14 活用は計画的に➁
数日後。
皇太子妃候補の一人レーファ公爵令嬢マリーシャは、つまらない毎日にうんざりしていた。
そこで茶色の書類封筒からレターセットを取り出した。
「私が言った通りに書きなさい。良いわね?」
マリーシャは部屋付きの侍女に代筆を指示した。
「命令は聞けません」
「指示よ」
「指示もできません。依頼なら検討します」
「代筆を依頼するわ」
「わかりました」
敬愛なる皇太子殿下
私は皇帝家への心からの忠誠を誓っております。
皇太子妃候補になったのは両親の意向です。
調べていただければわかるのですが、皇帝宮の侍女募集に申し込んだことがあります。
両親に内緒で応募したため、間違って提出されたものとして応募が無効になってしまいました。
このような事情があるため、皇太子妃候補を辞退する代わり、皇帝宮の侍女として採用していただけないでしょうか?
何卒ご検討くださいますようお願い申し上げます。
「書けたかしら?」
「書きました」
「皇太子殿下にお届けして」
「郵送になるかもしれませんので、確認いたします」
マリーシャは眉を上げた。
「ここは皇帝宮でしょう? なのに郵送するというの?」
「ここは皇帝宮の一部である奥の宮です。立地的に離れており、警備事情も異なります。資料の方に手紙は郵送になることがあると書かれております」
「仕方がないわね」
「すぐに確認してまいりましょうか?」
「そうして」
侍女は部屋を出ると、アマリアのところへ向かった。
「アマリア様、レーファ公爵令嬢から皇太子殿下宛のお手紙がございます」
「嬉しいわ!」
アマリアは手紙を読んだ。
そして、マリーシャ・レーファは知恵が回る女性のようだと判断した。
「いかがいたしましょうか?」
「皇太子殿下にお会いするので、私が預かります」
「はい」
アマリアはカインのところへ行って手紙を見せた。
「侍女にする」
カインは迷わなかった。
「皇太子妃候補より断然いい」
「私もそう思いました」
アマリアも頷いた。
「だが、冷遇される立場から脱し、より私の近くで働くことで目に留まるための案である可能性が高い」
さすが優秀な皇太子だとアマリアは思った。
「まあ、皇太子付きの侍女なら私だけで採用も解雇も決定できる。簡単だ」
カインは皇太子付きの人事権を持っている。
さっさと片付ければいいと思った。
ところが。
「お待ちください」
アマリアが答えた。
「それではカイン様のことを悪く思われてしまいます。レーファ公爵令嬢は頭が良さそうなので、別の方法がいいと思います」
「別の方法か。何かあるか?」
アマリアは別の方法を説明した。
「だったら」
カインも別の案を追加した。
「どうだ?」
「さすがカイン様です。それがいいのではないかと」
「わかった。話をつけておく」
「よろしくお願いいたします。とても心強いです」
「皇太子だからな。アマリアも頼もしい」
「婚約者候補兼皇太子妃候補をゼロにする担当者ですから」
アマリアとカインは微笑み合った。
その様子はとても仲が良さそうに見えた。
二人共に知略系ですね。
意気投合、いや、効果倍増か?
カインのせいで、黒っぽい感じがするなあ。
結果が楽しみです。
二人を見守る友人兼側近たちは心の中で呟いた。
夕食の時間、アマリアは皇太子付き侍女たちにマリーシャの手紙を見せた。
「頭が良さそうな女性ね」
「皇太子妃候補ではなく、皇帝宮の侍女として残ろうなんて!」
「手強そうね。皇太子殿下はどうされるのかしら?」
「当然、却下よ」
「でも、侍女にすれば候補を一人減らせるわ」
「あくまでも皇太子妃候補という意味ではそうなるわね」
「皇太子付き侍女なら、カイン様の権限で採用も解雇もできるそうです」
アマリアの言葉に同僚たちはハッとした。
「即解雇すればいいわね!」
「侍女にするしかないわ!」
「すぐに片付くわ!」
食事の時間は準備の時間。
食堂に明るい笑い声が響いた。
マリーシャ・レーファは皇太子妃候補を辞退した。
皇帝家に心から尽くしたいのは本心。皇太子妃候補ではなく侍女としてでもいいということで、皇帝宮の侍女として採用されることになった。
レーファ公爵夫妻も、皇帝家への忠義を示すためであれば、皇太子妃候補から皇帝宮の侍女になることについては問題ないとした。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。マリーシャ・レーファと申します」
新任の侍女としてカインに挨拶をしたマリーシャは、満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。
「皇帝家に忠義を示すために励め」
「はい」
うまく言ったわ!
マリーシャはそう思っていた。
皇太子妃候補になっても、皇太子には婚約者にしたい女性がいる。
皇太子妃候補は邪魔なだけ。
だからこそ、アマリアを皇太子妃候補の担当に指名して、ライバルを蹴散らすよう指示した。
そうすれば、アマリアは皇太子の指示に従い役に立っていることを示すことができ、婚約者に相応しいという評価につなげることができる。
優秀で冷徹で容赦ない皇太子らしい人事だった。
しかし、マリーシャは知力に自信がある。
冷遇されてるのがわかっている皇太子妃候補ではなく、皇太子付き侍女になればいい。
その方が皇太子の近くにいることができる。待遇もいい。実家への請求もない。
様子をみながら同僚の婚約者候補を探り、蹴落とすか懐柔するかを決める。
他の侍女については、自分が皇太子妃に相応しい女性であることを実感させ、味方につける。
完璧な計画だわ!
マリーシャは光輝く未来を感じながら顔を上げた。
すると、見届け役の皇帝付き側近が一歩前に出た。
「では、よろしいでしょうか? 時間があります」
「わかった」
カインは頷いた。
「マリーシャ」
「はい!」
「この者についていけ。任せてある」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「お前は皇帝付きの侍女だ。公爵家の令嬢であれば格が高い。身分だけなら皇帝付きとして相応しいだろう」
マリーシャは皇太子付きになれたと思ったが、それは間違い。
実際は皇帝付き侍女としての採用だった。
「皇帝付き侍女はベテランが多く新人には極めて厳しい。もちろん、公爵家の令嬢であることは関係ない。つらいことが多くあるだろうが、皇帝家への忠義のためだ。試用期間に辞めたければ辞めればいい。それが私からの慈悲だ」
「マリーシャ・レーファ、ついて来い。皇帝付き侍女長の所へ連れていく」
皇帝の側近が声をかけた。
そ、そんなーーーーーーーーーー!!!
計算違いの結果に、マリーシャは呆然としていた。
もう一話、続きがあります。




