06 会議
「どうすればアマリアを婚約者にできる?」
カインは会議で側近や補佐たちに尋ねた。
「命令すればいいだけでは?」
ノアが答えた。
「皇太子の命令に逆らえる者はいない」
「簡単だね!」
「すぐに解決です」
「それはできない」
婚姻等の重要な命令を出せるのは皇帝だけで、皇太子にその権限はないことをカインは説明した。
「皇帝に命令させればいいんじゃないか?」
「だよね」
「父上はアマリアのことを気に入っていない。力のない貴族だからな。釣り合わないことを理由に正式な婚約を断られたと言ったら喜ばれた。立場をわきまえている。私が言った通り、賢い女性だと言われた」
カインは喜ぶ父親の姿を思い出し、悔しくなった。
「だが、いつまでも皇太子が独身のままでは皇帝も困るはずだ」
「皇太子妃候補もいなくなっちゃったしね?」
「勅命がほしいと懇願すれば、折れそうですが?」
「厳しい方ですが、勅命での婚姻は回避してきました」
皇帝は亡き愛妻が残した一人息子のカインを心から愛している。
だからこそ、可能な限り高条件の女性と結婚してほしい。そのために皇太子妃候補を選んだだけ。
「アマリアの気持ちを大事にしたい。婚姻を強要する気はない」
カインとしてはアマリアを婚約者として確保し、今後についてじっくりと考えようと思っていた。
しかし、今後のことを考えるのはアマリアの方がずっと早く、しかも見切りをつけるのも早かった。
「婚約者にしたばかりだというのに……なぜ、急に嫌だと言い出したのか。全くわからない。誰かに何か言われたのか?」
「特にそう言った報告はありません」
「釣り合わないと思ったからだろう?」
「頭が良いからじゃ?」
「素早く判断しただけでは?」
「皇太子妃候補の二の舞になりたくないのでしょう」
「これまでは他人事だったが、自分のことになったわけだからな」
「気づくの早かったねえ」
「優秀な証拠です」
「むしろ優秀過ぎて、私が考えるための猶予が全くなかった」
カインは深いため息をついた。
「だが、まだだ。なんとかなっている。皇太子妃候補はゼロのままだからな!」
再びアマリアが婚約者になることもあり得るため、様子見として皇太子妃候補はゼロのまま。候補を選定することについても様子見になっていた。
「一刻も早く、アマリアを婚約者にしなければならない!」
「贈り物で懐柔しては?」
ノアが提案した。
「甘い言葉でその気にさせる」
「恋文を送って心を解くとか」
「取りあえず、デートに誘っては?」
一般的な意見が次々と出た。
「その程度でアマリアの気持ちが変わると思うのか? アマリアは賢い。味方にすると頼もしいが、敵に回すと厄介なタイプだ」
「その例えはどうかと思います」
「あっているようであっていない」
「想い人に対する言葉じゃないよね」
「確かに」
「何か考えろ。側近だろう?」
「側近はプライベートも担当しないとなのか?」
「僕は側近補佐だし」
「私も補佐の方です」
「一案ですが」
ノアが言った。
「皇帝の想い人としてアマリアが命を狙われてしまう芝居をします。カインが助けることで距離を近づけ、アマリアの気持ちを誘導するというのは?」
「ノアにしてはベタな筋書きだな」
「怖がるだけのような?」
「カインのせいで死にかけたと思いそうです」
「私を好きになるどころか、余計に距離を置きそうではないか!」
皇太子と側近と補佐は友人同士。
遠慮なく駄目出しが出た。
「侍女たちからの報告はどうだ?」
「まったくの脈なしだそうです」
「婚約者になるよう勧めても嫌がられる」
「カインはタイプじゃないらしい」
「普通の人と結婚して普通に幸せになりたいらしいです」
アマリア以外の皇太子付き侍女にはアマリアの情報を収集する密命が出ていた。
しかし、アマリアがカインを好きになりそうな気配はまったくないということだった。
但し、皇太子付き侍女として高給を得ていることには喜んでいる。
辞職する時に備え、給与をしっかり貯めていることもわかっていた。
「普通は皇太子付き侍女になり、皇太子に見初められることを夢見るのではないのか?」
カインは文武両道。容姿端麗。
身分も地位も財力もあるが、それを隠してお忍び外出をしている時でも女性にモテモテだった。
「側近に見初められるのを狙う者もいますが、アマリアにはそのような感じがまったくありません」
ノアもアマリアの言動が通常の女性たちとは違うと思っていた。
「俺達のこともまったく眼中にない」
皇太子の側近も側近補佐も優秀かつ美青年かつ好条件揃い。
やはり女性にモテる方だった。
「皇太子もその側近も補佐もダメだとなると、誰がいいんだ?」
「さあ。平凡な男がいいのかもな」
「普通の方が安心できるという思考かもしれません」
「ハイスペックな男は逆に嫌って感じ?」
「釣り合わないと言っていることからも、その可能性が高い気がします」
「私に対するアマリアの好感度を上げろ。これは仕事だ。アマリアについての情報収集も強化しろ」
「力の使い方を間違っているような気がします」
「政治の方が楽だ」
「難問かつ面倒だよね」
「自分で何とかしてほしいです」
遠慮なし。言いたい放題。
だが、カインも負けていない。
「私の婚約者がどうしようもないほど愚かな女性だったらどうする? 当然、皇太子の側近も補佐も一生苦労することになる。アマリアは賢い。気が利く。お前達も評価していただろう?」
「婚約者の仕事は無理だとわかりました」
「向き不向きがある」
「カインとうまくいかない女性は困るよね」
「飾りの婚約者になりたい者は他にもいそうですが」
「飾りではない! 本当の婚約者だ!」
カインは叫んだ。
「本気だったのですか?」
ノアは驚いた。
「皇太子妃候補をゼロにするためだと思っていました」
「同じく」
「それは間違っていない。好きな女性を婚約者にすれば、皇太子妃候補はゼロになるだろう?」
「本当に好きで婚約者にしたんだ?」
「当たり前だ。好きでもない女性を自ら婚約者に選ぶわけがない」
「それを早く言ってください!」
側近やその補佐である友人たちは自分たちの認識を改めた。
「そういうことであれば、友人として力を貸します」
「真剣に考えないとだな」
「そうだね。でもさ、アマリアも同じじゃないかな?」
「飾りの婚約者だと思っているはずです」
「そうか。そう言うことか!」
カインは気づいた。
「私の気持ちがわかっていないということか!」
「当たり前です。いきなり婚約者にしただけですから」
「皇太子妃候補をゼロにするためだと言ったんだろう?」
「都合よく利用しただけだよね」
「経費削減案と同じ扱いでは?」
「母上の形見のイヤリングを贈った」
カインは自分の気持ちを伝える手段として特別な贈り物をしていた。
「そのことを説明しましたか?」
「してない。だが、見れば特別なイヤリングだとわかるだろう?」
「それはわからない」
「皇妃様の形見だなんて思わないよ」
「何もかも説明不足な気がします」
「説明不足か」
カインは考え込んだ。
「説明するしかないな」
友人たちはがっかりした。
「必要なのは説明ではなく愛の告白では?」
「そう思った」
「カインの本気を伝えないとだよね」
「説明ではうまく言いくるめようとしていると思われてしまいます」
「わかった。愛の告白をする。絶対にアマリアと結婚する!」
婚約だけでなく、結婚まで進めることをカインは決断した。