08 優秀な婚約者候補
アマリアが婚約者候補になってからしばらく経った。
「大事な話がある」
カインの顔色は冴えなかった。
「また皇太子妃候補が選ばれてしまう」
「それは聞きました」
皇太子の方は婚約者候補の侍女に熱を上げているが、相手の方はそうでもない。
身分も家格も低い自分では釣り合いが取れず、本当に結婚できるかわからないと思っている。
だからこそ、本当に結婚できるかどうかを互いに検討するための期間ということで、婚約者候補になった。
つまり、皇太子と侍女は相思相愛でもなければ、婚姻するかどうかもわからない。
まだチャンスがあると思った貴族たちは団結して皇帝に懇願した。
皇帝としても愛息子にはもう少し条件の良い女性を妻にしてほしいという気持ちがある。
そこで、アマリアが婚約者候補の期間は、皇太子妃候補を選んでもいいことにした。
「アマリアが婚約者になってくれれば解決する」
「それは違います」
アマリアは冷静な口調で答えた。
「婚約者になっても、すぐに婚姻できないのは同じです。結婚式の準備期間に心変わりをするかもしれないなどと言い、別の女性を皇太子妃に推す者がいると思います」
「私はアマリアがいい。絶対に結婚したい」
カインはアマリアをじっと見つめた。
「まだ、私を夫にしてもいいと思ってくれないのか?」
「そうですね。ですが、カイン様のお気持ちもお立場も理解しています。この件については私の立場にも関係します。居心地が悪くなる可能性が高いので協力するつもりです」
「そうか! 嬉しい!」
アマリアが味方になってくれるのは非常に心強いとカインは思った。
「それで、どのような協力ならしてくれる?」
「皇太子妃候補をゼロにする仕事をします。元々そのための存在だと思われていましたので」
「それだけではない! 愛している! 本心だ!」
「わかっています。昼食を一緒に食べてくださるのは嬉しいです」
二人の時間を作るため、カインは抜いていた昼食をアマリアと一緒に食べることにした。
「側近や補佐たちも昼休みをゆっくり取れるようになって喜んでいる」
二人の時間を作るためだけではない。
カインの激務を支えている友人兼部下を大切にするための方法でもあった。
「カイン様の方でも皇太子妃候補の件については担当者を決めますよね?」
「そうだな」
「では、私を担当者にしてください」
アマリアの申し出にカインは驚いた。
「アマリアを担当に?」
「カイン様だけでなく側近や補佐の方々も多忙だと思いますので、私が代理として皇太子妃候補の審査をしておきます。積み木競争でもしておきますので」
「なるほど」
「手紙もチェックします。以前した仕事ですので問題ありません」
「経験者なだけに安心だ」
「奥の宮での生活費については、皇太子妃候補の実家に請求します。払える者だけを候補にしてください」
「奥の宮の経費がかからないのはいい。父上も賛成するだろう」
アマリアは婚約者候補兼皇太子妃候補の担当者になった。
奥の宮には皇太子妃候補が入ったことで騒がしくなった。
ガシャーン!
皇太子妃候補たちが積み木を高く積み上げ、それが崩れる音が再びするようになったともいう。
「積み木競争ですが、意外と悪くありません」
昼食時、アマリアはカインに伝えた。
「簡単ですし、結果もわかりやすいので」
「だろう?」
カインはアマリアとの昼食時間が楽しみで仕方がなかった。
「私が直々に審査をしなくてもいい方法だ。緊急用件がある時には欠席できる。結果だけを報告させればいい」
「そうですね。実家の意向でしぶしぶ皇太子妃候補になっている方にも丁度良くて」
前半は懸命に積み上げ、後半になって偶然に見せかけてバランスを崩せばいいだけ。
演技で誤魔化しながら最下位狙いをできる。
「その通りだが、内密にしなければならない。これまでも見て見ぬふりをしてきた」
「さすがです。深く考えられていたのだと、今更ながらに気づきました」
皇太子は冷たく厳しく容赦ないだけではない。
極めて優秀な者でもあり、さまざまな恩情対策をしていることをアマリアは知った。
「私がアマリアを心から愛していることは知られている。だというのに、皇太子妃候補になりたい女性がいるのが不思議だ」
「名誉が欲しい方もいます。変な相手に嫁がされるよりはましという方も」
アマリアは担当者として皇太子妃候補と話し合いを行っており、どのような理由で候補になったのかも把握していた。
「以前は無料の生活目的もいたな」
皇太子妃候補になって宮殿で優雅な生活を無料でしたいという者だ。
「今回は無理だが」
生活費の請求が実家に行く。請求を了承しない場合は候補になれない。
「生活費の支払いが滞っている方がいます。予想より請求額が多いというのが理由です。長居されると余計に請求額がかさむので、候補から外してもよろしいでしょうか?」
「当然だ。さっさと外せ」
「私に届いた贈り物については返送していますが、実家に贈る方が増えています。金品で懐柔しようという方々については、カイン様から注意していただけないでしょうか?」
「わかった。厳しく注意しておく」
「買収や談合を疑われたら互いに損だというのに。全くわかっていません」
「そうだな。本当にアマリアは優秀だ」
カインはじっとアマリアを見つめた。
「ところで、夕食も一緒に食べるのはどうだ? より親密さをアピールできる。他の女性たちを牽制できるだろう?」
執務時間を減らさなくても、食事する機会を増やすことで、アマリアとの時間を増やせるとカインは思った。
「遠慮します。夕食は皇帝陛下との貴重な時間のはず。私がいたら、話せないことが増えてしまいます」
「少しでも一緒の時間を増やしたい」
「でしたら、日曜日を休みにしていただけませんか? カイン様がお休みなら、側近室も休めるそうです」
「ノアに言われたのか?」
側近や補佐たちの勤務は完全なフレキシブルだが、そのせいで休みが取りにくい。
毎週決められた休みがほしいという意見が出ていた。
「本当は週二日休みたいそうですが」
「仕事が終わらない」
「では、終わるような工夫と改善を考えてください。仕事量については皇太子の方が皇帝よりましなはずです。すでに休みなしで回らない体制には問題があると思います」
「確かにそうだな」
「個人的な意見ですが、側近が二名というのは少ないのでは? 皇帝陛下の側近はもっと多くいます」
「それは皇帝だからだ。皇太子も同じようにすることはできない」
「ですが、いずれはカイン様が皇帝陛下になられるわけですよね? その時に側近の数を一気に増やそうとしても、すぐに対応できるような方が見つかるでしょうか?」
アマリアの鋭い指摘にカインは驚いた。
「それもそうだな。少しずつ側近の数を増やしておいた方がいいかもしれない」
「信用できる者を早くから確保しておくことも、将来に備えて人材育成に力を入れておくのも重要だと思います。若手も抜擢されたいためにやる気が増えそうです」
「さすがアマリアだ。周囲のことも将来のことも考えてくれている」
「仕事ばかりで休みがない夫を嘆く妻になりたくないと思いまして」
「早期に改善する。結婚後は必ず週二日休みを取る」
「取りあえずは一日でも大丈夫ですが?」
「それでは足りない。妻のための日と子どものための日が必要だろう? 一日ずつで二日だ」
「……カイン様のそのようなところは、とても素敵だと思います」
嬉しそうな表情をするアマリアを見て、カインも嬉しくなった。
昼食後、カインは現在の体制を改めることを側近室のメンバーに伝えた。
「しっかりと執務をこなしつつ、週二日の休みを取得できるようにしたい。案を出せ。これはお前達のためでもある。わかっているな?」
「わかっています」
「わかっている」
「そうこなくちゃ!」
「希望があります」
「一応、私の方でも考えた。現在は側近と補佐を二名ずつにしているが、定員を四名ずつにするのはどうだ? 側近補佐を側近に格上げして、側近補佐を新規に四名追加する」
補佐を側近にするのはすぐにでもできるが、新任の補佐の指導には時間がかかる。
一人につき一人であれば、業務と指導を両立しやすいとカインは考えた。
「名案です」
「大賛成だ」
「ついに側近だ!」
「ぜひ、そうしてください」
「父上に伺いを立てる。承認されれば内示だ。正式な辞令は次の期からになるだろう。それまでに新任の補佐候補を選んでおけ」
側近室の全員が歓喜した。
そして、
効果覿面です。
さすがアマリアだ!
婚約者候補は優秀だね!
これからも改善してください!
アマリアの評価はますます上がっていった。