04 別のお仕事
アマリアの願いが通じたのか、間もなくカインが来た。
その様子からいって、急いで来たようだった。
「おかしな手紙があったようだな? 報告しろ」
アマリアは代筆の手紙について報告した。
「皇太子殿下宛の手紙ですので、本来は皇太子妃候補が自分で書くべきだと思います。違うのでしょうか?」
カイン自身は筆跡を隠すため、重要な書類以外は代筆させることがある。
それだけに代筆をすることをおかしいとは思わなかったが、代筆を理由にして皇太子妃候補から外せるかもしれないと思った。
「……女性は代筆させる者が多いのか?」
「人それぞれだと思います」
美しく綺麗な手紙を送ることを重視するのであれば代筆にして、サインだけを自分ですることはある。
しかし、皇太子宛の手紙。しかも、内容は恋文。
自分の気持ちを伝えるために、一生懸命手紙を書いて送るならわかる
だが、それを代筆させていいのかどうかはわからない。
代筆だと文章自体を自分で考えていないのではないかと疑われてしまう可能性もある。
そういったことから、普通は自分自身で書くのではないかと思ったことをアマリアは説明した。
「アマリアの言う通りだ。代筆の手紙は内容を皇太子妃候補自身が考えたのか疑わしい」
「同じ皇太子妃候補からの手紙の中に、筆跡だけでなく文章の印象がかなり違うものもありました。一つは皇太子妃候補自身で書かれた手紙で、別の方は代筆者が内容も考えたのではないかと思います」
「燃やしてしまったか?」
「証拠として何通かを残してあります。まだ読んでいない手紙については別の箱に入れたままですので、その中にもあるかもしれません」
「わかった。同じ皇太子妃候補からの手紙で複数の者が交代で書いているような場合は、見本の手紙を残せ」
ノアと相談し、可能であれば皇太子妃候補から外そうとカインは思った。
「はい」
「明日も続きをしろ。箱を側近の部屋に受け取りに来い」
「わかりました」
その時、
グゥ~~~。
カインは眉をひそめると、その視線をアマリアの顔から腹の方に移した。
「……申し訳ありません。仕事が終わらず、昼食を食べることができませんでした」
皇太子妃候補の手紙が重要書類扱いになっているせいで、アマリアは仕事の途中で昼食に行けなかったということにカインは気づいた。
「一時的に側近の部屋に持って行けばよかった」
「箱数も手紙も多かったので。一回で持って行くのはつらくて」
皇太子妃候補から外れた者の手紙は処分していたが、皇太子妃候補として長く留まっている者の手紙はずっと保管されていた。
手間取りそうだとカインは思った。
「それもそうか。どのぐらいかかりそうだ?」
「数日以内には終わるのではないかと予想しています」
「わかった。昼食時間は離席していい。この部屋の鍵を渡すよう言っておく。ドアに鍵をかけて昼食に行けばいいだろう。全ての作業が終わるまで、箱は部屋に置いたままでいい」
「ありがとうございます!」
アマリアは喜んだ。
「ご配慮のおかげで、明日は昼食を食べることができます!」
「それほど嬉しいのか?」
カインは忙しく、食事を抜くことはしょっちゅうで慣れていた。
そのせいで昼食が食べられないといって残念がることもなければ、食べられるといって喜ぶこともなかった。
「我慢しろと言われても仕方がありません。上司に昼食を食べたいので、仕事を中断したいとは言えません」
「なるほど。言いにくいせいで昼食を食べられないわけか」
皇帝宮で働く者がしっかりと昼食を食べることができるように、業務改善の指示を出そうとカインは思った。
「これからは皇太子妃候補からの手紙がほとんど来なくなる。この仕事はなくなるだろう」
「わかりました」
カインはじっとアマリアを見つめた。
アマリアもじっとカインを見つめる。
沈黙の時間が過ぎた。
「……何か、あるか?」
「何かというのは、報告ですか?」
「私に言いたいことだ」
「この仕事がなくなるせいで解雇されたくありません。別の仕事がほしいです」
「解雇する気はない」
「ありがとうございます!」
アマリアは喜んだ。
カインはじっとアマリアを見つめた。
「他に何かあるか?」
「他に、ですか?」
「何でもいい。遠慮することはない。皇太子妃候補を減らす案なら大歓迎だ」
カインとしては冗談半分のつもりだった。
すると。
「積み木競争のようなものでしょうか?」
アマリアは真面目に答えた。
「何でもいい。誰かを落とせればいいだけだ。人数が減る」
皇太子は皇太子妃候補に無関心。真剣に皇太子妃を選ぶ気がない。
アマリアは皇太子妃候補自体が無駄だと思った。
「皇太子妃候補の人数枠を減らしては? 審査をしなくても人数が減ります」
「重臣たちがうるさい」
「納得するような理由をつければいいのでは?」
「どんな理由だ?」
「奥の宮の経費がかかりすぎるとか」
事実だった。
「それは言ったことがある。しっかり書類を作成した。さすがに経費が多いと言って減らすことになったが、これ以上は減らせないと言われた。反対者があまりにも多くて無理だった」
皇太子妃候補の数を減らしたくないのは重臣だけではない。貴族の多くが同じ。
皇帝宮の経費や税金よりも、身内が皇太子妃になれる可能性の方を気にしていた。
「皇太子妃候補が多いほど、一人一人の顔を見る時間が減ってしまいます。じっくり見るためにも、六人にするのはどうでしょうか?」
「なぜ、六人にする?」
「二名同時に審査から落とされたことがあったからです。補充するつもりだからかもしれませんが、二名は一時的に減っても平気なわけです。ですので、まずは二名減らします。反対されたら一名にします。時間がかかっても着実に枠を減らす方がいいのではないかと」
「そうだな。正直、一名でも減ってくれるなら嬉しい」
「本当は皇太子妃候補をゼロにすべきです。皇太子殿下が真剣に皇太子妃を選ぶ気がないのであれば」
アマリアはカインをまっすぐに見つめた。
「手紙と同じく、皇太子妃候補の努力も時間も無駄になってしまいます。過ぎ去った時間は取り戻せません。皇太子妃候補になるだけで若さを失っていくのは、女性にとってとても大きな代償ではないでしょうか?」
「そうだな」
カインはアマリアの言う通りだと思った。
「私が誰か知っているか?」
「皇太子殿下の側近がつけるバッジをつけています」
「側近ではないと言ったら?」
「困ります」
「正直に答えろ。本当に知らないのか?」
「……指輪に相応しい身分の方だと思います」
宝飾品を買うように言われたアマリアは、それまでまったく気にしていなかった宝飾品を気にするようになった。
そのせいでカインのつけている特別な指輪に目が向き、実は側近ではないということに気づいていた。
「……まただ。つい忘れてしまう」
カインの顔を知る者は少ない。
側近に与えるバッジをつけておけば、身分を隠せるのではないかとカインは思った。
服装も地味なものにした。バッジを外せば低い階級の官僚に見えるようにしたつもりだった。
だが、皇太子の指輪をつけっぱなしで、外すのを忘れてしまう時があった。
「いつから気づいていた?」
「この部屋で初めてお会いした時からです」
「指輪を外していなかったか?」
「いいえ。外されていました」
「では、なぜ私のことがわかった?」
「奥の宮のお茶会に出席されていたので……」
そうだった、とカインは思った。
そして、カインがアマリアに目を留めたのも茶会の時だった。
「遠くなかったか?」
「遠かったです」
「目がいいのか?」
「普通です。でも、側近の席に同じ髪色と髪型の方がいなかった気がしたので」
そして、皇帝家の紋章が入った指輪をつけているのを見て確信した。
「目ざといな」
「申し訳ございません! どうか解雇だけはお許しください! 貧乏なので、どうしても宮殿で住み込みをしたいのです!」
普通は解雇ではなく不敬罪に問われないかの心配をすると思うが?
カインはそう思いながらアマリアを見つめた。
「平民か?」
「貴族です」
「身分は?」
「伯爵家です」
意外と上の方だとカインは思った。
「伯爵家だというのに貧しいのか?」
「申し訳ございません」
「家に仕送りをしているのか?」
「いいえ。でも、持参金がありません。結婚するためには給与を貯めないと」
カインの胸がざわめいた。
「婚約者がいるのか?」
「いません」
「恋人は?」
「いません」
カインはホッとした。
「将来に備えて、持参金を貯めておきたいということか?」
「そうです。その前にイヤリングを買わないとですが」
「イヤリング? なぜだ?」
「侍女長に注意されました」
皇太子付きの侍女は相応しいお洒落が必須。給与で宝飾品を買うよう侍女長に言われていることをアマリアは話した。
「複数の宝飾品で調整するようにということでしたが、宝飾品を二つも買うとかなりの額になってしまいます。でも、イヤリングであれば、必ず二つで売っていると思いまして」
「確かに複数ではあるな」
二個で一セット。
「皇太子殿下は無駄を嫌い、経費節減を重視されていると聞きました。贅沢を禁じるため、皇太子付きの侍女は宝飾品をつけてはいけないという規則になる予定はないでしょうか?」
「そのような予定はない。皇太子付きの侍女は上位だ。ふさわしい装いでなければならない」
「お洒落な制服があれば十分ではないでしょうか?」
「髪型や化粧などを含め、全体の印象が華やかである方がいいだろう。アマリアも着飾るべきだ。その方が美しくなれる」
「申し訳ございません。給与を貯めている最中ですので、まだ買えません」
カインは考え込んだ。
「買わなくていい。私から与える」
「えっ?」
アマリアは驚いた。
「それは……勤務用の宝飾品をいただけるということでしょうか?」
「昼食を抜いてまで仕事に励んでいた。守秘義務を守り、正直さを忘れず、私のために良い案を出そうとした。そのことに報いる」
「ありがとうございます!」
「用意するのに数日かかる。待っていろ」
「はい!」
そして、数日後。
皇帝は皇太子妃候補をゼロにする決定を下した。
皇太子が婚約者を選んだために、皇太子妃候補は必要なくなった。
「似合っている」
カインはサファイアのドロップイヤリングをアマリアの耳につけた。
カインの瞳の色は青。それと同じ色のサファイアだった。
「別の仕事を欲しがっていただろう? このイヤリングはその証だ」
サファイアのイヤリングは上位者に与えられるバッジのようなもの?
アマリアはそう思った。
「指輪も作らせている。複数の宝飾品の方がいいのだろう?」
「指輪もいただけるのですか? ありがとうございます!」
これで勤務時につける宝飾品を買わずに済むとアマリアは思った。
「それで、どのようなお仕事でしょうか?」
「皇太子妃候補をゼロにする仕事だ」
「え?」
アマリアは首をひねった。
「もうゼロでは? 通達がありました」
皇太子は婚約者を選んだ。
荷物をまとめ終わった皇太子妃候補から順次実家に帰ることになったはずだった。
「アマリアが婚約者だ」
アマリアは自分の耳を疑った。
「婚約者がいないと、また皇太子妃候補が選ばれてしまう。私の婚約者を務めろ」
「私が……皇太子殿下の婚約者に?」
「アマリアが言い出したことだ。皇太子妃候補はゼロがいいと。私もそう思った。アマリアの意見を採用するために、婚約者を選ぶことにした」
そして、アマリアを婚約者に抜擢した。
「宝飾品は私が贈る。給与を貯める必要はない。持参金も必要ない。何も心配はいらない」
「でも」
「賢いアマリアにとっては簡単な仕事だろう。待遇もいい。きっと気に入る。大丈夫だ」
カインは優しく微笑んだ。
アマリアは急激に込み上げた恥ずかしさと感動で何も言えなくなった。
その結果、アマリアは皇太子の婚約者ということになった。
タイトル回収のようで、まだ続きます。