第一章:マドレーヌと暗い情熱
船橋の静かな住宅街にある一軒家のリビングルームで、近藤はパソコンの画面を見つめていた。画面には一通のメールが表示されている。送り主は井上教授の家族で、内容は恩師である井上教授の訃報だった。卒業から10年が経ち、大学時代の思い出はすっかり過去のものとなっていた近藤にとって、その知らせは大きな衝撃だった。
井上教授の葬儀は明日に迫っていた。近藤はふと、自分の学生時代を思い返し、特に初めてジャスミンと出会った日のことを思い出した。その記憶は、紅茶と共に食べたマドレーヌの香りと味と共に鮮明に蘇り、心の奥底に沈んでいた暗い情熱が再び燃え上がるのを感じた。
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ゼミ初日、キャンパスは春の陽光に包まれ、新緑が輝いていた。新しい季節の始まりに胸を躍らせる学生たちで溢れる中、近藤もまた希望と不安を胸に抱きながら教室のドアを開けた。教室にはすでに数人の学生が集まり、席についていた。彼は自分の席を見つけ、静かに腰を下ろした。教室には紅茶の香りが漂い、井上教授が淹れた紅茶と共に、一皿のマドレーヌが用意されていた。
その時、教室のドアが再び開き、一人の女性が入ってきた。近藤は思わず彼女の方を見つめた。長い黒髪と輝くような瞳、そして自信に満ちた微笑みが印象的だった。彼女の名前はジャスミン。ハーフで、大学生ながらモデルもしているという。その美しさは、東京で見慣れた可愛い子たちとは一線を画していた。
ジャスミンが教室に入ると、その瞬間、近藤の胸に何かが触れた。彼女の瞳は一見するとグレーだったが、近藤にはその中に深い青さが見えた。まるで翡翠の緑のような青さが、彼の心に深く刻まれたのだ。だがその青さは、彼にとって美しくもあり、同時に切なくもあった。
「こんにちは、ジャスミンです。よろしくお願いします。」彼女は明るく挨拶し、空いている席に座った。その姿を見つめる近藤は、彼女の瞳の色に見とれていた。その瞳の奥には、無限の可能性が広がっているように感じられたが、彼はその可能性に手を伸ばすことができなかった。
紅茶を一口飲み、マドレーヌを口に運ぶと、その柔らかい甘さと共にジャスミンの瞳が浮かんだ。近藤はその瞬間を、永遠に忘れることができなかった。マドレーヌの香りと味、そしてジャスミンの瞳の青さ。それらが混ざり合い、彼の心に深く刻み込まれたが、それは同時に彼にとって苦痛でもあった。
春の陽光が教室を照らし出し、明るい未来を予感させる中で、近藤の心の中には暗い影が差し込んでいた。彼はジャスミンの存在に圧倒され、その美しさと共に心に芽生えた暗い情熱が、彼の学生時代を彩ることになるとは、その時はまだ知る由もなかった。
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その日の記憶は、紅茶とマドレーヌと共に蘇る。近藤はその日以来、ジャスミンの瞳の中の「青」を追い求めるようになった。彼女の存在は、彼の大学生活において大きな意味を持つものとなり、これからの物語の中心となる存在だったが、その思い出は今でも暗い情熱として彼の心に燃え続けていた。
近藤はパソコンの画面から目を離し、深いため息をついた。井上教授の訃報を受け取った今、彼は過去の思い出と向き合うことを余儀なくされた。明日の葬儀に向けて、彼は再び大学時代の仲間たちと再会することになる。その中には、もちろんジャスミンもいるのだろう。