鏡の中の別人
冥府から戻って心機一転、書き始めておりますが、進行具合は亀ペースです。
長編ですがお付き合い、反応、よろしくお願いします。
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もし悪い予感が当たって、兄サナレスが他国の王族を斬首していたらと仮定した時、その目的と理由はなんなのかと、リンフィーナは必死で頭を悩ませる。
兄様に限って、そんな無益なことを行うはずがない。
ラーディア一族の世継ぎの実力を名実ともに示した兄が、他国を占拠してもなんら得られるものはない。だからそんなことをするはずがないと、根本の嫌疑を打ち消してしまう。
でも兄がもし他国の王族をーーと仮定したなら、ーーそれを前提とするなら、そんなにわかには信じられ無い行動に出た、彼の常軌を逸した理由の真相にたどり着くのには容易だった。
たぶん、自分のためだ。
つまり、自分の中の魔女ソフィアのせいだ。
それは自分自身への怒りとなってリンフィーナを奮い立たせた。
世にも醜い銀色の髪の呪いは未だ解け無い。鏡の中で銀色を確認して、ブツブツと文句をいう日々が続いた。
ラーディア一族では異端視される銀髪への疎ましさは、ソフィアのこともあって自分の存在を否定する域に達していった。
サナレスが遠出して、そして火薬の匂いをして帰るたびに、笑顔で「おかえり」と言いながら、自分の容姿とその中に住まう魔女ソフィアを憎んで、リンフィーナは床に転がって髪の毛をむしった。こんな銀髪に生まれなければ、魔女ソフィアと縁を結ぶこともなかったのかと、自己存在意義を否定していく。
でも負けるわけにはいかなかった。
ソフィアに一度乗っ取られたこの身体を、再び魔女に自由にされてはいけないと、どんなにつらくとも正気を保ち、兄サナレスを待ちたかった。
暗闇の鏡に映った自分の姿は、魔女そのもので、青い双眸がこちらを見ていた。
「兄様に迷惑かけないで!」
リンフィーナは鏡の中の自分に、自分の気持ちを発していた。
けれど暗闇で自分であるはずの自分の姿は、予想外に反発する。
『私がサナレスにいつ迷惑をかけた?』
鏡の中の別人はおかしそうに片眉を上げて問いかけてきた。
『いつだって力もなく、自分の命すら守れずに迷惑をかけているのは、おまえの方だろう?』
刺さる言葉は、リンフィーナの次に答える意志を奪う。
『だってサナレスは、常に自由でいたかったのだ。それなのにおまえというお荷物をラーディア一族で背負わされて、彼の夢を奪ってしまった。子育てという足枷を背負わせ、そのうえ人でもないラバースであるのに一人前に生きていたいとは、ずいぶん私の分身であるのに我儘なことだ』
「分身って……」
自分が誰かのラバース能力で誕生した、人でも神でもあり得ない人造の存在であることは知らされていたが、魔女ソフィアの分身でモノ扱いされることには納得できなかった。
いや、たとえ彼女の分身であったとしても、ーーもう自分は自己を目生えさせている。兄サナレスと他国のアセス、この2人と過ごした時間は、ソフィアにはわからない。
「たとえ私があなたの分身でしかないとしても、私は魂を持って、サナレスの妹になり、アセスに出会った。だから私は私ーー!」
ソフィアは鼻を鳴らした。斜め上から自分に向けてくる、汚物を見るような視線は氷のようで、言葉の冷ややかさがグッと下がる。
『傀儡がーー何を言っているのだか……』
ソフィアは手を伸ばし、自分の首を彼女の左手で捻り上げた。急に呼吸ができなくなり、リンフィーナは締め付けられる指圧に咳き込みながら、ソフィアを見る。
『ねえ、おまえ覚えていないの? 私の分身になるためにおまえたちのほとんどがミンチになった。たった少し、飛び散らず助かった肉片が、今のおまえだってことも忘れたの?』
ねぇ!?
と確認されながら、自分の首は握力で握りつぶされそうになる。
そんな話はしていない。
ただ自分はサナレスが大切で、彼を大切にしたいだけ。
言葉すら発することはできなかった。
このまま死ぬのは耐えられないと力尽きていく身体は、匂いでサナレスを察知する。
兄様!
帰ってきた!
今晩は帰ってきてくれた!
締め付けられる首への圧が、一瞬で消えていく。
酸欠になって崩れ落ちそうになる自分を、おそらくはサナレスの腕が抱き止めた。
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
「脱冥府しても、また冥府」
シリーズの9作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー