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ピクニック


 翌日、だいぶ打撲の痛みも薄れたので、仕事をしようと職場である魔法棟へ向かおうとしたルアルは、待ち構えていたかのようなタイミングで現れたアレクサンダーに「今日一日はお休みください」と圧をかけられ、渋々自室に戻った。

 リュナ王国騎士団で、団長の次に決定権がある彼に逆らうことは、ルアルにはできない。


「うーん、暇だな」


 魔法部隊のローブ強化について考えたくても、専門書は魔法棟の図書室のほうが揃っている。

 魔法書は高価で、時代が古いものほど高値で取り引きされる。一冊で庭付きの一軒家が建てられる魔法書だってあるのだ。ルアルが個人的に買えるものは限られていた。

(手持ちの魔法書は攻撃魔法についてばかりだから、あまり役には立たないし……。シャグランが様子を見に来てくれたら何冊か本をお願いしようかな)

 魔法棟の図書室は宝の山だ。あんなに充実した魔法書の海ははじめて見る─────いや。

(実家にもあったっけ………)

 居場所なんてどこにもなかった、あの家。

 ディルーナ家を思い出すと、いつもルアルは息苦しくなる。まるで水の中にいるようで、慌てて雑念を振り払う。


「暇なのはよいことじゃ。なあルアル、この飲み物、いい香りじゃな?」


 アレクサンダーが置いていった紅茶を、エードラムは興味深そうに見ている。目を閉じて香りを楽しむその姿に、ルアルはなんとなく安堵して、小さく微笑んだ。


「紅茶だよ。これはムーンティーだね。蜂蜜をいれたら飲みやすいんだ。淹れようか?」


 ぱあっと、彼は表情を明るくさせた。


「うむ!」


 カップを準備し、ルアルは湯気の立つ紅茶をそれに注ぐ。やわらかい月色の液体に、エードラムは「おお!」と楽しげだ。少し甘めになるように蜂蜜を垂らしてから、少年の前に置く。


「どうぞ。熱いから気をつけて」

「うん」


 素直に頷き、ふうふうと息を吹きかけている姿は愛らしい。

 魔物の巣窟である【闇の地】の、大地の裂け目に棲む邪竜にはとても見えない。

 自分の紅茶も用意して、ルアルは向かいの席に腰を下ろした。

 窓際に置かれた小さなティーテーブルでティータイムを過ごすのが、ルアルのお気に入りのひと時だ。窓からは城門の内側を流れる川と、ちょっとした森のように木々が生い茂った一角が見下ろせる。森の中程では木々よりも高い神殿の尖塔が突き出ていた。

 

「ふう……美味じゃな。食後にちょうどよい。朝食で食べた、目玉に似た卵の焼いたやつとベーコンも美味かった。少しかためのパンはくるみが入っておったな。噛みごたえがあって好みじゃった」

「そう、よかった」


 彼は食べるのが好きなようだ。赤い瞳をきらきらと輝かせている。

 いろいろ食べさせてあげたくなって、ルアルは食堂の昼食のメニューはなんだったかと記憶を掘り起こす。

 たしか、卵料理がメインで一から五まで選択肢があったはず。

(そういえば、食堂のご飯は久しぶりだな。ずっとセイアッドと一緒か、彼がいない時は簡易キッチンで簡単なものを作って食べていたし)

 通常、騎士などの城で働く者は食堂で食事をする。ルアルも家庭教師として王城へ来た当初は食堂を利用していたが、いつの頃からか、セイアッドの食事を運ぶ使用人が二人分の食事を持って来るようになり、彼と一緒に食べるようになった。どうせ午後からも勉強するのだから、と言われれば、人でごった返す食堂が苦手なルアルは、それがどれだけ非常識なことか考えもせずにセイアッドの言葉に甘えた。

 食事を共にしながら、効率よく魔力を練る方法などをよく議論した。セイアッドに魔力がないのでは、と気付いてからは、剣で魔物をいかに素早く屠るかを徹底的に語り合った。

 年頃の男女が食事を共にしていても、ルアルとセイアッドの場合は色っぽい話になることはない。けれど、楽しい時間だった。

(でも、もう一緒に食事はできないね……)

 ルアルの脳裏に、ヴィラと呼ばれた可憐な少女の姿が浮かぶ。

 彼女とセイアッドが並んでいるところを十人に見せたら、十人ともお似合いだと言うだろう。外見だけではない。王子という立場のセイアッドに臆することなく会話をしていたヴィラには、気品のようなものすら感じた。

 もしかしたら、どこかのご令嬢なのかもしれない。

 運命、という言葉が自然と思い浮かぶ。

 セイアッドはきっと、運命の相手と出会った。運命を前にしては、出会ってからの日数などなんの意味もない。出会ってからたった五日でも、急激に恋の炎が燃え盛ることだってあるのかもしれないのだ。

 鈍感なルアルには、よくわからないけれど。


「今日は良い天気じゃな」


 カップを持ちながらぼんやりしていたルアルは、エードラムの声にはっとする。


「えっ、天気?」

「なんじゃ、ぼーっとしおって」

「ご、ごめん。そういえば今日はいい天気だね。こういう日は外でランチするのもいいかな。春霞草(はるがすみそう)が見頃だし」

「春霞草?」


 とっさに口を衝いて出た言葉だが、エードラムは興味を惹かれたようだ。


「春の魔力を宿してる淡いピンクの花なの。けっこう好きなんだ」

「ほう、魔力を宿す花か。それは見てみたいな。して、ランチのメニューはなんじゃ?」

「うーん……。食堂に行って余ったものを分けてもらってから決めようかな。みんなで使える簡易キッチンがあるから、そこで調理しよう」

「おお、ルアルが作るのか! これは楽しみじゃな」


 うきうきと立ち上がり、早く早くと急かすエードラムに手を引かれながら、ルアルは部屋を出た。






 食堂で働くおばちゃんたちは歴戦の猛者だ、とルアルは彼女たちに尊敬の念を送る。

 大勢の飢えた獣と化した騎士たちの注文を次から次へと受け、正確に、間違うことなくその場で作り、渡す。その記憶力、判断力、冷静さ、そして素早く無駄のない身のこなしは研鑽を積んだ騎士に匹敵する。

 久しぶりに訪れた食堂は、昼には少し早い時間だというのに闘技場の熱気に似た空気に満ちていた。

 わいわい、がやがや、どんどん。おかずのことでやれ「そっちのほうが多い」だの「出汁巻きを取っただろ」だのと争う声も聞こえる。

 弱者を寄せ付けない雰囲気の注文カウンターに近付くことができず、ルアルはただ冷や汗を流しながら立ち尽くす。そんな彼女に構わず、エードラムはすたすたとカウンターに近付いて行ってしまう。


「あ、あぶない、あぶないよ……!」

「大丈夫じゃ。ちと待っておれ」


 ルアルがおろおろしている間に、人混みに潜り込んだエードラムは、バスケットを抱えて戻ってきた。


「いろいろおまけしてもらえたぞ」


 差し出されたバスケットの中を覗くと、たくさんの食材が見えた。焼き菓子まである。


「すごい……! こんなにたくさん……!」

「儂が可愛いからじゃな」

「そうだね、エードラムは可愛いもんね」


 頭を撫でると、彼はぼんっと真っ赤になった。


「ふ、ふん! 早く簡易キッチンとやらに行くぞ!」

「うん」


 早々に食堂から離れられてほっとする。

 また片手を小さな手で握られながら、ルアルは勉強部屋の向かいにある簡易キッチンを目指す。たまに、勉強に疲れたセイアッドにせがまれて、そこでよくキャラメル風味のアーモンドクッキーを焼いた。

(キャラメルアーモンドクッキーなら冷蔵庫に材料も揃ってるし、また作ってみようかな)

 セイアッドのために作っていたお菓子を、今度はエードラムのために。

 そんなことを考えながら階段を上っていると、踊り場からこちらに向かってくるアレクサンダーの姿が見えた。

 いやに考え込んでいる様子の彼は、かなり接近するまでルアルの存在に気付かなかったようで、目の前に迫ってはじめて驚いた顔をした。


「これはこれは、ルアル殿とエードラム坊っちゃん。こんなところで何を?」

「暇だったから、エードラムとピクニックにでも行こうかと……」


 正直に答えてからはっとする。アレクサンダーがルアルに休むように言い付けたのは、安静にしろという意味だ。

 もしかしたら、ピクニックを反対されるかもしれない。


「今な、食堂で食材を分けてもらったところじゃ。これからルアルが昼食を作ってくれる」

「ほう、ピクニック……お二人でですか?」


 どうやら、ピクニック自体は反対されることはなさそうだ。

 だが、少しだけ言い方が引っかかった。


「はい、城門から出るつもりはありませんし」


 この国でいちばん厳重に警備されているのが城門の内側だ。王城で働いている者は、自由に散歩や花見を楽しむことができる。

 何も問題はないだろうと思うのだが、アレクサンダーは難しい顔をしていた。


「……何かあったんですか?」

「いえ……いや、その、少し気になることがありまして。ピクニックのあと、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

「では、私は作戦室にこもっていると思いますので、あとで来てください」

「わかりました」

「それでは、失礼」


 立ち去るアレクサンダーに、エードラムが首を傾げる。


「なんじゃ、せっかくじゃから誘おうと思っておったのに。忙しないやつじゃな」

「仕事中だから仕方ないよ。でも、本当にどうしたんだろう」


 一抹の不安が、ルアルの心にインクの染みのように残る。


「うむ、まあ後で話すと言っておったしな。まずは腹拵えじゃ! 儂は空腹じゃ!」

「ごめんごめん、すぐ作るよ」


 空腹を訴えるエードラムを宥めながら、ルアルは三階の西側に設けられた簡易キッチンに入る。こういったキッチンやランドリールームは、王城の住居区画には随所に設けられていた。

 簡易といってもそれなりに広く、申し分ない道具が揃ったキッチンには、ルアルとエードラムの他に利用者はいない。


「誰もおらんのう。こちらとしてはそのほうが快適じゃが」

「この区画はもともとセイアッドの勉強部屋しかなかったからね。ここにキッチンが新たにつくられたことを知ってる人のほうが少ないのかも」


 実際、ルアルは長年ここを使用しているが、誰かとかち合うことはなかった。

 バスケットの中から食材を取り出し、調理台の上に並べながら、ルアルは王城で暮らし始めた頃を思い出す。

 家庭教師として王城に来て、使われていなかった勉強部屋の一室を与えられた。はじめは慣れなかったそこが、いつしかルアルの落ち着く自室となった。

(迷子になったわたしに声をかけてくれたのは、シャグランだった)

 ふふ、と少し思い出し笑いをしてしまう。

 興味深そうにルアルの手元を覗き込んでいたエードラムが、ふと首を傾げる。


「……ん? では、この通路の奥にあるルアルの部屋は、元はセイアッドの勉強部屋じゃったのか?」

「そうだよ。神話や伝説とかの本置き場になってたみたいだけど」

「客間があるじゃろうに、わざわざ本を移動させて、キッチンまで増設したと」

「キッチンはもともと数が少なくて、増設予定だったんだよ。それにわたしは家庭教師だったから、勉強部屋が職場みたいなものだったんだ。客間は東側の二階で、ここまで遠いからってことで決まったみたい」

「ちなみに、セイアッドの部屋はどこにあるんじゃ?」

「三階の東側だよ」

「ここの反対側じゃな」

「東側には軍議によく使われる会議室もあって、新しく渡り廊下ができたからすぐそこの廊下から行けるんだ」

「ほう……、何から何まで便利じゃなあ」


 何かを察したような顔で不敵な笑みを浮かべるエードラムを不思議に思いながら、ルアルは何を作るか考える。

(卵とベーコンとパン、果物、玉葱、セロリ……。サンドウィッチとスープ、食後に果物でいいかな。ピクニックの定番だしね)

 おまけでもらった焼き菓子と、これから作るキャラメルアーモンドクッキーは、小腹が空いたらつまめばいい。紅茶も用意しなければ。 

(あとでシャグランにもクッキーの差し入れを持っていこうかな。シャグラン、甘いの好きなんだよね)

 メニューを決め、さっそく作り始める。魔法で食材を切りながら、そういえば、とルアルは切り出す。


「わたしって、エードラムとどういう契約をしたの?」


 何を言われても、後悔も悲観もしないで受け入れようと心に決めていた。だからルアルは、エードラムが暗い顔をしても、眉一つ動かさないでいた。


「………〝魂の契約〟じゃ」

「それは、具体的にどういうこと?」


 言いにくそうに、エードラムは口を二度、開閉させた。


「……よく言えば一蓮托生。じゃが、契約はあくまで儂に有利となるよう効力を発揮する。儂とおぬしで同時に傷を負えばおぬしから生命力を吸い取って儂が回復する。そういう仕組みじゃ。儂の魔力をおぬしに貸すことも可能じゃが、儂の魔力が減れば自動的におぬしから魔力を供給してもらうことになる」


 そこまで不公平な契約ではないのではないか。ルアルはそう考えたが、楽観視しそうな彼女をエードラムの言葉が現実に引き戻す。


「儂は不完全な存在じゃ。元がなにであったかは覚えておらんが、性質としては間違いなく邪竜じゃ。邪竜とは、魔力を吸い取り、血肉を貪り成長する。食欲はこうして人間と同じものを食して落ち着けることはできるが、魔力は食欲とは別に本能として、儂の意識を無視して契約者から奪い取る。今まで、儂に魔力を吸い取られ続けて三日も生き残った者はおらぬ」

「三日……」


 そんな。

 覚悟はしていたのに、さすがに動揺する。

 愕然とするルアルに、エードラムは申し訳無さそうに眉を下げた。


「すまぬ、ルアル……。あの時、儂にもっと魔力が残っていれば、契約などせずとも助けられたかもしれぬのに」


 地の裂け目に落ちた時、エードラムは空腹でかなり弱っていた。ルアルと契約しなければ、魔力を使うこともできなかったのだろう。


「契約期間は、いつまで……?」

「どちらかが死ぬまで契約は終わらぬはずじゃ。そもそも、邪竜との契約は負荷が大きすぎて、人間の肉体は………」


 言いかけて、エードラムは何かに気付いたように目を見開く。

 食材は切り終わっていた。ルアルはスープを作るため鍋に水を注ぐ。


「ちょっと待て。ルアル、おぬし五日も目を覚まさなかったようじゃな? 儂は人間とは時間の流れが異なる故、わからんのじゃが……本当か?」

「うん、そう聞いたよ」

「もう三日過ぎておるよな……?」

「……あっ!」


 あーっ、とふたりで指を差し合い驚く。


「どういうこと? 寝てる間は魔力を吸い取れないとか?」

「いや、そんなはずはない! じゃが……よく考えれば、儂の元に寄越される人間はいつも死にかけじゃった。魔力は生命力でもある。もともと弱っていたのに魔力を吸い取られたら三日ももたないのは当然じゃ」

「つまり、人間がどれだけ耐えられるのか正確にはわからないってことなんだね」

「そういうことじゃが…………いや、それでもおぬしがおかしいのはわかるぞ」

「えっ?」

「おぬしはなぜそうもピンピンしておるのじゃ?」


 心底不思議そうに────若干気味悪そうに────訊かれ、ルアルは困惑する。


「えー、そんなことを言われても……」

「気怠いとか気分が悪いとか、何かないのか?」

「うーん………。身体を大きく動かすとちょっと痛いかな」

「それは打撲じゃろう。もっとこう、身体が重かったり、元気が出なかったり、そういうかんじの……」

「ええと……、特にいつもと変わらない……かな」

「やっぱり変じゃ!」


 ほらみろとばかりに指を差され、さすがにちょっとむっとする。


「たぶん魔力がひとより多いからだよ! カップの紅茶はすぐなくなってしまうけど、ポットの紅茶はたくさん飲めるでしょ? 器の容量の違いってだけ! まったくもう、変とかおかしいとか失礼なことを言うなら、お昼ご飯抜きだからね」


 怒ったふりをすると、エードラムは「殺生な」と言って慌てたように腰に抱きついてきた。甘えるようにぐりぐりと額を押し付けられ、ルアルの胸はきゅんとする。


「ルアルぅ、冗談でもそんな酷いことを言うものではないぞ? 儂も反省しておるのじゃから……のう?」


 うるうると潤んだ赤い瞳で見上げられる。


「──────ッ、ずるい、でも可愛い!」


 堪えきれず、しゃがみこんだルアルは彼を思いっきり抱きしめた。


「騒がしいな」


 温かくやわらかい感触を堪能していたルアルは、突然冷水を頭から浴びせられたような感覚にゾクリとして顔を上げる。

 キッチンの出入り口に、セイアッドが立っていた。

 彼の声を聞いて、こんなに冷たい感覚を覚えたのは初めてだった。

 無意識に手が震える。

 やさしかったはずの灰銀の瞳が、鋭利な刃物のように鈍い光を放っている。まるで、ルアルを魔蛭と呼んでいた者たちのようだ。

 息苦しくなる。

(セイアッド………?)

 本当に、彼なのだろうか。よく似た精巧な人形と言われたほうが納得できるほど、目の前の人物がセイアッド本人などとは信じられなかった。

 硬直したまま動けないルアルの腕から抜け出し、エードラムが彼に近付いた。


「おぬし、〝糸〟がついておるぞ」


 観察するようにセイアッドをじろじろと無遠慮に見ていたエードラムが、ひょいっと何かをつまむ。きらきらと明かりを反射した銀色のそれは、次の瞬間には腐ったように黒く変色し、煙のように消えた。

 瞬きしたセイアッドは、ルアルを見て笑みを浮かべる。


「ずいぶん楽しそうな声が響いていたぞ、ルアル」


 いつもの(・・・・)セイアッドの声音で名を呼ばれ、呪縛から解放されたようにルアルは立ち上がる。

 しかし、顔はまだ強張っていたのだろう。こちらを見たセイアッドは不思議そうに首を傾げた。


「驚かせたか?」


 すまない、と謝る彼に、ルアルは弾かれたように慌てて首を振った。


「う、ううん、大丈夫だよ」

「ならよかった」


 安堵した表情。優しくあたたかい声音。

 雰囲気が、先程とはまったくの別人だ。

(どういうこと………?)

 困惑しているルアルに構わず、キッチンに入って来たセイアッドはちらりと調理台を覗く。


「昼食を作っているのか。なんだ、俺と一緒に食べないのか?」

「……うん、ヴィラって()に悪いから」


 嫌味な口調になってしまった気がして慌てて口を閉ざすが、出てしまった言葉は取り消せない。

(わたし、馬鹿だ)

 ヴィラに嫉妬したのだろうか。なんて浅ましい。

 ルアルは自己嫌悪に陥る。

(わたしにそんな資格なんてないのに……)

 ああ、穴があったら入りたい。

 今すぐこの場を去りたい心境のルアルをよそに、セイアッドはきょとんとしていた。


「ヴィラに何を遠慮する必要があるんだ?」


 本気で言っているのだろうか。彼女の前で、まるで距離を置くようにルアルを『先生』と呼んでいたのに。

 戸惑っていると、くいっと袖を引かれた。エードラムだ。


「さっきの〝糸〟は古の魔法じゃ。相手を望んだように、自然な形で操ることができる。こやつ、先程まで操られておったのじゃ」

「えっ!?」

「どういうことだ?」


 聞き捨てならないとばかりに、セイアッドが険しい表情でエードラムを見下ろす。ルアルも驚いていた。もし本当にセイアッドが魔法をかけられていたとしたら、それに気付けなかったということだ。顧問魔法師として、それは許されない。

 説明を求める二人の視線に、エードラムは肩を竦めてみせた。


「わかっておる、説明はちゃんとする。春霞草を見て昼飯を食べながら、な」


 

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