っていた。

 そして片足を、天高く。

「甘く、儚く」

 落雷のように。

 女は、すっと降り立った。倒れたそくを、置き去りにして。

「ふたりは下がれ」

 華淳かじゅんの言葉に、残りは二歩ほど下がった。

「用事があるのは、俺だろう」

 剣は抜かなかった。

 半身の構え。見たことがある。こちらは、迎え撃つことでいい。

 二歩半先。それでも、届きうる。

 来た。弾丸のごとく。

 見える。右の拳を、鼻先で躱す。体も寄越してきた。そこに肘。

 左手が、待っていた。

薛奇せつきのそれだ」

 動かそうとした右足。膝頭に、足の裏を合わせた。

 離れる。一歩半。

 こちらから詰める。踏み込み、体重をかけた左足に、足が絡んできた。

 崩される。倒れ込みながらも、振り下ろされる拳は見えていた。背中の方に流して、また距離を離す。

 石畳。割れていた。

 また二歩半。飛んでくる拳。それに、背を向けるだけだった。

 肩が、女の肋に突き刺さった。苦悶の声。反吐。

 そのまま、背中に裏拳。戻さずに、肘。振り上げる左の手首で、挟み込むように。

 女の体が回った。天地、逆。顎に手のひらが、届く。

「死にぞこないの、出来そこないか」

 膝を落とすようにして、振り下ろした。

 石の感覚だけだった。

 五歩。離れていた。

 女。かがみ込み、拝礼していた。

紅月寺こうげつじ杜小楓としょうふうと申します」

 可憐と言っていいだろうか。整っている顔つきだった。

将軍に、お頼み申す」

「命乞いかね?」

「まさしく」

 合図。

 控えていたふたりが、抜刀する。小楓しょうふうの横、首に剣を突きつけて、並んだ。

「先代、薛奇せつきが亡くなられて久しく。我ら紅月寺こうげつじ、来たるべき動乱に備え、新たなる“生まれ変わり”を用意しておりましたるところ、何らかの勢力の襲撃により、私以外の“生まれ変わり”は死亡。私も術式の途中に覚醒し、正しく生まれ変わることあたわず。薛奇せつきと知友のあった将軍に、この身を安んじていただきたく、馳せ参じた次第にございます」

 目が、何も語りかけてはこなかった。

小楓しょうふう殿は、薛奇せつき殿とはお会いできるかね?」

「はい。薛奇せつきより、将軍への帰順も指示されました」

「よろしい。着いてきたまえ」

 もう一度、合図をした。それで、ふたりは剣を収めた。

 屋敷への道は、開けていた。

性とあらば、州の出かね?」

「わかりません。私には、私の記憶も、薛奇せつきの記憶もないのです」

「術式の途中で目覚めたと言った」

「はい、それ故でしょう」

「起こしたのは、誰かね?」

けんという男でした。それは、死にました」

「ああ、あの」

 言われて、それしか言えなかった。

 長く斥候や伝令、あるいは外交の使者を担当していた男である。もとは穆林ぼくりん県の盗賊だというのを、本人から聞いていた。剛毅かつ誠実であり、華淳かじゅんとしても頼りがいがある男だった。

 あれが死んだか。

 寂しいものが、胸に湧いていた。紅月寺こうげつじも、人が少なくなったものだ。

 屋敷に戻り、えいを呼んだ。離れに小楓しょうふうと姿見を入れるようにだけ、伝えておいた。

えいは、見るのははじめてだったね?」

「はあ、きっとはじめてだと思います。先代の薛奇せつきさまともお会いしたこともございませんし」

「そうだった。不思議で、貴重なものだから、見ておくといい」

 えいはずっと、怪訝な表情だった。

 離れ。暗がりの中、姿見の前で小楓しょうふうは座っていた。

「はじまっているかな?」

「いつでも」

「それでは、頼む」

 卓の上に竹簡を広げて、華淳かじゅんはそう告げた。

 小楓しょうふうが気を練っていく。大きく、鼻から丹田へ、息を入れていく。ふうと吐いたと息に、熱がこもっていく。

 その白い肌に赤みが差したあたりで、姿見の中の小楓しょうふうの姿に、揺らぎが生じた。

薛父せつふ将軍、御前にございます」

 そこまでは、小楓しょうふうの声だった。

 俯いた小楓しょうふう。対して、姿見の中の小楓しょうふうは、じっとこちらを見据えていた。

 目は、男のそれであった。

薛奇せつき殿。お久しゅうござる」

「久しいな、将軍。小楓しょうふう殿が世話になっておる」

 女の声。しかし、堂々としたもの。朗々と響き渡った。

「旦那さま、これは」

「これが、“生まれ変わり”だ。鏡の中だけで、それに会える」

小楓しょうふう殿は、不完全な“生まれ変わり”だ。俺以前の“生まれ変わり”とは、未だ巡り会えておらん」

「まずは、それを何とかする必要があるわけだ」

 華淳かじゅんも、聞いた話程度でしか、知識はない。

 “生まれ変わり”。外法のもの。あるいは、超克者。歴代の紅月寺こうげつじ頭首の記憶を受け継ぐ、異端の存在。

 そしてそれらは、鏡の中に現れる。今こうやって、華淳かじゅんえいの眼の前にいるように。

きょう丞相が、紅月寺こうげつじの生き残りを狙い続けている。小楓しょうふう殿が目覚めたのは、それのを引いたからだろうな」

「世に乱れはなし。然れども、為政者が我らを脅威とみなすならば、我らは身を守らねばなるまい」

楊漢ようかん殿とは会われたかな?」

「未だ。あれも朝廷を放逐されたと聞いた。今はどこかで私塾でもやっておるのではないかな。まあ、呼べば来る男ではあるから、心配はしていない」

「それで、俺を頼ったのは何故なにゆえか?」

「俺が遺言を遺していたはずだ。それを教えていただきたい」

「なるほど。確かに授かっていた」

 それは楊漢ようかんからの手紙に綴られていた。不思議な文言だったので、今でも容易に思い出せる。

「鏡は二枚ある」

 華淳かじゅんの言葉に、姿見の中の小楓しょうふうがはっとした表情を見せた。

きょう丞相が、我らの生き残りを狩っていると申したな?」

「ああ。きっと急がなければならんことだ。そうでなければ、“生まれ変わり”の呪法は、きっと再現できなくなる。おそらくは、それにまつわることだろうから」

「かたじけない、将軍。まこと、頼むべきは貴公であったな」

小楓しょうふう殿は、なんとか逃がそう。その先、俺が協力できることは少なくなる。あるいは敵としてまみえることになるだろう」

「それで構わん。将軍にも立場があろうからな」

 姿見の中の小楓しょうふう。いくらか表情が和らいだ。

けんが死んだと聞いたよ」

「ああ。俺と小楓しょうふう殿を起こしてくれた」

「あれは、いい男だった」

「惜しむことを。いや、悲しむべきことをしてしまった。しかし、あれが気を回してくれなかったら、もっとひどいことになっていただろうから」

「少なくなったな。俺たちの知る、紅月寺こうげつじというものは」

「あれの弔いのためにも、我らは立ち上がらねばならん」

「ああ。ならば次は、戦場で」

「そうだな。お互い、息災で」

 そうやって、鏡の中の小楓しょうふうは揺らいだ。

 ごとりと、音がなった。姿見の前の小楓しょうふうだった。えいがその身体を抱きとめていた。

将軍。かたじけのうございます」

 息も絶え絶えといった様子だった。あれだけの時間でかなり消耗している。やはり呪法が完璧でないから、負担は大きいのだろう。

 小楓しょうふう。そうやって、静かに瞼を閉じた。少しもしないうちに、寝息を立てはじめた。

「しばらく、寝かせてやっておくれ」

「これが、“生まれ変わり”」

「そうだ。先代、薛奇せつき殿の時に、何度か見せてもらっていた。小楓しょうふう殿はそれの不完全なものだから、きっと消耗が激しい」

 不意に、えいの手が動いた。光るものを持っている。

「よしなさい」

「しかし、旦那さま。危険です」

「代々の朝廷は、これを御してきた。どうして我らにできないことがあろうか」

 そこまで言って、えいはそれを仕舞い込んだ。

 わからなくもない。華淳かじゅんも、何度も薛奇せつきを殺そうとした。それほど危険なものである。それでも心を通じ合わせ、並び立つことができた。

 それを、喬倫志きょうりんしたちは呼び覚まし、利用しようとしている。愚かという他なかった。

 華淳かじゅんとしても、身の振り方を考えなければならない時が来たのかもしれない。


3.


 成秋せいしゅう小楓しょうふうとふたり、夏匠山かしょうざんを登っていた。薛奇せつきの墓に行きたいというので、案内をしていた。

 麓から、およそ三日ほどの道のりである。

 薛奇せつきと妾との子だった。薛奇せつき紅月寺こうげつじにいたことも知っていたし、薛奇せつきの臨終の際、それにまつわる遺言も授けられていた。

 薛奇せつきが死んでからは、母と共に文二児ぶんじじという人に匿われた。その人から、小楓しょうふうのことを頼まれた。

 父の“生まれ変わり”。ただ、そのおもかげは感じなかった。

 成秋せいしゅうは、紅月寺こうげつじについてはあまり知らない。人づてに、世直しをする集団と聞くぐらいだった。父である薛奇せつきがそれの頭首だったというのも、ほとんど臨終間際に教えてもらったものである。

 眼の前の小楓しょうふうは、ほんとうに、ただの女の子だった。

「このあたりから、また険しくなります。少し休まれますか?」

「大丈夫。私には、功夫クンフーがあるから」

 にこりと笑ってくれた。それが嬉しかった。

 歳の頃は同じくらいだろうか。凛々しくも可憐な顔つきだった。同世代の女と会うことは少ないので、成秋せいしゅうはいくらか緊張していた。小楓しょうふうの記憶が曖昧だということもあり、道中の会話はあまり弾まないが、それでも気まずさがないだけだろう。

 岩肌。鉄の杭に縛り付けられた縄をつたいながら進んでいく。場所によっては、小楓しょうふうの手を取りながら。白く、小さな手。綺麗だった。心が揺り動かされるほどに。

 年頃の娘そのものの、小さな体。それでも険しい山道に音を上げることもなく、すいすいと進んでいく。功夫クンフーの心得があるとはいえ、生半にはできないことだろう。

 抜けた先、暫く進むと、竹林に入った。今日はここで夜を過ごすのがいいだろう。

 羽休めしていた雉を仕留め、夕飯にすることにした。

成秋せいしゅうは、弓が上手いのだね」

「弓の名人を名乗る爺さまに、教わりました。功夫クンフーのことはわかりませんが、これだけは負ける気がありません」

 ほんとうに、それだけは自信があった。小楓しょうふうは、微笑んでくれた。

 できるだけ、色んな話をした。家族のこと。薛奇せつきのこと。これまで会った人のことなど。小楓しょうふうは、薛奇せつきとしてのことも、自分自身のことも、あまり覚えていないようだったから、そういうことを聞きながら思い出して欲しいというのがあった。

 それでも小楓しょうふうは、自分のことを、つとめて語ろうとはしなかった。

「きっと、成秋せいしゅうは」

 夜の帳が下りきったころ。お互いの寝床に入ったあたりで、小楓しょうふうが言い出した。

「いいひとなのだと思う」

「そうなのでしょうか。自分のことは、よくわかりません」

「私だってそうだよ。でも、そんな私に、成秋せいしゅうはよくしてくれる。色んな話をしてくれたり、ごはんを作ってくれたりする。だからきっと、いいひとなのだと思うよ」

「ありがとうございます。そして、そうだと思いたいです」

「ありがとう、成秋せいしゅう

 少し、笑ったようだった。それがどうしてか、嬉しかった。

 “生まれ変わり”。どういうものなのだろう。人から聞いたその話は、正直によくわからなかった。記憶と意思を受け継ぐ。それは、自分自身がそうでなくなるという意味ではないのか。それが何百年という単位で続いてきた。それだけの価値と意味があるのだろうか。

 そして、小楓しょうふうのような、小さな女の子が、その宿業に組み込まれていいものなのだろうか。あるいは自分が組み込まれたとしたら、父である薛奇せつきはどう思うのだろう。

 成秋せいしゅうが考えても、それは答えが出なかった。

 不意に、何かの気配で目が覚めた。それは、小楓しょうふうも同じようだった。

 何かの、けもの。じっと、こちらを見ていた。

 身を乗り出した小楓しょうふう成秋せいしゅうは、とっさにその身体を抱きとめていた。手で口をふさぐ。

「虎です」

 ふたつの眼。光っていた。

 大きな虎。飢えてはいない。縄張りに近づいてしまったか。

 小楓しょうふうは、震えていない。怯えてはいないようだった。けものは、他のものの怯えに反応する。

 しばらくの間だった。

 ふたつの光が、ゆっくりと動いた。そうして、それはいなくなった。

 気配がいなくなってから、成秋せいしゅうはようやく呼吸ができるようになった。

成秋せいしゅう

 くぐもった声。

 はっとして、手を放した。小楓しょうふうを抱きとめていた腕は、じっとりと汗が浮いていた。きっと、力を込めすぎていたのだろう。

「申し訳ありません、小楓しょうふうさま」

「ううん、大丈夫」

 闇の中。それでもきっと、小楓しょうふうは笑ったようだった。

成秋せいしゅう、かっこよかった」

 言われて、顔が熱くなった。

 思い返せば、女の子に対してとんでもないことをしていた。後ろから抱きついて、口をふさいで、だなんて。ふしだらどころの話ではない。

 それを、かっこいいだなんて。

 飛び込むようにして、寝床に潜り込んだ。目をつむり、なんとか眠ろうとした。何度となく小楓しょうふうの柔らかさが蘇り、それを邪魔してきた。

 それでも、眠れたようだった。夢を見たかは覚えていない。

「おはよう、成秋せいしゅう

 目が覚めると、眼の前に小楓しょうふうの可憐な顔があった。それで跳び上がっていた。

小楓しょうふうさま、どうして」

成秋せいしゅう、覚えていないの?」

「ええと、何をですか?」

 小楓しょうふうが、どこか残念そうに目を伏せた。どうしてか、その身にまとった長袍は、ところどころが乱れていた。

 まさか。俺は、なんてことを。

「なんてね」

 少しの間を置いて、小楓しょうふうが吹き出した。

「昨日、かっこよかったから、おかえし」

「脅かさないで下さい。俺だって男なんですから」

「男だから、女の私に対して、えっちなことを考えていたんだ?」

「そんなことは、決して」

成秋せいしゅうになら、いいよ」

 微笑み。とろんとした顔。どきりとした。

成秋せいしゅうになら、何されても、いいから」

 手を、取られた。小さく薄い掌。細く白い指。

 導かれる。心室、いや、乳房の、上。

 心音と、温かさを感じた。

「駄目です」

 それでも、なんとか引き剥がした。背中を向け、赤くなっているであろう顔を見せないようにした。

「駄目?」

「駄目です。そうやって抱きついても、そんな声出しても、駄目なものは駄目です」

「なんで?」

小楓しょうふうさまは、紅月寺こうげつじの頭首なのです。俺とは身分が違いすぎます」

「じゃあ、頭首として命じようかな?」

「そういう、ずるいことをするなら、もっと駄目です」

「ちぇっ」

 小楓しょうふうは、楽しそうに笑っていた。背中に感じる温かなものが、成秋せいしゅうに安らぎとそうでないものをもたらしていた。

 地図と場所を照らし合わせた。今日の夜には、辿り着けそうだった。

「鏡は二枚あると、将軍は仰っていた」

 進みながら、小楓しょうふうがそう言った。

「父さんは、水鏡みかがみを墓に入れよとも、言っていました」

「その水鏡みかがみが、きっと二枚目の鏡なのだろうと思う。そしてそれを、薛父せつふはこの山の奥に隠された」

「それほどの価値があるものなのでしょうか?」

「もしくは、こういう事態を予期していたのかもしれない」

 小楓しょうふうの表情から、感情は読めなかった。

薛父せつふが亡くなられた五年前と今で、何が異なる?」

 言われても、何も出てこなかった。それほどに、成秋せいしゅうたちは歳を重ねていないというのも、ひとつにある。

 あと一合登れば、というぐらいで、日が傾きかけていた。

「もう少しです、小楓しょうふうさま。お疲れではないですか?」

「大丈夫。それより」

 険しい顔だった。あちこちに目を走らせている。

「誰か、来ている」

 言葉に、既に弓を掴んでいた。

「少し、迂回しながら進みます」

「お願いする」

 顔を合わせる。小楓しょうふうが頷いた。

 注意深く進んでいく。確かに、人の気配がする。それも、複数人。

 この山は、ほとんど禁足地みたいなものだった。そんなところに、わざわざ人が来るはずもない。

 日が暮れたころ、ようやくに薛奇せつきの陵墓の前まで来れた。墓の入口の前には、三十人ほどがたむろしていた。

 すべて、具足を着込んでいる。軍人だ。

「切り開く」

「お待ち下さい、小楓しょうふうさま」

 出ていこうとする小楓しょうふうを、成秋せいしゅうはなんとか引き止めた。

「俺が行きます。父の墓を荒らしているのです。そうやって、気を引き付けます」

「そのうちに、私が行けと?」

「大丈夫です。引き付けるだけですから」

 小楓しょうふうの顔には、ためらいが強く出ていた。

 返答も聞かず、成秋せいしゅうは身を乗り出していた。

「そこで何をしておられる」

 松明に向かって声を掛ける。何人かが振り向いたようだった。

「これなるは我が父、薛成新せつせいしんの墓にござりますぞ」

「子どもが、こんな時間に何をしている」

「近頃は物騒です。麓では墓荒らしだとか、空き巣が増えております。父の墓も心配になり、見に来たところでした。皆さまは軍人さんと見えますが、ここで何をしておられますか」

「子どもに答える必要はない」

「親の墓を荒らされて、黙って見ている子がありましょうか」

 張り上げた。きっと、震えていた。それでも、そうするより他なかった。

 影ひとつ、するりと墓の中に入り込んだ。それをみとめて、成秋せいしゅうは弦を引き絞った。

「答えぬとあらば」

「待て、小僧。我らに弓引けば」

 その言葉と、同時ぐらいだった。

 悲鳴。墓の中からである。

「鼠かっ」

「小僧、たばかったな」

 振り向いた兵の眉間。放った矢は、そこに突き立っていた。

 一瞬の混乱。それで十分だった。成秋せいしゅうは必死になって、墓の中に飛び込んだ。

 扉を閉めている時間はなかった。

小楓しょうふうさま」

「こっちだ、成秋せいしゅう

 声のする方に駆けた。陵墓は広く、最奥までは三室ほどある。

 最奥の埋葬室。横たえられた薛奇せつきの棺は、開いていた。そうして小楓しょうふうは、ひと振りの剣を眼の前に掲げて、じっとしていた。

水鏡みかがみ

 その言葉に、背筋に電流が走った。

 これで、ほんとうの“生まれ変わり”になる。

「時間を、稼ぎます」

成秋せいしゅう、お願い」

 落ちていた剣を拾い上げ、入り込もうとする兵の足を凪いだ。剣の覚えはないが、鉈と同じようなやり方なら使える。

「こいつ」

 三人ほどを凪いだぐらいで、横合いから思いっきりに蹴っ飛ばされた。呼吸ができないほどに痛い。

「女をやれ」

「させるかっ」

 寝そべった状態で、成秋せいしゅうは弦を弾いた。悲鳴が上がる。

 痛み。踏みつけられた。そうして何人かがまとわりついて、引きずり起こされた。

「この、くそがき」

 憤怒の表情の男。剣。振り下ろされた。

 痛みだけ、あった。鎖骨が、剣を押し留めていた。

 もう一度、振りかぶっている。

成秋せいしゅうっ」

 その声は、小楓しょうふうのものではなかった。

 何かが吹き荒れた。そうとしか、表現できなかった。気付けば骸五つ転がっており、誰かに抱きかかえられていた。

「よくやった、成秋せいしゅう。流石は俺の息子だ」

 聞き慣れた声だった。そして、久しぶりに聞く声だった。

 霞む視界の中、大きなひとが見えた。

「父さん」

 それだけきっと、言えたような気がした。


4.


 先遣隊が墓に到達した。そこまでは情報として入っていた。そこからのやり取りがうまく行っていない。

 黄瑾こうきんは焦っていた。兵糧は最低限以下。兵站は繋がっていない。しかもこの山奥である。兵数二百とはいえ、これ以上の無理はできないというほどの強行軍だった。

 軍部ではなく、喬倫志きょうりんしの独断で動かした軍勢である。現地に駐屯している州軍に悟られれば、何かとまずいことになる。

 黄瑾こうきんは元来、戦場の人間である。政治の話は苦手だった。それが仇に出て、未だに勢力としては大きくなれていない。兵は精強だが、自分と同じく、戦争以外での使い道はなかった。

 喬倫志きょうりんしに取り入るつもりで、紅月寺こうげつじの生き残り排除の話を引き受けた。そして今こうやって、兵に無理強いをさせてしまっている。

「斥候を、もう一度」

「まだ、先に送ったものが帰ってきておりません」

「それでもいい。何が起きているか、確かめさせろ」

 声を荒げていた。

 兵の不満は、肌に感じるほどに膨らんでいた。ただひたすらしんどいだけの行軍の果てに、墓参りにでも向かわされたのかとでも思われたら、反乱どころでは済まされないだろう。

 紅月寺こうげつじ先代頭首、薛奇せつきの墓。そこを破壊しろとの命だった。そこに何があるかは知らされていない。

 先遣隊からの連絡がない。すでに反乱したか。あるいは別の何かと衝突したか。

「先遣隊、何らかの戦力と交戦中」

 戻ってきた。そして、思わぬ言葉が返ってきた。

「規模と所属は?」

「不明。ただ寡勢。そして精強です。押されています」

「何とな」

 驚きの言葉とは裏腹に、身体は戦意に猛っていた。あるいは喜びか。戦うしか能のない連中である。遂に、それの出番が来たのだ。

 短戟を掲げる。それで、喚声が上がった。

「進めい。紅月寺こうげつじ次代頭首となれば、千金の首ぞ」

 叫んでいた。

 高山。全員、軽装である。馬も連れてこれなかった。持ってこれて、鉾か戟と、あとは短弓ぐらい。それでも数がある。

 紅月寺こうげつじ、そして薛奇せつき。何度も戦場でぶつかった。騎馬でなく、こうやって歩行かちでも。手の内はお互いに知っているというところまで、戦いあった。

 しかし相手は老いぼれの代替わり。対してこちらは歴戦の勇士。経験の差だけで有利が取れるほどだった。

 戦術がどうこう、功夫クンフーがどうこうなど、知ったことか。ここですり潰し、何度でも死なせてやろう。

 見えた。松明。揺らいでいる。剣戟と、悲鳴。

「敵。女、ひとり」

 言われた言葉に、眼の前が真っ赤になった。

 女ひとり相手にして、この黄無敗こうむはいが手こずっているとな。

袁順子えんじゅんし、行けい」

「おう」

 傍に控えていた、ひときわに大きい姿が前に出た。袁順子えんじゅんし。兵の将としても強いが、ひとりの兵としても抜群に強い。

「火矢と鉄包てつはう。投げ入れや」

 吠えた。闇の中、いくつもの光が奔った。

 時折、光が爆ぜる。火が上がる。その中で、影ひとつ踊っているのが、時折見えた。

 背筋に、怖気が走っていた。

女子おなごと申したではないか」

「はっ?」

「あれは薛奇せつきじゃ」

 言いながら、身体を前に出していた。

 踊る影。女の身体ではない。もっと大きく、分厚い。そして何よりはやかった。兵の間を縫うようにして、それが駆け抜けてゆく。そうして通ったあとには、骸しか残されていない。

薛奇せつき殿とお見受けいたした」

 影。眼の前。短戟ふたつ、思い切りにぶっつけていた。

 離れる。暗がりの中、目が冴えてきた。

「我こそは黄元徳こうげんとく黄無敗こうむはいとは、我なるぞ」

 腹からぶっ放していた。そうしなければ、縮み上がりそうだったから。

「無敗に土を付けたるは、どこの誰なるかな?」

 影が揺らぐ。篝火に照らされ、影がひときわに焦げた。

 女。歳の頃、二十もない。ほんとうに、幼い娘。

 それに末娘の顔を重ねそうになり、黄瑾こうきんは自分を叱りつけた。

 剣の光。真っすぐの突き。短戟の月牙げつがで受け流す。左の短戟を振り下ろすが、感触はない。回り込まれたか。

 肩に感覚。だが浅い。

水鏡みかがみに映るは、紅き月」

 女の声、後ろから。

 振り向きざま、凪いだ。それでも、何にもぶつかっていない。

「将軍、お下がり下さい」

 何人か、割って入った。それもすぐに、悲鳴に変わった。

 骸と血しぶきの間、見えたのは大男。

 やはり、薛奇せつき

 袁順子えんじゅんしが入ってきた。特注の鉄棍。振り回す。薛奇せつきはそれをうまくさばきながら、自分の距離に持っていっている。そうして下腕や足を攻めていく。

 うめき声。それでも、袁順子えんじゅんしは大きく振りかぶった。

 その、振りかぶった鉄棍の先に、影は佇んでいた。

「紅き月に見る夢は」

 地面に降り立ったようにしか、見えなかった。

「甘く、儚く」

 それでも、袁順子えんじゅんしは断末魔を上げ、ずしりと倒れ込んでしまった。

 その影は、薛奇せつきではなかった。見知らぬ男だった。

 これが、紅月寺こうげつじ。これが、“生まれ変わり”。異端のもの。超克者。顔も名前もない、輪郭だけの存在。誰にもなれるという、摩訶不思議。

 これに、どれほどの兵がやられたことか。

「死にぞこないがっ」

 言葉とともに、短戟ふたつ、投げつけていた。

「我ら、紅月寺こうげつじ

 躱される。それでも、近づけてはならない。

 剣を抜こうとした。手を腰に回したところで、何かに気付いた。

 佩いた剣が、どこにもない。

「すべて一夜の夢なれば」

 女の声。肩に、感触。

 見上げたところまでは、きっと覚えていた。

 視界が、回る。それも、高いところで。

「まどろみのうち、すべてを忘れるまで」

 薛奇せつきの声でも、女の声でもなく。

 首のない、自分の身体が、眼前に突っ立っていた。


5.


 紅月寺こうげつじ再興の知らせを受け、王高越おうこうえつはすぐさまに駆けつけていた。薛奇せつきが死んでからも財と人とを蓄え続けたので、たく州の官軍三千程度を動かすこともできそうだった。

 あれから、朝廷の官吏として地方再生を任されていた。地方の荒廃と汚濁は想像以上であり、ともに来てくれた廿礼はつれいがいなかったら、やっていけなかっただろう。廿礼はつれいが残ってくれるというので、王高越おうこうえつは心置きなく出立することができた。

 今世の“生まれ変わり”である小楓しょうふうとは、すぐに打ち解けることができた。男ながら女の心を持つ王高越おうこうえつと、“生まれ変わり”として男や女の心を備えた小楓しょうふうである。すぐに王高越おうこうえつの性分や、今までの境遇についても理解をしてくれた。

「鏡はどう?ちゃんと見れてる?」

「うん。薛父せつふ以外にも、何人か会えた。昨日は、薛父せつふの二代前の、張浚ちょうしゅんというひとだった」

張浚ちょうしゅんさまのお話は、薛哥せつにいから伺ってたわ。背が高くって、色男だったって」

「そうかなあ。ちょっと声が甲高くて、あまりいい人じゃなかったな。功夫クンフーが巧みだというらしいから、ちゃんと話を聞かなきゃとは思ったけど」

 楊三嬢ようさんじょうが用意した菓子をいただきながら、庶務を片付けた小楓しょうふうと世間話をしていた。再興したとはいえ、軍備や文官が整うまでは、基本的には暇である。

 “生まれ変わり”として完全なものになったとはいえ、どうやら薛奇せつきとしての意識がまだ強いらしく、小楓しょうふうの所作のところどころは、男のそれが強かった。人が揃うまでは、身の回りの世話は王高越おうこうえつ楊三嬢ようさんじょうとですることにしていた。

「ところでさ、小楓しょうふうは好きな人とかいるの?」

成秋せいしゅう

 にっこりと笑いながら。隣で楊三嬢ようさんじょうが口元を抑えて赤くなっていた。

夏匠山かしょうざんで、虎から守ってくれた。それに、禁軍に襲われたときも。本当にかっこよかったんだ」

「へえ。薛哥せつにいに似ず、なよっとしてると思ったのだけれど、やるじゃない。で?その後、どうなの?進展した?」

「ううん、まだ駄目みたい。ちょっと強めに迫ってみたんだけど、拒まれちゃった」

「それは残念ねえ。でもどうせ女なら、いい男に口説かれて、抱きしめられてみたいじゃない?ちゃんと、そういうふうに持っていかないと」

「やっぱり、そう?ちょっと、がつがつ行き過ぎたかなあ」

「ちょっと、何の話しているんですか」

「あら、成秋せいしゅうちゃん」

 見やれば、真っ赤な顔の成秋せいしゅうがいた。かなりの傷を負って療養していたのだが、ようやく動けるようになったようだ。

「あんた、駄目じゃない。女ひとりたぶらかしておいて、迫られたら迫られたで二の足踏むだなんて。手を付けるんなら、最後まで一直線で駆け抜けなさいよ」

「ちょっと待ってください。本当に、なんて話をしてるんですか、小楓しょうふうさまったら」

成秋せいしゅうがかっこよかったって話。弓術だけでなくって、身体もしっかりしているんだ。虎が出たとき、私がやっつけてやろうと思ってたんだけど、後ろから抱きとめられちゃってさ。思ったより力強くって、私、どきっとしちゃったんだあ」

「そうなんですか?成秋せいしゅうさまったら、大胆なのですね」

 楊三嬢ようさんじょうが赤い顔できゃあきゃあ言っている。あの真面目な楊漢ようかんの末娘であるが、話してみると、まだまだ年相応の娘といった感じだった。

「あんまりいじめてやらないでくれよ。お互い、まだ子どもなのだから」

 のそり、といったふうに、成秋せいしゅうの後ろから大きな姿が出てきた。文朗ぶんろう。かつての文二児ぶんじじである。

楊漢ようかん殿より文。そろそろ合流できるとのことだ」

「父上が?」

「私塾は楊延黃ようえんき殿に任せるとのことだよ」

「よし、本格的になってきたわね。あとは李桂りけいのおっさんが合流できれば、中核は完成だわ」

「軍はまだ早いんじゃないか?そもそも何を成すべきかが決まっていない」

 文朗ぶんろうが腕を組みながら。猪突猛進を絵に描いたやつだったはずだが、薛奇せつきが死んでから時間が経って、随分と大人になったようだ。

「衣食住については王高越おうこうえつ殿が来てくれたからよしとして、何をやるにしても、世論や朝廷を動かせる特殊工作員が必要だ。白朗はくろうあにいがいなくなってしまったから、だいぶんに難しいことではあるのだが」

魏賢ぎけん盧宣ろせんは?峡南かいなん河の修繕が終わっているから、船が使えるわ。となれば虞班鍾ぐはんしょう殿みたいな職人も必要よね」

「そういう感じで、目下必要なのは人材だ。そのために、まずは何を成すべきかを定めることが重要だと思うのだよ」

「ありゃま。文二児ぶんじじにそんなことを言われるだなんて」

「俺も、こんなことを王高越おうこうえつ殿に言うとは思ってもいなかったよ。ともかく楊漢ようかん殿だ。あの方なら広い視野を持っていらっしゃるから、何をすべきかはわかるはずだ」

 それを言い残して、文朗ぶんろう成秋せいしゅうは去ってしまった。

「何をするべきか、か」

「来たときにも言ったけど、地方の腐敗ぶりは相当よ。辺境のたく州やけん州だけでもひどかったんだから、余所はもっとでしょうよ。今の政治の仕組みを変えないと、中央と地方の貧富差はもっと広がるわ」

夷波唐府いはとうぶの西洋化も性急です。あるいは大陸進出もありうるかと噂になっているほどに」

「それを言ったら、やっぱり意国ユィズランドよ?国体が変わってから、何をしでかすか、まったく読めなくなったもの」

「陛下ときょう丞相。そこが変わらない限りは」

「ふたりとも、大丈夫」

 割って入った小楓しょうふうの声は、いたって静かだった。

「もう、思いついているから」

「ちょっと、小楓しょうふう?」

「あとは、今までの“生まれ変わり”の皆に承諾を得るだけ。今日から、薛父せつふから順に説得していく」

 そう言って、小楓しょうふうも奥の間に消えていった。これから鏡を見るのだろうか。

 残された楊三嬢ようさんじょうとふたり、首をひねっていた。

 今回の決起は、偶発的なものだった。喬倫志きょうりんし紅月寺こうげつじの生き残りを殲滅していく中で偶然見つけた、次の“生まれ変わり”。だから今は身を隠し、守ることだけを考えていた。

 古くは平原の襲来には確認されていたという紅月寺こうげつじ薛奇せつきの折は、伊韓達いかんたつらの反乱や、外戚の排除などが目的だった。

 今のところ、国難と呼べるほどのものは見当たらない。地方の腐敗にしても、廿礼はつれいをはじめとした若い文官が増えてくれれば、なんとか対応しきれるだろう。夷波唐府いはとうぶ意国ユィズランドも、不穏ではあるものの、今のところは噂止まりである。

 しばらく小楓しょうふうは、鏡を見ることを繰り返していた。そうやって、今までの“生まれ変わり”と対峙しているのだろう。

 鏡像との対話。何度か見たことがある。ほんとうに、不思議なものだった。

 次の日に楊漢ようかんが到着する、といったぐらいで、小楓しょうふうに頼んだ。薛奇せつきと話がしたいと。いくらか考え込むような様子を見せてから、小楓しょうふうは承諾してくれた。

 鏡の間。姿見が一枚と、下女が何人か。部屋の隅には、竹簡がうず高く積まれていた。

「そういえば」

 小楓しょうふうが。

王高越おうこうえつも、薛父せつふの遺言を授かっていたのだよね?」

「ええ」

「聞いてもいい?」

 言われて、少し戸惑った。その内容は、まったく意味のわからないものだったから。

「鏡に自分が見えたら、逃げろ」

「自分のようで、自分でないやつ?」

「ええ、そう。私には、まったくわからなかったのだけれども」

「ありがとう。気を付ける」

 背を向けたまま、小楓しょうふうがはにかんだ。

 用意が整えられていく。しばらく、王高越おうこうえつは離れたところからそれを見ていた。小楓しょうふうの気が、部屋の中に渦巻いていくのが、肌で感じることができた。

 これが、やはり“生まれ変わり”。薛奇せつきのときと同じく。

「よう、王高越おうこうえつ

 不意に。聞いた声だった。

薛哥せつにい?」

「お前が、呼んだのだろう?」

「ええ、ええ。今、行くわ。顔を見せて頂戴、薛哥せつにい

 足は、動いていた。ほんとうに、心からいていたと思う。

 姿見の前。小楓しょうふうは、ずっと姿見を見ていた。

「ああ」

 姿見の中に、それを見た。髪も髭も白い、大翁。穏やかな瞳。最後に見た姿と、ほんとうに同じ。

 薛奇せつき

「お懐かしゅうございます」

 それだけ言って、王高越おうこうえつは咽び泣いたのだと思う。

「お前は、綺麗になったな、王高越おうこうえつ。お前は今でも、男よりも女よりも気高く、そして美しい」

「ありがとうございます、ありがとうございます、薛哥せつにい。私は、寂しゅうございました。薛哥せつにいが亡くなられて久しく、ほんとうに、ほんとうに寂しゅうございました」

「俺が死ぬときに、泣かぬと決めたであろう。誰よりも美しくあるためにと」

「はい、はい。ほんとうに、つろうございました。泣かぬということは何よりも。またこうして薛哥せつにいとお会いできましたゆえ、王高越おうこうえつは涙いたします。あなたの前では美しくなくていい。男でも、女でもなくていい。ただひとりの人間でありたいがために」

 その言葉に、姿見の中の男は笑ってくれた。

 東の海沿い、かい州の商人の子として産まれた。嫡男だった。家は裕福で、食べるものには困らなかったし、教育にも恵まれていた。

 自分のそれに気付いたのは、かなり幼い頃だったはずだ。男としての身体と、女としての心。そしてそれに蝕まれ、苛まれ続けた。

 行商の隊列に紛れ込んで、家を出た。誰もそれを理解してくれなかったから。

 行商では、見世物として扱われた。芸事を仕込まれ、あるいは男の腕の中にあることを強要された。心は女でも、身体はどこまでいっても男のそれだった。だからもたらされるのは苦痛ばかりだった。

 行商を襲ったのは、紅月寺こうげつじだった。積み荷の中に、役人への賄賂が入っていたのだという。

 そうして、薛奇せつきたちと出会った。

 新鮮だった。嬉しかった。王高越おうこうえつのことを理解してくれるひと。もしくは理解しようとしてくれるひと。理解できなかったことを悔み、懺悔してくれるひと。あるいは同じ悩みを抱えるひと。そういうひとたちが、紅月寺こうげつじにはたくさんいた。

 そして薛奇せつき。誰よりも王高越おうこうえつに理解を示し、そして道を示してくれた。男よりも女よりも気高い、ひとりの人間であれと。

 紅月寺こうげつじ、そして薛奇せつき。それが、王高越おうこうえつにとってのすべてだったのだ。

小楓しょうふうからは、聞かれましたか?」

「うむ。俺は、それでよいと思った。この国と、紅月寺こうげつじを知る、すべての人にとって」

「ならば、私はこのこを信じます。このこと、このこの中にある薛哥せつにいたちのご意志に従います」

「また世話をかけるな、王高越おうこうえつ

「我が心の火は、紅き月とともに」

「うむ。長らく、頼むぞ」

「そして、薛哥せつにい

 鏡に、手を触れた。その指先に、鏡の中の人は、手をかざしてくれた。

「また寂しいときは、薛哥せつにいにお会いしたく思います」

 涙は、流れ続けていた。それでも、視界と心は澄み渡っていた。

 何かの倒れる音。小楓しょうふう。それで、鏡の中の薛奇せつきも消えた。

「よかった」

 抱きとめた腕の中で、小楓しょうふうが笑った。大汗をかき、息を切らしていた。

「はじめて、私、王高越おうこうえつの役に立てた」

「生意気言うんじゃないわよ、小娘が」

 泣きながら、それでもつとめて笑ってみせた。

 明くる日。楊漢ようかんが十数人を引き連れて現れた。すべて、私塾をやっているときに誼を通じたものたちだという。やはり人脈づくりに関しては、右に出るものはいない。

 先の紅月寺こうげつじでは、楊漢ようかんが戦略と人材、王高越おうこうえつが兵站、李桂りけいが軍事を任されていた。これで主要三枚のうち二枚が揃ったということになる。

紅月寺こうげつじ再興の報は、市井でも広く聞かれておる」

 五年ほどで、楊漢ようかんはすっかり老人のようになっていた。確か薛奇せつきよりひとつふたつ下だというから、年齢としては老人になるか。それでも背筋だけはしっかりと伸びていた。

「とはいえ、ろくな噂は聞かない。平原を越え、意国ユィズランドに攻め込むだとか。宮殿に乗り込んで、民主共和の旗を掲げるだとか」

「どれも性分じゃあないわよね」

「ともあれ、身を守るためだけに、禁軍十万を相手取ることはできまい。何かしらの大義名分が必要になる」

「次のお世継ぎってのは、どう?」

「やはり、君なら同じところにたどり着いていると思った」

 皺の中に隠れた小さな目が、ぎらりと光った。

「陛下とあん美人との間に、お子がおられる」

「確かなのね?」

征海王せいかいおう殿下は、陛下の覚えがめでたくないのもある。そのお子を御旗に、今の皇室をあらためる」

あん美人は、前皇室の血筋よね?政変で追いやられ、長らく迫害されていた。先ごろ名誉回復して、美人(公妾)に取り立てられたという話だったけれど」

無辜むこの罪だということにすれば、名分も立とうよ」

 前皇室のことは、史書の中では悪しざまにしか書かれていない。およそ二百年前のことだから、当時のことを知るものなど、誰もいない。

 確かにまあ、皇室と佞臣ねいしんを排し、まつりごとを改革するには、ちょうどいいお題目かもしれない。

「それで」

 切り替えるように、楊漢ようかんは大きく息を吐いた。

「頭首閣下は、如何かね?」

「いいこよ?少なくとも、私は気に入った」

「“生まれ変わり”は英傑でなくてはならぬ。薛奇せつきさまのように」

「その薛哥せつにいの記憶と意思を受け継いでいる。つまりは、志をも」

「そのための“生まれ変わり”でもあるからのう」

「自分で答えを出すんじゃないわよ」

 相変わらずの応酬で、王高越おうこうえつは懐かしさと嫌気の両方を覚えていた。真面目な割に口も達者だから、相手をしていて疲れる。

 堂に全員を集めるようにだけ、小楓しょうふうには言われていた。幹部、およそ二十。次席の将校たちも二十程度である。兵数はこれの百を掛ければ妥当といった具合だから、勢力としては現在のところ適正だった。

紅月寺こうげつじ頭首、杜小楓としょうふう

 幹部と将軍たちの前に現れた小楓しょうふうは、毅然としていた。

「これより、を成す」

 その言葉に、おお、と喚声が上がった。

「我ら紅月寺こうげつじ、世を正すためのものなり。正すべきは宮中の乱れ」

 その声に、王高越おうこうえつの背筋が伸びた。

 やはり宮殿。つまりは、帝と喬倫志きょうりんし

「我らの力を陛下に知らしめた後、その御前に馳せ参じ、そこで」

 振り返る。壁に掛けられた紅月の旗。

 小楓しょうふう。腰に佩いた剣を抜いた。

 ひとつ、笑ったようだった。


紅月寺こうげつじを、解散する」


(つづく)

◆登場人物

紅月寺こうげつじ

小楓しょうふう杜小楓としょうふうとも。記憶を失った少女。

薛奇せつき:故人。先代頭首。

けん紅月寺こうげつじの一員。小楓しょうふうを覚醒させた。

文朗ぶんろう文二児ぶんじじとも。紅月寺こうげつじの猛将。

成秋せいしゅう薛奇せつきと妾の子。

王高越おうこうえつ:兵站を担当。男の体と女の心を持つ。

楊漢ようかん:戦略、人材を担当。

楊三嬢ようさんじょう楊漢ようかんの末娘。

【朝廷】

喬倫志きょうりんし:丞相(総理大臣)。帝と対立。

華淳かじゅん:後に後将軍。紅月寺こうげつじに誼のある将軍。

えい華淳かじゅんの妾。調略を担当。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ