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03 給与はいいけれど



「皇太子付きの侍女になれてよかった!」


 アマリアは給与を知って喜んでいた。


 皇太子付きの侍女の給与は皇太子妃候補付きの侍女よりも高かった。


「これなら持参金を貯めるのも簡単かもしれないわね」


 しかし、すぐにそれが難しいことをアマリアは知った。


 アマリアは侍女長に宝飾品を身につけるよう注意された。


「宝飾品が必要、なのですか?」

「夜会用の豪華なものである必要はありません。ですが、皇太子殿下の侍女なのです。その立場に相応しいものを身に着けなさい」

「相応しいものというのは、どのようなものでしょうか?」


 実家が貧乏なアマリアに宝飾品のことがわかるわけもなかった。


「勤務の邪魔にならないものです。イヤリング、ピアス、ペンダント、ネックレス、指輪、腕輪などでしょう。ブローチはつけないように。上位者の証であるバッジとわかりにくくなります」

「ブローチ以外、全部つけるということですか?」

「複数が望ましいでしょうが、派手になっても困ります。うまく調整しなさい」

「……複数」


 皇太子付きの侍女には制服が支給されている。


 私服勤務でなくて良かったとアマリアは喜んでいたが、宝飾品が必要になるとは思ってもみなかった。


 宝飾品でお金がかかるから、あえて制服勤務なのかも?


「実家から宝飾品を取り寄せるか、給与で買いなさい」


 アマリアの実家は貧乏。


 唯一ある宝飾品は、家宝のティアラのみ。


 それをつけて勤務するわけにはいかないし……対象外よね。


 給与で買うしかなかった。


「どこで買えばいいのでしょうか?」

「他の侍女に聞きなさい」


 アマリアが同僚に宝飾品について聞くと、すぐに他の同僚たちも集まり、どこの店がいいかを教えてくれた。


「いくらぐらいするのでしょうか?」

「宝石によるわね」

「大粒だと高いわ」

「デザイン次第でもあるわね」


 平均的な購入額は個人の価値観や嗜好でも違う。


 だが、アマリアの感覚から言うと、


「高いですね……」


 パンが千個以上買える値段であることがわかり、アマリアはがっくりと肩を落とした。


「伯爵令嬢でしょう?」

「これぐらい普通よ」

「給与を注ぎ込みなさいよ」


 皇太子付きの侍女に抜擢されている女性たちは優秀なだけでなく裕福な者が多かった。


 身につける宝飾品のレベルもお洒落度も高い。


 一カ月分の給与では同じようなレベルの宝飾品は買えないとアマリアは思い、侍女長に給与を貯めてから買う許可をもらった。





「持参金にしたかったのに」


 頑張って働いても給与で宝飾品を買わなければならない。


 そう思うと、アマリアは気が滅入ってしまう。


 だが、任された仕事はしっかりとこなし続けた。


 皇太子付き侍女は奥の宮の侍女よりも待遇がいい。


 できるだけ長く働き続けたいとアマリアは思っていた。





 しばらくして。


 新しい皇太子妃候補が一人選ばれ、奥の宮へ入った。


 すると、皇太子はお茶会を開いた。


 積み木審査によって最下位になった候補が一人脱落した。


 アマリアはまたしても手紙の仕事をカインに任された。


「少しだけお待ちくださいませ」


 アマリアは審査に落ちた候補の箱の中から手紙の束を手に取った。


「箱は必要ありません。お持ちください」


 カインは箱だけ先に全部回収すればいいことに気づいた。


 やはりアマリアは優秀だ。


 しかし。


 さすがに七箱は……。


 早歩きがしにくくなるとカインは思った。


「作業後でよろしければ、私が四箱をお部屋の方へお届けいたしましょうか?」


 アマリアが申し出た。


「四箱? 一箱ではないのか?」

「箱を積み重ねて運ぶのはバランスが悪そうです。早歩きがしにくいと思いますので、私が半分運べばいいのではないかと」

「なぜ、早歩きがしにくいと思った?」

「私がお姿を見る限り、早歩きをしていると思いました。お忙しい証拠ではないかと思いまして」


 アマリアは間違いなく優秀な侍女だとカインは思った。


「気が利くな。では、半分を任せる」

「あの、気になることがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 アマリアは他にも言いたいことがあった。


「なんだ?」

「一人の皇太子妃候補につき、一箱ずつ仕分けるのは無駄ではないかと思いまして」


 カインは手紙やその仕分けについて深く考えたことがなかった。


 他の者からどのように作業をさせているのか聞いただけ。問題があるとは思っていなかった。


 だが、すぐに気づいた。


「全て同じ箱でいいということか?」


 箱で分けるのではなく、手紙の束で分ければいいだけだとカインは思った。


「そうです。それから、手紙を出すだけ無駄だと皇太子妃候補に伝えた方がいいように思います。そうすれば仕分けも保管も必要ありません」

「私もそうしたい。だが、皇太子妃候補にも事情があるだろう。手紙という連絡手段を禁止するのはどうかと思うが?」

「積み木競争の結果次第で皇太子妃候補から落とされてしまうような方々です。配慮するのであれば、別のことにした方がよろしいのでは?」


 カインは口を引き結んだ。


 積み木競争による審査を考えたのはカインだった。


「配慮は難しい。皇太子妃になれるかもしれないと勘違いされては困る」

「手紙を拝見した感じ、皇太子殿下宛の手紙を書くのが皇太子妃候補の務めだと思われているようです。ですが、手紙は皇太子妃候補でなくなるまでは開封されません。しかも、私のような新人の侍女に内容を確認され、燃やされて処分されています。なんとも言えない気持ちになります」

「そうだろうな」


 検閲と処分の仕事だけに、楽しくはないだろうとカインは思った。


「皇太子妃候補が皇太子殿下宛の手紙を書くほど、封筒と便箋が消費され、暖炉で燃やされています。手紙を書く時間と労力だけでなく、文具も無駄になってしまいます」

「確かに無駄だな」


 経費節減に反するとカインは思った。


「皇太子殿下宛に手紙を出すのは皇太子妃候補の務めではないことを伝え、候補を辞退したいという内容の手紙を皇太子殿下や家族宛に書くよう勧めてみてはいかがでしょうか?」


 カインは驚きのあまり目を見張った。


「その方が便箋も封筒も有意義に活用できそうです。皇太子殿下が必要としない手紙も減ります」

「そうだな」


 非常に有意義だとカインは思った。


「アマリアは優秀だ」


 名前を呼ばれたアマリアは驚いた。


「普通です。でも、お褒めいただけて嬉しいです。これからも頑張ります!」


 嬉しそうに微笑むアマリアをカインはじっと見つめた。


「……あとでいい。部屋に箱を持ってこい」

「わかりました」


 カインは四つの箱を持ち上げた。


「三箱は任せる」

「かしこまりました」


 カインはそう言うと部屋を出ていった。


 自分で持っていく方を多くするなんて、意外と優しい……。


 アマリアは仕事を終えると、側近の部屋に三つの箱を届けに行った。





 翌日。


 アマリアはいつも作業する部屋に呼び出された。


 そこにはカインがいた。


「皇太子妃候補からくだらない手紙を皇太子に送るのは禁止になった」


 重要かつ必要度が高い内容でなければ、執務の邪魔をする行為として処罰対象にすることになったことが説明された。


「手紙を書くなら皇太子妃候補を辞退したいという内容にするよう伝えた。家族宛も同じだ」

「最も有意義な封筒と便箋の使い道のように感じます」


 皇太子側の者から見れば。


「これまで保管していた手紙は全て処分することにした。一応はおかしなものがないかどうかを確認してから燃やせ」

「かしこまりました」


 アマリアは皇太子妃候補の手紙を次々と開封して読む仕事に取り掛かった。


「……内容はほぼ同じね」


 恋文。お願いごと。日記のように日々のことを書いたもの。


 しぶしぶ書いているのが明らかな手紙が圧倒的に多い。


 大量に読むからこそ、皇太子妃候補たちが書く手紙の内容と傾向をアマリアは把握していた。


「筆跡が違うのは代筆よね? 綺麗な字の方が侍女かもしれないわ」


 一応、そのことは報告しておこうとアマリアは思った。


 そして、午前中が終わった。


 手紙はまだまだある。


 昼食を食べに行きたいが、仕事が終わっていない。


 処分するとはいえ、皇太子妃候補から皇太子宛の手紙を置きっぱなしにするわけにもいかない。一応は重要書類の扱いだった。

 

 アマリアがいない間に誰かが来て、手紙を処分せずに持ち去ってしまうと大問題になってしまう。


 アマリアは昼食を諦め、ひたすら手紙を読み、問題ないと判断したものを燃やした。


 そして、終業時間になった。


「全然終わらないわ……」


 開封していない手紙が多く残っていた。


 様子を見にくる者もいない。


 アマリアは手紙をできるだけ同じ箱にまとめた後で積み上げ、側近の部屋へ向かった。


「大変申し訳ございません。終わりませんでした」


 アマリアは手紙の内容確認に手間取り、全ての手紙を処分できなかったことをノアに伝えた。


「明日も同じ作業が必要です。箱を受け取りに来なさい」

「はい。手紙を詰めて入れました。空箱をもう一度届けに来ます」

「わかりました」

「それと、少しだけ手紙が入っている箱があります。内容についてご報告したいことがあるのですが、ここでお話してもよろしいでしょうか?」

「待ちなさい」


 ノアは止めた。


「作業をあの部屋で行うのは、内容について極秘に報告するためです」

「そうでしたか」

「報告が必要な手紙が入っている箱を取り、あの部屋に戻りなさい。報告を聞きに行く者が来るまで待つのです」

「はい」


 アマリアは箱を持ち、作業をする部屋に戻った。


 腹の音が鳴った。


「お腹が……」


 昼食を食べられなかった。夕食は絶対に食べたい。


 いつまで待たなければならないのか、アマリアは気になって仕方がなかった。


 とっくに夕食の時間になっている。


 遅くなると侍女の夕食時間ではなくなり、昼食ばかりか夕食も抜きになってしまうかもしれなかった。


 できるだけ早く来てください!


 アマリアは心からそう願った。



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