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青の時代  作者: 近藤輝
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第五章:Oregon Mist


近藤がオレゴン大学での日々を過ごしている中、マイケルとの友情はますます深まっていった。二人は授業の後や週末に一緒に過ごすことが多くなり、様々な話題について語り合った。しかし、ある日の昼休み、キャンパスのカフェテリアでの会話が、近藤にとって予想外の方向へと進んだ。


カフェテリアは学生たちで賑わっていた。明るい日差しが大きな窓から差し込み、テーブルには色とりどりのランチが並んでいた。近藤とマイケルは窓際の席に座り、ランチを楽しんでいた。


「このカフェテリア、食べ物の種類が多いよね。」近藤はトレイの上のサラダを見ながら言った。


「うん、オレゴンは地元の食材を使った料理が多くていいよね。サラダのドレッシングも自家製なんだって。」マイケルは自分のサンドイッチを一口食べながら答えた。


「そうなんだ。日本の大学とは全然違うな。」近藤は感心したように言った。


「ところで、近藤、なんでアメリカに留学しようと思ったんだ?」マイケルが唐突に尋ねた。


その質問に、一瞬近藤は言葉を失った。彼はジャスミンに振られて精神的に病んでしまい、大学へ行けなくなったことがきっかけだったが、それをマイケルに知られるのは非常に恥ずかしかった。ロースクールを目指しているマイケルに比べて、失恋を理由に環境を変えるためにアメリカに来た自分は情けない存在だと感じていた。


「ええと…アメリカに憧れていたんだ。」近藤は適当に答えた。しかし、内心ではその理由が浅すぎると感じていた。


「そっか、でもアメリカのどんなところに憧れていたんだ?」マイケルは興味津々に聞いてきた。


近藤は困った。アメリカについて詳しくない彼は、具体的な答えを用意していなかった。掘り下げられるのが嫌だったが、どうにかして話を終わらせる必要があった。


「自由な文化とか、大学の質の高さとか…」近藤は言葉を選びながら答えた。


「確かに、アメリカの大学は多様性があって刺激的だよね。でも、具体的に何かきっかけがあったのかな?」マイケルはさらに追及した。


「ええと…特に具体的なきっかけというよりは、全体的な雰囲気に憧れていたんだ。」近藤は曖昧な答えを続けたが、マイケルの鋭い目が彼の不安を見抜いているように感じた。


その夜、近藤は自分の部屋に戻り、心の中で葛藤していた。マイケルに真実を話すべきか、それともこのまま隠し通すべきか。彼はマイケルに軽蔑されるのが嫌だった。しかし、自分の過去を隠すことが友情に影を落とすのではないかという不安もあった。


彼の心は暗い情熱と共に揺れていた。ジャスミンに対する絶望と嫉妬、彼女を失ったことで心に刻まれた傷。それが今、マイケルの質問によって再び呼び起こされ、近藤の魂を揺さぶった。窓の外を見つめると、夜の静けさに包まれたキャンパスが見えた。オレゴンの霧が立ち込める夜空は、彼の内なる闇を映し出すかのようだった。


次の日、近藤は再びマイケルと会ったが、前日の話題については触れなかった。彼は心の中で、自分を鼓舞するために「Basin Street Blues」を思い出し、心の中でそのメロディを奏でた。この曲は、マイケルとの友情や、アメリカでの新しい経験を象徴するものであり、彼にとって特別なものだった。


マイケルは正義感に溢れ、堂々としていた。彼の祖父が公民権運動で戦った話を聞くたびに、近藤は自分の情けなさを痛感した。マイケルのような人間が本物の主人公であるならば、自分はただのモブキャラに過ぎない。日本の大学ならば、外見や才能で決まる主人公と脇役の関係が、ここアメリカでは全く異なる。努力と信念が人を主人公にする世界で、近藤は自分の存在が薄っぺらく感じた。


ある日、マイケルと近藤は再び寮の共有スペースで話をしていた。マイケルは近藤に向かって微笑みながら言った。「近藤、君がどんな理由でアメリカに来たのか、実はあまり気にしていないんだよ。大切なのは、ここでどう過ごすかだと思う。」


その言葉に、近藤は驚きと共に安堵感を覚えた。マイケルの寛大な態度に感謝し、彼は自分自身も少しずつ変わり始めることができると感じた。


「ありがとう、マイケル。」近藤は心から感謝の意を込めて言った。「僕もここでの生活を大切にして、成長していきたい。」


「その意気だよ、近藤。僕たち一緒に頑張ろう。」マイケルは励ますように言った。


近藤はマイケルの言葉に勇気をもらい、これからの人生に対して新たな希望を持つことができた。しかし、その希望の中にはまだ暗い情熱が燻っていた。ジャスミンへの思い出は、完全には消え去らず、近藤の心の奥底に影を落としていた。


夜が更けると、近藤は再び「Basin Street Blues」を思い出し、そのメロディに浸った。だが、今はもう一つの曲、「Oregon Mist」が彼の心に響いていた。この曲は、オレゴンの霧のように彼の過去の痛みを包み込み、静かに彼の魂を再生させる力を持っていた。


近藤にとって、この曲は新たな希望と共に、暗い過去を乗り越えようとする自分自身の象徴だった。オレゴンの霧が彼の心を浄化し、彼を再び前へと進ませる。

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