前編:ある与太話
短編の中の前編部分です。わけました。
悪いオジサンが活躍する話をお楽しみに!
ある時は銃撃激しい世界。
またある時は異形蔓延る世界。
時代や国を問わず、あらゆる場所でまことしやかに紡がれる奇妙な与太話が存在していた。
誰もがバカバカしいと相手にしない。そんな話があるものかと鼻で笑うばかりで気に留めない。
だがしかし、どこにも面白がる者はいる訳で。
「黒い悪魔が心臓を掻っ攫う」だとか。
「不可思議な術を使う大男」だとか。
「突然現れては消えるまやかし」だとか。
酒のツマミに丁度いいとつらつら語る。
聞く方も所詮は酔っ払い。たとえ背ビレ尾ビレがびっしりついていようが些細なこと。どこから発生したかもわからない与太話なんて信じる方がどうかしている。それなら目一杯笑ってやろう!与太話でしかないのだから!
でもこれが……与太話じゃないとしたら?
「黒い悪魔」も
「不可思議な術」も
「大男」も
「現れては消える」も
全て、全て、全て、全て!本当に存在する話だとしたら?これらが一つの噂話から派生した与太話だとしたら?
広がる与太話に隠れて囁かれる噂話があった。
「悪党を狩る悪党」──悪党狩りの噂が。
そしてソレは極一部の中でひっそりと生き続け、小さな希望となっていた。悪党や悪人から理不尽に苦しめられる者達にとって、いつか悪党狩りが現れてくれるんじゃないかと理解出来ない者には笑われそうなちっぽけな願い。
「あ〜酒なくなった……めんどくせェ」
──これは悪党を狩る悪党のお話。
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「大丈夫か?オルガ」
「うん、いつもありがと……おにいちゃん」
「気にすんなって」
見舞い用の花を飾る。
とはいってもやり方なんて知らないから、家にあったそれっぽい縦長の容れ物に水と一緒に入れるだけだ。
一ヶ月ほど前に体調を崩した妹のオルガは、おれ達が暮らす町唯一のここに入院しているが中々良くならない。
むしろ咳は前より酷いし悪くなってる気がする。それでも、町に病院はここしかなかった。数ヶ月前に出来たこの病院は、決して大きい訳じゃないが軽い病気も受け付けてくれるありがたいところだった。
違う病院に診てもらおう。母さんがいない中おれ達を育ててくれてる父さんが一度言ってたこともあるけど、その少し後に不運な事故で足をケガしてしまって諦めた。
まだ子供で小さいおれじゃあ離れた街までオルガを連れていけない。父さんは長い時間立っていられず、町には大した交通手段もなくそもそも値段が馬鹿にならないのだ。
何よりオルガを治すのが先決。ちゃんと治って退院していくじいちゃん達もいるんだからきっと治るさ。
「じゃあ今日はもう帰るな」
「おとうさんによろしくね」
「おう!」
オルガはおれなんかよりずっと賢い。
見舞いにくれば笑顔を見せてくれるけど、長引く入院で苦しい部分をわかってしまってる。怪我した父さんが仕事にさえ四苦八苦していて大変なことなんか当然。
入院前と比べてその笑顔に明るさは少なく。せめておれは暗くなっちゃダメだと、オルガを心配させないようにと、つとめて元気に振る舞った。
「おにいちゃんも気をつけてね」
「うん?」
「犯人、つかまってないから」
「優しいな〜!オルガは!」
犯人、というのは行方不明の件だろう。
入院する前くらいからぽつぽつあった、若い人を中心に行方不明となる事件。いまだに犯人は見つかっておらず気づけば町に近い年代の人間は数えるほどしかいない。
いつ誰が拐われるのかと町中恐怖の渦にいる。
だからといって見舞いはやめるつもりないし、絶対にオルガを元気にしてやるんだ。ぐしゃぐしゃにした髪への可愛い恨み言を笑い飛ばして病室を出た。
そして病院を出ようとした時、おれを呼ぶ声がした。
「オズくん」
「……院長先生」
にこやかな笑顔と清潔感あるブロンドヘアーをオールバックにした院長先生が何を言いたいかはわかっている。後ろに立つ副院長先生のデカイ身体がおそろしくて思わず逃げ出したくなる足はみっともなく震えてしまう。
「なぁ、わかってるよな?妹の病気治したいんだったらもっとお金が必要だってよぉ……あぁ?」
「やめなさい怖がってるでしょう」
「はいはい」
そうだ、お金が、足りてない。
もっとちゃんとした治療をするには今よりお金が要る。正直な話既にギリギリアウトだ、何とか払えていたのも父さんが切り詰めて追い詰めてがんばってくれていたに過ぎない。また、おれがやるしかないんだ。
「わ、かってる……!」
今日の夜必ず持ってくるから!
震える足を見ないフリして町中へ駆け出す。
これからする行為に指先が凍えるようだ。初めてじゃないのに、臆病なおれが弱音を吐く。でも仕方ないんだ、これ以外でパッとお金を得る方法があるもんか。仕方ない、オルガのためなんだから仕方ない。
「(ああ……知ったらオルガは悲しむかな、父さんは怒らないだろうけどやっぱり悲しむよな)」
どんなに言い聞かせても胸が酷く痛かった。
かきむしりたくなるような、息苦しさだった。
いつの間にか寂れて人影の減ったこの町。
若い人が行方不明になって活気がなくなったのもそうだが、自分の家族を失ってみんな失意のドン底にいる。もしおれが……オルガを忽然と失ったら、と想像するだけでも吐き気がする。逆におれが消えても二人共泣いて落ち込むだろう。家族を失う痛みは計り知れない。
ボロっちい街灯の、弱いスポットライトが頼りなく辺を照らす。夜の闇と肌寒い風が更に心細さを強調するよう。
「いた……(酒クサッ!?)」
町を少し外れた薄暗い路地裏へ入る。
狙いやすそうな、くたびれたオッサンを見つけた。近くにある奇妙な長い棒きれみたいな物は気になるが問題ない。
酒の臭いをぷんぷんさせて、ぐーすかイビキをかくオッサンの……足元に転がる袋へ意識を集中させる。
見たことのないヤツだ、最近じゃ珍しい。
だらしなく投げ出された手足、暗闇に紛れるぐちゃっとした黒い髪と随分くたびれたロングコート。大した明かりの届かない路地裏の壁に寄りかかっていてそれくらいしか判別つかなかった。まぁ、大きなイビキを聞けば酔っ払ってここで寝たのは想像つく。
運が悪かったなオッサン。
何でこの町に来たのかはどうだっていい。町のヤツを狙うよりずっとやりやすいんだから。
無防備に放られている、布製らしき袋へ慎重に近付いた。出来る限り足音と気配を消して、息すら今は止める。一歩、一歩、しん……と物音一つしない路地裏で順調に狙っていた袋へ距離を詰め、手がかかった──瞬間だった。
おれの手に袋はなく。
ソレを片手に持つオッサンに腕を掴まれていた。
「こぉら坊主、何しやがる」
何が起きたのかまったくわからない。身の丈ほどもあるデカイ棒きれと、袋を片手で鷲掴む大男。
反対の右手に掴まれた手首を引き抜こうとしてもビクともしない!おれの抵抗が鬱陶しかったのか、ぐいと簡単に持ち上げられ足先が浮いてしまった。
「くぁ……せっかく人が気持ち良く寝てたってーのに邪魔してんじゃないよ坊主、何?盗み?」
「っうるさい!お金がいるんだ仕方ないだろ!」
「ほー?金が必要、ね」
「離せよ!離せってば!!」
「ほい、離した」そんな飄々とした声を聞いた時には、手を離されて地に落ちたケツに痛みがはしる。
ヒリヒリ痛むケツを押さえて立ち上がったおれを、身を屈めたオッサンが瞬きもせず眺めてくる。それをやめさせたくても、さっき掴まれた瞬間の動きがわからなくて固まるしか出来なかった。一応、睨み返す。
一体何を考えてるのか、顎にたくわえたヒゲを時折触りながら見下ろすオッサン。結構腰を曲げたようにみえても充分高さがある。かなりデカイな、と少し余裕が出来た頃目の前のオッサンは口を開いた。
「盗み方慣れてなかっただろ、二回目?」
「……だからなんだよ」
「慣れてない盗みまでして金が欲しい理由は?」
「それは、」
町の人間じゃなかったからかもしれない。
もしくは、助けてほしかったのか。オッサンのだらりとした雰囲気がなんとなく町にいるヤツと違ってつい話してしまった。オルガの良くならない病気と、膨らんでいく治療費で苦しい現状、そのために盗みを働いたことも。
無精髭を撫でつつ、一度深く頷いたオッサンはおもむろに重たそうな袋から何かを取り出した。
「宝石……!」
見たことない大きな宝石が手の中で燦然と輝く。これだけデカければ売ったらいくらになるのか!偽物の可能性はあまりの衝撃にぶっ飛んだ。これさえあれば治療費は賄える。それどころか、高い交通費で離れた街にある病院にだって連れていけるに違いない。
宝石へ手を伸ばし──思い切り空振った。
「えっ?」
「いやあげるなんて言ってないでしょ、ただ……坊主の狙いは悪くなかったからな。その見る目の良さを称えて一目だけでもって出したに過ぎねェよ」
「っっっ!!」
確かに言われていなかった。タイミングの良さと、おれが勝手に思い込んでもらおうとした事実に全身から火が出そうなほど恥ずかしくなる。顔は真っ赤だし、耳も熱い。あがる体温を感じてしまい全力で逃げ出す。
「盗む相手は考えろよ〜」
「うるさい!意地悪いオッサン!」
「オッ」
言葉を失ったらしいオッサンが背後で何か言ってたが知らない!あんな胡散臭いヤツに話すんじゃなかった。
「んんん……ま、一応確認しとくかァ」
反応頂けたら幸いです。