01 目に留まる
お目に留めていただけて嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
伯爵令嬢のアマリアは十八歳になったが、実家が貧乏なせいで社交デビューができなかった。
縁談の話もない。結婚相手どころか、男性と知り合う機会もなかった。
このままでは一生結婚できないかもしれないと思ったアマリアは働くことにした。
とはいえ、貴族の女性が働ける場所は限られている。
下級官僚をしている兄から皇帝宮の求人があることを聞き、アマリアは取りあえずと思って申し込んだ。
すると、即採用。
なぜなら、皇帝宮の中にある奥の宮は揉め事が多く、辞める者や辞めさせられる者が続出しているからだった。
奥の宮の侍女見習いとして採用されたアマリアは、一年ほど経てば侍女になれると聞いて喜んだ。
だが、普通は一年以内に辞めるか辞めさせられる。
そのせいで侍女見習いから侍女になるのはかなり難しい。
そのことをアマリアが知ったのは、奥の宮に住み込むための引っ越しをした初日だった。
「キャーーーーーー!」
奥の宮にある一室から悲鳴が響き渡った。
「誰か、誰か来て!」
侍女見習いのアマリアは急いで駆け付けた。
「お呼びでしょうか?」
「なんとかして!」
「かしこまりました」
アマリアは渡された箱を受け取ると、床に散乱した積み木を拾い始めた。
ここは皇太子妃候補の一人である公爵令嬢の部屋。
公爵令嬢は小さな積み木を高く積んでいた。
だが、途中でバランスを崩してしまい、積み上げた積み木がほとんど崩れてしまった。
ごく一般的な感覚の持ち主から見れば、皇太子の皇太子妃候補の一人が積み木を積み上げていることを不思議に思う。
積み木がそれほどまでに好きなのか。ただの暇つぶしなどと思う者もいるかもしれない。
だが、これには深い理由があった。
皇太子が出席するお茶会で積み木の競争がある。それに備えての練習だった。
「さっさと拾って!」
「はい」
アマリアは急いで積み木を拾って拾って拾いまくった。
「全然うまくいかないわ!」
公爵令嬢は苛立ちを隠さなかった。
「もう無理よ! すぐに崩れてしまうわ!」
「落ち着いて積み上げなければなりません」
「新記録を目指すとおっしゃられていたはずですが?」
「平均記録にも届きません」
「このままですと、最下位になる可能性の方が高いかもしれません」
「最下位なんて嫌よ! 不名誉だわ!」
公爵令嬢は目についた積み木を手に取ると、八つ当たりするように投げつけた。
アマリアはその積み木も拾いに向かった。
積み木は長方形。積むほどに高さが出るため、不安定になってしまう。
最初は楽だが、高くなるほどバランスが悪くなり、崩れてしまう。
その繰り返しだった。
「疲れたわ。全部片づけて。私の見えないところにしまって!」
公爵令嬢は積み木を見るだけで嫌な気分になっていた。
「私がこんなことをしなければならないなんて……公爵令嬢なのよ!」
ごもっとも。
ですよね。
公爵令嬢付きの侍女は心の中でそう思いながらも、なだめるしかない。
アマリアは黙々と積み木を拾い、箱の中に綺麗にしまった。
「明日なのに、これでは勝てないわ!」
明日は皇太子が出席する茶会があり、皇太子妃候補の全員が一斉に積み木競争をする。
そして、この競争で最下位の者は皇太子妃候補から外されてしまう。
積み木競争によって皇太子妃候補でいられるかどうかが決まるということであれば、真剣に挑むしかない。
そうでなければ皇太子への不敬になってしまい、皇太子妃候補から外されるばかりか処罰になる可能性もあった。
「なぜ、積み木で競争しなければならないの? 皇太子妃を選ぶなら、もっとましな選考方法があるでしょう!」
それは誰もが思っていることだが、なぜなのかもわかっていた。
皇太子は皇太子妃を選びたくない。理由をつけて候補を審査で落としたい。
しかし、単に気に入らないという理由だと、皇帝も重臣たちも納得しない。
そこで考えられたのが積み木競争。
積み木を高く高く積み上げること自体は子どもでもできる。簡単だ。
皇太子妃にふさわしい者であれば、一番高く積み上げるために頭を使う。
ようするに知力勝負。自分の考えた方法を実際に実行できる能力があるかどうかを試すための審査。
建前としてはそうなっていた。
「片付けました」
「下がっていいわ」
「はい」
アマリアは深々と一礼すると、公爵令嬢の部屋を退出した。
翌日。
皇太子が出席する茶会が開かれた。
皇太子は執務に忙しく、皇太子妃候補と過ごす時間はこの茶会だけといっても過言ではない。
この機会に目に留まるかどうかで人生が変わる。
積み木を高く積み上げることができるのかどうかにもかかっていた。
「始め!」
早速、積み木競争が開始された。
皇太子妃候補は積み木が入った箱を受け取り、次々と積み木を重ねていく。
候補付きの侍女が箱を用意しておき、皇太子妃候補が持っている空箱と次の箱を交換することでスムーズに補充ができるようにサポートしていた。
ガシャーン。
一人の皇太子妃候補が失敗してしまい、積み木を崩してしまった。
制限時間以内であればやり直しができる。
バラバラになってしまった積み木を拾ってまた積むのは手間がかかるため、待機している侍女が新しい積み木の箱を用意し、別の侍女が散らばった積み木を拾うことになっていた。
ガシャーン!
またしても積み木が崩れた。しかも、そのせいで隣にいた皇太子妃候補の積み木も崩れた。
「キャー――――!!!」
「信じられない!!!」
悲鳴が上がった。
「邪魔するなんて酷いわ!」
「これは事故よ!」
「絶対にわざとよ!」
「違うわ! 大して積んでいなかったくせに!」
「そっちこそ! 手を抜いたら不敬になるのよ!」
言い合いが始まった。
これもいつものこと。
新しい積み木の箱が用意され、また最初から積み上げを開始する皇太子妃候補たち。
皇太子の妃を選ぶために、奥の宮でこのようなことが行われていることを知っている者は限られていた。
「そこまで!」
終了時間になった。
各皇太子妃候補がそれぞれ積み上げた高さと使用した積み木の個数を確認する作業が行われた。
候補から外れるのは積み上げた高さが最も低い者。
同じような高さの場合は使用されている積み木を数え、完全に同数かつ同じ高さの場合はどちらも最下位になるというルールだった。
その結果、二人の皇太子妃候補が最下位になった。
皇太子妃候補からの脱落者が二名ということでもある。
「これにて積み木競争は終了です」
「片付けろ」
積み上げたものが崩されると、侍女や侍女見習いが駆け付け、積み木を拾って箱に詰め始めた。
アマリアも一生懸命積み木を拾った。
一箱につき十個しか入らないため、すぐに箱がいっぱいになってしまう。
箱がいっぱいになると、新しい箱を持って来なければならない。
だが、アマリアは近くにある積み木をさっさと拾ってしまおうと思い、箱の上に積み木を載せ始めた。
同じようなことをする者もいるが、あまり高くは積み上げない。
持って行くのが重くなるだけでなく、途中で積み木を落とすとまた拾いなおさなければならない。
アマリアは多くの積み木がある場所にいたため、次々と積み木を上に重ね続けた。
手の届く範囲に積み木がなくなると、少し離れた場所に移動して両手を広げながら積み木をかき集めた。
「あの者は積み木をかなり集めている」
アマリアを見たカインがそう言うと、ノアも視線を向けた。
遠目に見ても、箱の上には多くの積み木が載っていた。
「一気に運ぶつもりではないかと」
「落とさずに運べるのか?」
「わかりません。あの者次第かと」
「賭けるか?」
カインに尋ねられ、ノアは口角を上げた。
「どちらに?」
「落とさない方だ」
皇太子のいる場で積み木を落としてしまうと注目されてしまう。叱責されるだけでなく、処罰される可能性もあった。
それでも積み上げるのは自信がある証拠。見た目によらず、腕力に自信があるのかもしれないとカインは予想した。
「では、落とす方に」
ノアは別の方に賭けた。
同じ方では賭けが成立しないからこその選択でもある。
やがて、アマリアが立ち上がった。
賭けをしているカインとノアはアマリアに注目した。
アマリアは集めた積み木の箱を持ち上げようとはしなかった。
積んだものはそのままにしておき、空の箱だけを沢山持って来た。
そして、積み上げた積み木を崩しながら箱に移したあと、今度は箱を積み上げた。
「よいしょっと」
アマリアは気合の一言と同時に全ての箱を持ち上げて運んでいった。
カインとノアは、予想外の結果に驚いていた。
「私の勝ちだ。だが、箱を持って来るとは思わなかった」
箱に入れれば、積み木が崩れて落ちることはない。箱がずれることはあっても、床に落としてしまう可能性は低かった。
何度も箱を取りに往復する必要もない。きっちり数を揃えて積み上げていたため、積み木と箱の数がぴったりだった。
効率的な方法。つまり、頭が良い証拠。
これはアマリアがしょっちゅう皇太子妃候補の部屋で積み木を拾っているからこその方法でもあった。
「あの者は優秀そうだ」
「そうですね。一個ずつ拾う者や一箱ずつ運ぶ者よりも優秀ではないかと」
偶然ではある。
だが、アマリアは目に留まった。
アマリアは奥の宮の侍女見習いから、皇太子付きの侍女に抜擢された。