ラクーンの狗ども-1998 in USA-
人気のサバイバルホラーを題材にした二次創作小説になります。
本編の舞台裏でこんなことがあったかもしれない、ということで書いてみました。
別の作品で読者様から「人が死にすぎ」
という声があったので、今回は夜の闇を払うような明るくて温かい太陽のような話にしてみました。
あるアライグマの記録-1998 in USA-
「先生!急患です!!」
「よし!!急いで委員長室に行ってイーグルのエンブレムを取って地下水道の銀の鍵を入手して戦車の模型を動かした後図書館の絵を若い順に並べて手術質の扉を開けるんだ!!」
俺が住む町の日常はいつも無駄に慌ただしい。
どこぞの成金が興した製薬会社が好景気に乗ってでかくなり、でかくなった勢いのままに買い上げた企業城下町。
―ワシがガキの頃はアライグマしかいなかったのによ・・・。
町の年寄りは製薬会社の到来をイエスの復活のように讃えている。
「若いの!お前もそう思うだろ!?」
「え、ああ、そっすねー」
正直、出稼ぎで来た俺はそこまで町に愛着はないが話を合わせるのも町でやっていくには必要なことだろう。
まあしかし、この町がアライグマしかいないド田舎村のままだったなら俺はここに配属されることはなかっただろう。
好景気に任せた金の投入で町は大いに潤い今や10万人都市だ。
そして、10万人都市だからこそ俺のような人間は必要になってくる。
「先生!絵を並べたのに手術室のドアが開きません!」
「なにい!?どういうことだ!」
「わ、分かりません!」
「仕方ない!保全呼べ保全!」
「は、はい!」
そら、俺の仕事の始まりだ。
病院の看護婦から詰め所に電話が掛かる。
「かくかくしかじか・・・」
焦った様子の看護婦の説明を聞く。
声の端から患者の苦しげなうめき声、手術室のドアが開かないと助からないかもしれないと素人判断ながら思う。
要領を得ない看護婦の説明を聞きながら書棚から手術室前の図面を眺める。
「ふむふむ・・・」
ついで分厚い部品リストをペラペラ。
なるほど、こういう構造か。
看護婦が息継ぎをしたタイミングで指示を出す。
「ちょっと絵の裏側見てほしいっすー」
「は、はい!」
「裏側の蓋めくったら裏側に金属のプレートがそれぞれ三枚ずつ付いてるっす?」
「え、えっと、三枚ずつ付いてます」
「了解」
絵の仕掛けは単純だ。絵の柄には仕掛けはなく、絵の中に隠した金属板を壁の中に隠した近接センサーが検知して全ての近接センサーがONしたらドアが開く仕掛けだ。
金属板がなくなった可能性を疑ったがその可能性はなくなった。
そうなると今度は近接センサーの故障か断線か。送話口を手で塞いで同僚のエンリコに近接センサーの型番を伝える。
エンリコは付箋まみれの台帳から近接センサーの項目を見付けると3本の指を立てる。
3個在庫があるということだ。
「原因が分かったんで。これから修理に向かうっす」
「ほんとですか!?」
看護婦の声に喜色が浮かんだ。
嘘言ったってしょうがない。
俺は在庫のセンサーとテスター、工具を担いで下水に向かう。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「若いの・・・すまんのう」
近接センサーを交換したら手術室の扉はあっさり開いた。看護婦と患者は大急ぎで手術室に入っていった。
まさに間一髪。
これがこの町と俺の日常だった。
成金が作った企業城下町。
企業によって潤っている元ド田舎村。
それは企業の発言力が極めて強いことを意味する。
そして、その企業が一代で財を成した成金となれば、極めて強い企業の発言力のほとんどがその成金に集約される。
さらに厄介なことにその企業創設者の成金は無駄に複雑な仕掛けやカラクリにこだわりがある人間だったということだ。
おまけに、その成金にはあろうことかカラクリマニアの友達がいたらしい。
意気投合したカラクリオタクどもは金と欲望の赴くままに、クッソ不便で実用性にクソを塗りたくった公共設備を作りまくった。
奴らにとって公共設備は仕掛けを作る口実に過ぎないのだからその熱はとどまることはなく、絶大な権力を持つオタクに口出しするジョックは60億の人類の中に誰一人いなかった。
そして残った大量のハコモノ。
オタク共が飽きた頃にハコモノに仕込んだ爆弾が爆発を始めた。
何が言いたいかって―と、人間が作ったモノは必ず壊れるということだ。
仕掛けが多いなら当然壊れる場所も多くなる。
そして、壊れたら直さなければならない。
直さなければならないから俺たちのような保全屋が雇われる、というわけだ。
「つーことがありまして」
俺とエンリコは町の偉いさん達に呼び出されていた。
・目に隈が出来た研究員のおっさんオバハン。
・動物園の園長
・病院の院長
・製薬会社の偉いさん
・デブ
手術室前の修理は何とかなったが、その課程で新たな問題が見つかっていた。
まず、絵の仕掛けに使われている近接センサーだが10年前にメーカーが倒産している。
倒産したから当然近接センサーはもう生産されていない。
更に、今回の修理で手持ちの近接センサーを使い切ってしまった。
結論、次近接センサーが故障したら手術室のドアは永遠に開かなくなるということだ。
「で、これです」
エンリコが偉いさんに壊れた近接センサーを見せる。
「で、これ」
俺が紙袋から黒くて小さい塊を出す。
「なんだこれは」
デブが横柄な態度で威圧。
いけ好かねえデブだ。
名誉市民だとか言われてちやほやされて天狗になってやがる。
「ネズミに壊された近接センサーとネズミのクソっすなー」
デブがきたねえ指でネズミのクソに触ったタイミングで説明を始める。
近接センサーが壊れた原因は寿命とか初期不良とか言うちゃちなモノでは断じてない。
近接センサーの知覚にネズミが巣を作った、明らかな獣害だった。
「一応周辺にネズミ取りを仕掛けて殺鼠剤を撒いておきましたが」
次壊れるのは時間の問題だ、とエンリコが説明する。
今手術室のドアが開くのはあくまで応急的なもので、恒久対策が必要だ。
だから俺とエンリコが恒久対策の話をしに来たわけだが、なぜ正当な業務でネズミのクソを見るような目で見られなければならないのか理解できん。
「で、これが恒久対策にかかる費用の試算っすな」
修理が終わった後、エンリコと資料を漁って徹夜で改造案を出したものだ。
おかげでクソ眠い。
仕掛けを作ったメーカー(創設者の友達)と連絡が付かなかったから仕方なく自分たちで図面を引いた。
その手間全てプライスレス!
「絵の仕掛けがないじゃないか!」
製薬会社の役員が文句をたれた。
「なくても困らんっすな」
むしろ手術室にボタン一つで入れるようになるから安くて便利だ。
俺の理路整然とした説明は偉いさんの気に障ったようだ。
「なんだとオラ―!」「ぶっ殺すぞごらああああああ!」「嘗めてんのかくそがあああああ!」
十分な金と待遇を得た人間とは思えない汚い罵声が飛び回る。
いや、その仕掛けに対するこだわりなんなんだよ、意味分かんねえよ。
だいたい、市の予算の44%が仕掛けの修理代に消えてて市民の不満が絶賛爆発中なのに何がこいつらを突き動かすんだ?
「第二案として、仕掛けを残した状態での改造案になります」
エンリコが次の図面と試算を出す。
近接センサーを全て現行のメーカーのものに交換し、配線もネズミにかじられないように頑丈なものに変更、さらにはネズミが入れないように全周フルカバーだ。
価格は最初に俺が出した案と比べてゼロが二つ多い。
「皆さん第二案が気に入ったようなので、予算をいただきたいっすな」
騒ぎ立てていた偉いさんの勢いが止まる。
「我々としてはどこの予算でも構わないので、どこが改造費用を出すか決めていただきたい」
エンリコが引き継いだ。
偉いさん達は動きをとめて互いを見渡す。
これらの公的施設は全て地下でつながっていて、地下は共同管理という体になっている。
景気が良かった頃は金が溢れていた。
だから気づいたところがテキトーに消耗品を買ってテキトーに直していた。
早い話ナアナアの多重行政で来てたし好景気によってそれが許されていた。
しかし今は違う。
この町は今なお企業城下町として潤っているが、
もはや60-70年代ほどの勢いはない。このカラクリだらけの施設を欲望のままに建てていた頃のようにジャブジャブに金を使えないのだ。
だから、どこも自分の財布からは金を出したくない。
どこも金を出したくないが、多重行政であるがゆえにどこの部署も金を出さねばならない理由がある。
いかに他のやつに金を出させるか、その様相はまさに西部劇の決闘だ。
動いたやつに弾丸が殺到する。
「先生!バルブハンドルがなくて下水道の水位が下がりません!」
一撃必殺の静寂を破ったのはこないだの看護婦の悲鳴だった。
やれやれまたか。
若い女の頼みは断れないぜ。
「今行くっすー」
「帰るまでに予算の出所を決めとってください」
俺とエンリコは詰め所に向かう。
後には突っ立ってにらみ合う偉いさんが残った。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「バルブハンドルの在庫あってよかったっすな」
キコキコと甲高い音とともに少しずつ水位が下がる。
このハンドルも最後の一個だからまた補充を要請せねばならない。
どこも出したがらないだろうがだからといって自腹を切る道理はないからな。
「いつまで掛かってんだバカヤロー!俺が死んだら責任とれんのか?あぁ!?」
今度の患者は可愛げがない。
「そんだけ喋れたら心配ないっすな」
「ただの盲腸ですよ」
看護婦も相手するのがめんどくさくなってる。
それにしてもハンドルが重いな。なかなか水位が下がらないぞ。
「エンリコ、ちょっと代わるっす」
エンリコはショットガンを構えて水面を見ながら難しい顔をしている。
「なあ、昨日動物園から動物が逃げたってニュースになってたよな?」
エンリコの確認。
確かそんな話しあった気がする。
警察が捜索したけど見つからなかったらしいが。
「で、動物園って確か・・・」
製薬会社とズブズブだったはずだ。
ちょうどこの地下通路のように。
「何が言いたいっす?」
俺もエンリコの言いたいことが分かってきた。
同時に水面から答え合わせがあった。
「「「「ワニだあああああああああ!!!!!」」」」
水面からワニ!水位が下がったことで住処を奪われそうになって怒ってる。
「ひいいいい!おたすけええええええ!」
腹押さえていた患者が誰よりも早く動いた。
ラジコン操作と思えないような無駄のない動きだ。
「Shit!」
エンリコのショットガンは固い鱗に阻まれた。
「鹿用じゃ駄目だ!」
「逃げるっす!」
俺が飛びのいた場所にワニが突っ込んで来た。
配管がひん曲がったぞ!?
人間が食らったら即死だ。
ワニはその怪力を見せつけた後食いちぎったバルブハンドルを飲み込んだ。
「くそ!?」
まずいぞ、逃げようにもワニの動きは素早い、ラジコン操作では逃げ切れない。
―ドゴン!!!!!
ワニが飛びかかろうと足に力を込めると同時、水路全体に轟音が響いた。
看護婦がその細腕に似合わない大型リボルバーをぶっ放した。
でかくて重い弾頭はワニの鱗をぶち抜いて前足に穴を開ける。
「鞄にすっぞオラァ!!!!!!」
怒号とともに両手の親指で二発目を発射準備。
やべえ、目が据わってる。
看護婦が一歩前に出る。
ワニが一歩下がる。
この一撃で狩る側と狩られる側は立場が逆転した。
形勢不利とみたワニは速やかに反転して水路の奥に消えていった。
「助かった・・・」
「それいつも持ってるっす?」
「そうよ?前任者がライオンに食べられてからはね」
まじかよ、看護婦やべーな。
つーかライオンも逃げてたのかよ。
なんていい加減なんだここの役所はよお。
ともかく、バルブの状態を見ないといけない。
結構派手にぶつかってるからやばいことになってないといいが。
「あーこりゃ駄目っすね、変形して動かないっす」
予想通りワニの被害は甚大だった。
バルブハンドルがワニに盗まれたので手持ちのレンチで開けようと試みたけどバルブが完全に壊れてる。
「直らないってこと?」
「そっすねー」
正確にはひん曲がった配管を取り替えて壊れたバルブを新品にしてバルブハンドルを取り付け直して水を流せば元通りになるが、換えの配管も換えのバルブもここにはない。
「え、そうですか?はい、分かりました」
無線電話で行きつけのホームセンターに掛けてたエンリコが電話を切る。
「バルブはちょうど切らしてるってさ」
面倒なことになったな。
「おいおいおいおいおいおいじゃあ俺はこの薄暗い水路で一人さみしく死ぬってのか!?」
いつの間にか戻ってきてた患者がわめく。
てゆーか元気だなこいつ!?
ぜってー死なねーだろ。
「ただ、隣町の支店には在庫があるから取り置きしてくれるってさ」
まあ、それは良かった。
隣町までは車で4時間ってとこか。
今午後三時だから閉店ギリギリでバルブと配管を受け取って4時間掛けて戻って6時間ほどで修理すれば何とか明日の営業開始には間に合うか?
「明日!?そんな悠長なことしてたら俺が死んじまうだろ!?」
うざいなこいつ。
「だいたいお前らお役所は!
なおもわめこうとする患者の延髄に看護婦が大型リボルバーの銃床を叩き込んで黙らせた。
「この人は隣町の病院に移送するので、乗せてってもらえません?」
「いっすよー」
俺、エンリコ、看護婦、患者を乗せた市所有ののキャラバンはだだっ広い荒野を走り抜け閉店ギリギリにホームセンターに到着するとバルブと配管、バルブハンドルを買い取って隣町の病院に患者を送り届けた。
途中で市警察の制服着たあんちゃんが大慌てで町へ向かうのが見えた。
物好きなやつだ、そんなに急いであの不快なデブのもとに馳せ参じようとする人間がいたとは。
「また自動ドアの故障?全く勘弁してくださいよ」
隣町の病院も慣れた対応で患者に猿ぐつわをかませると慣れた手際で病室に引きずっていった。
「助かりました」
「困った時はお互い様っすな」
俺と看護婦はガソリンスタンドで休憩中だ。
缶コーヒー片手に仕事の愚痴を言い合いながら落ち着いた時間を過ごしていると、どこかにに電話を掛けていたエンリコがすっ飛んできた。
「二人とも、今日は隣町で一泊だ」
聞けば、研究所から薬品が漏れ出したとかで町がロックダウンされた、ということらしい。
そういうわけでやむなく隣町に引き返した。
ホテルの食堂でソフトシェルクラブを食ってポーカーしたりして時間を潰してると、不意に空が明るくなった。
怪しく思ったエンリコがテレビを付けると臨時ニュースで俺たちの町が大写しになっていた。
巨大なキノコが生えた姿で。
「仕事、なくなっちゃったね・・・」
キノコが掃けると市役所、病院、警察所、動物園、孤児院、研究施設、仕事に関わる忌々しいハコモノは全てなぎ倒されて更地になってしまっていた。
他人事のように重大な一夜が過ぎ去ってしまい重大だという感覚がないが、
仕事がなくなった以上次の仕事を探さねばならない。
それも可及的速やかに、だ。
なぜなら俺たちは生活の大半を町に置いてきた。銀行の預金通帳からタンス預金、車、etc。
持ってきたのは財布と車の免許、ショットガン、大型リボルバーに弾5発、あとはホームセンターで買った配管とバルブ。
それが俺たちの全てだった。
次の仕事を見付けないと俺たちは飢え死にだ。
とりあえず町の役所に駆け込んでみるか。
「おーい!」
どこかに電話を掛けてたエンリコが戻ってきた。
「喜べ!次の仕事が決まったぞ!」
まじかよ!
エンリコは遠縁の親戚を頼って仕事を探してきたと言うことだ。
「またよく分からん仕掛けだらけの町じゃないっす?」
「今度はしずかな農村だってよ」
マジか、どこだ?
「エンリコ家のルーツ、スペインだ」
「遠いっすな」
「交通費は支給だからそこは心配ないってさ」
至れり尽くせりだな。
聞けば、スペイン貴族の城を維持管理するスタッフを募集してるとのことで、腕のいい保全マンは大歓迎ということだ。
しかも衣食住完全支給。
アメリカを離れるのは気になるとこではあるがこんなに割のいい仕事に就けるのはありがたい。
「あんたも来るっす?」
看護婦にも声を掛けてみる。
看護婦は少し迷った後、伸ばした俺の手を取った。
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