220510 伏線を張ることとか後出しすることとか
突然ですが、自分はミステリが好きです。読んでいると楽しいんですよね、ミステリって。勿論他のジャンルも読むのですが、自分の本棚を眺めて見るとミステリが占める割合は大きいなあって思います。
それは置いておいて、皆さんはミステリの魅力って何だと思いますか? 魅力的な謎? かっこいい探偵? 自分で推理に挑戦する楽しみ? どれもそのとおりでしょう。ちなみに自分はミステリの魅力は張り巡らされた伏線を回収される瞬間だと思います。つまり探偵役が「さて、みなさん」と登場人物たちの前でそれっぽく語り始めます。そしてこの物語の中で起きた事件の謎を解き明かしていきます。見つかった証拠や登場人物たちの発言、それらから演繹的に得られた推論。それらを語るその時、物語の中で縦横無尽に配置されたヒントが繋がり一本の線となる、その瞬間がたまらなく好きなのです。自分は「なるほど! そういうことか!」と膝を打つことを楽しみにミステリを読んでいるのです。きっとこのような伏線が回収される瞬間の喜びは他のジャンルが好きな方も共感されるのではないかと思います。
一方で何か物語を読んでいる時、「それってありかよ!」ってなる時もありますよね。こじつけた説明や後付け設定とかが出てきたときです。そういう後出しって物語を読んでいる側からすると、その物語に萎えてしまう一因になってしまいますよね
ここから本題。最近小説投稿サービスにコソコソとお話を乗っけてる自分ですが、お話を書く際に気を付けていることがあります。それは「後出しジャンケンはしない」ということです。既に述べたとおり、後出しって物語の読み手のテンションを削ぐ大きな原因になると思ってます。「そんなのありかよ!」って一度でも思わせてしまうと、それ以降の展開が秀逸でも読み手はきっと楽しくよんでくれないでしょう。しかし、きっちりと伏線を張り、それらを的確に回収していけば、展開が地味でも読み手は楽しく読んでくれるのではないでしょうか。
でも、ブッ飛んだトンデモ展開を見せる作品もそれはそれで魅力的なんですよね……。それに伏線だという人もいれば、こじつけだ、後出しだと言う人もいます。こういうものって見る人の尺度によって異なりますよね。その辺のバランスを上手くとる事ができればいいなあ、なんて思ったところで、終わりたいと思います。
読んで頂きありがとうございました。