07 バラの庭園
カインからの贈り物でドレスアップしたアマリアは、バラの庭園に向かった。
護衛騎士が守っている小さな円形の建物の中に、考え込むようにしてベンチに座るカインがいた。
「お呼びとか」
アマリアはカインの装いがいつもとは違うことに気づいた。
カインは正装だった。
「アマリア以外は下がれ」
護衛騎士が離れて行く。
「アマリア」
側に来るよう言われるとアマリアは思った。
だが、カインは立ち上がるとアマリアのそばに来た。
「大事な話がある」
カインはアマリアの手を引くと、自分が座っていたベンチへ連れて行って座らせた。
そして、隣に自分も座る。
「ずっと考えていた。なぜ、受け入れてくれないのかと」
カインは気づいた。
傲慢だったことやアマリアを大事にしているようでしていなかったことに。
「私はようやく婚約者にしてもいいと思う女性を見つけた。そして、婚約者にした。嬉しかった。満足した。だが、間違えた。まずは伝えるべきだった」
カインはアマリアを真っすぐに見つめた。
「アマリアが好きだ」
カインは本心を告げた。
「多くの女性たちが私と婚姻することを望んでいた。アマリアも結婚するために持参金を貯めようとしていた。結婚して幸せになりたいはずだ。私と婚約すればいい。そして、問題がないかどうかを確かめて婚姻すればいい。私が幸せにする。何も問題ない。全て解決だと思った」
だが、違った。
「アマリアの気持ちを確かめずに婚約者にしてしまった。深く反省している。やり直したい。そして、アマリアが同意した上で正式に婚約したい」
カインは他の部分でも間違えていた。
「婚約したあとは婚姻するためのさまざまな準備や打ち合わせが必要になる。私は忙しく、時間が取れていなかった。そのせいでアマリアが不安に思ったのはわかっている。だが、私としては配慮したつもりだった。解雇されたくないと言っていただろう? しばらくは侍女として働いていればいい。気がまぎれると思っていた。だが、そうではなかった。むしろ、皇太子妃候補をゼロにするための飾りの婚約者だと勘違いする者がいた。そのせいで嫌な思いをしたのではないか? それで辞表を書いたのだろう? 本当にすまなかった。私の落ち度だ」
アマリアは驚いた。
「私は飾りの婚約者ではないのでしょうか?」
「違うに決まっている」
やはりアマリアも勘違いしていたのかとカインは思った。
「私は皇太子だ。皇太子妃候補は父上が選定した審査会が勝手に選んだだけで、私の気持ちは全く考慮されていない。だが、アマリアは違う。好意を感じるからこそ、婚約者にした。但し、いつ結婚するかまでは考えていなかった。婚約期間に互いを知り合い、距離を縮め、良き夫婦になれるよう準備したいと思っていた」
「さっさと皇太子妃候補をゼロにしたかったのでは?」
「それは否定しない。婚約者がいるなら、邪魔なだけだろう? 皇太子妃候補の努力と時間と若さを無駄にする気もない。実家に戻り、それぞれが別の相手との縁談を進めればいいだろうと思った」
アマリアはカインの説明を聞き逃さないようしっかり耳を傾けた。
「一生大切にする。私の妻になって欲しい。アマリアと一緒に人生を歩き、共に幸せを分かち合いたい」
カインは自分の気持ちをさらけ出した。
「皇太子妃になってくれるか?」
「皇太子殿下は私を婚約者にしただけで、ずっと結婚する気がないと思っていました」
「アマリアと結婚する! 本気の本気だ!」
カインはアマリアの手を握った。
「だからこそ、このような服装をした。少しでも私の気持ちが本物であり真実であると伝えたかった!」
「そうでしたか」
「アマリア……頼む。了承してくれないか?」
「条件があるのですが?」
カインは驚いた。
「条件?」
「そうです。このまま婚姻すると、またしても同じです。皇太子殿下は結果に満足されるかもしれませんが、私は違います」
「満足しないということか? 何がダメなんだ?」
「不安が消えません」
アマリアは正直に答えた。
「一生大切にしてくださるという言葉を信じたいとは思います。でも、皇太子妃候補を積み木競争で減らし、恋文を開封することなく破いて燃やせと言う男性なのはわかっています。どう考えても噂通り、厳しくて冷たくて容赦ない性格ですよね?」
カインは何も言えない。本性を知られていると思った。
「ですので、私を婚約者候補にしてくださいませんか?」
「婚約者候補?」
「そうです。婚約者候補として勉強をしながら、皇太子妃を務めることができそうか考えます。もちろん、皇太子殿下のことを夫として認めても大丈夫そうかも検討します。大丈夫そうであれば、婚約者になります。皇太子殿下もその間に本当に私を皇太子妃にしていいか検討するのはいかがでしょうか?」
「わかった。それでいい」
カインは了承した。
とにかく、アマリアを逃がさないことが先決だと思った。
「では、婚約者候補だ。それでいいな?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「愛している。心から」
カインはアマリアを抱きしめた。
「キスしたい。いいか?」
「婚約者になってからです。候補はダメです」
「似たようなものではないのか?」
「違います。候補はあくまでも候補です」
カインはため息をついた。
「アマリアの意志を尊重する。だが、私の気持ちを示したくもある」
カインはアマリアの髪に優しく口づけた。
「皇太子の身分に免じてこれぐらいは許せ。愛情表現だ。本気であることを伝えたかった」
「はい」
カインはホッとした。
「良かった。嬉しい。本当に大事にする。これからは名前で呼んでほしい」
嬉しそうに微笑むカインを見て、アマリアの胸は締め付けられた。
……カイン様と私では釣り合わないのに。
ようやく素直になれたカインと素直になれないアマリア。
どうなるかはまだわからない。
次に進むしかなかった。