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脱冥府しても、また冥府  作者: 一桃
59/84

比べられないから

こんばんは。

ちょっと久しぶりになってしまいました。


試験があって、試験がーー!

とはいえまた惨敗だったので、こんなことならもっと創作活動しとけばよかったと思います。

でもできること、時間を割いたので、散々でもまぁ仕方がないかと諦めもついたりする。


諦めるか、再チャレンジをどうにかするか。

悩みどころです。

        ※


 オートミールという食べ物は、幸い匂いや食感にクセが少なかった。

 ナンスに言わせれば、庶民は随分昔から米やパンに代わる食べ物としてオーツ麦の干したものに慣れ親しんでいた。ところがサナレスは、あえてオートミールという横文字で自分達に違う印象を与えた。


 一体どうして?


 確かに、貴族は庶民が常用食べているものを敬遠しがちだった。

 だから呼び名を変えて、王族のサナレスが体に良いものとして取り入れていた。いずれ貴族が食に困ったときに、食糧として認識すれば良い。サナレスはそう考えたに過ぎない。


「兄様も秘密主義よね……」

 昔から肝心なことは、ほとんど自分には話してくれない。事情を聞いていれば、もっと前に、真剣に試食することにしたというのに。


 湯で湯やかして練り物にしたオートミールを眺めながら吐息をつくと、「殿方というのはそういうものですけど」とタキが笑った。

「嫌じゃないですか? 何でもかんでも話されても。そんな話、つまらないことですわよね?」

「そんなことないんじゃない? 好きな人には何でもかんでも話してほしいけど」

「だから姫様は幼いのです。そのような異性に誰が興味を継続させられますやら」

「?」


 タキは自分がひたすら練ったオートミールを天ぷらに揚げたり、海苔で包んだりと、次々にバリエーションのある料理として完成しながら、笑っている。

「何でも対等に言い合える関係、それって良いのにーー」

 納得できない自分を横目に、タキは「それは家族という形になってからですわよね」と笑った。


「王族では家族という概念がわからないのかもしれません。何もかもを把握しているような、それで全然把握していない空気のような存在が家族なのですけれど、サナレス殿下は少なくとも、ーーいえ姫様にとっての殿下も、長年ご兄妹でいながら、家族とは少し違う関係にいらしたのだと、私は思いますのよ」

 でなければ恋愛感情など芽生えましょうか、とタキは軽く笑った。


「どこかでずっと、私は兄様の妹でさえなければいいのにって考えてはいたけどーー。サナレス兄様が同じ気持ちになるとは思わなかった。ーーううん、今もそんな自分に都合のいい誇大妄想ってない、と思ってる」

「ですわよねぇ。それはその通りです。殿下、モテますものね」


 タキの感想に、リンフィーナはガックリと項垂れる。

 サナレスは自分に慈悲をかけて一時的に自分を恋人扱いしているのではないか?

 それがサナレスに問い正したい本音の部分だったので、落ち込んでしまう。


「あら、海苔で巻いて、香油をつけて食べるのは良いですわね。香りも良くて食欲を満たします」

「そうね」

 どこまで自分との話に真剣に答えてくれているのやら、タキは自作していくメニューに夢中であり、完成品に満足そうだ。


「サナレス兄様は私にモテないと言ってたけど……」

「はぁ」

 呼吸のような相槌は、ワントーン以上音域を下げてくる。呆れを通り越して、何か憐れむような視線が向けられる。


 リンフィーナはムキになった。

「だから! サナレス兄様はモテないから、ずっと独り身なんだと言っていたんだけど、兄様は!」

「はぁ……。でもそれ、本気にしていませんよね?」

 タキは料理に夢中で、すでに自分との会話に関してはおなざりな態度で、それなのに痛いところをついてくる。


 わかってる。

 サナレスはリンフィーナに、自分はモテないから相手をする女はいないだろうとよく言った。こんな変わり者の相手をする者がいるものか、とそう言っていた。


 けれど事実は違う。

 自分は心配していた。


 いつサナレスが婚儀を認め、自分にその相手を紹介してくるのか。そればかり気になって、隙あらば阻止する算段を頭の中でどれだけ企てたことだろう。

 サナレスが過去に、自分の他に養育したという貴族の男子について、過去の経緯に敏感になって耳をそば立てて、その母となる女性を意識したことだろう。


「モテたとーー思う……」

 それは双見のラディがサナレスを神格化して、自分にとくと繰り返し伝えてきたサナレスの魅力、側にいた自分は知っている。


 まして、サナレスが流す浮世話をかき消すことなんてできなかった。

「ーーでも兄様は、妃を娶らなかったし」

 他に忘れられない人がいたから。

 きっといたから、ずっと独り身だった。


「馬ではない人が別にいたっていうのはわかったの。私はサナレスの思い人を勝手に勘違いして、馬かもしれないとか、ーー勘違いしたんだけど。ううん、馬だったらいっそよかったと思うんだけど、ーーやっぱり居たんだよね、兄様が慕う女人……」

「姫様、おっしゃっていることがタキにはわかりません。そこでどうして馬が出てくるのです?」


「馬の話はどうでもよくて! ーー兄様には独り身を貫くほど好きな人がいたってこと。それはわかってるの!」

 投げやりに話すと、タキはあっさり首肯した。


「そうでしょうね。でもきっと、その方はお亡くなりになっているんでしょうね」

 流石はタキ、リンフィーナは察することの速さに感心した。


「だったら姫様、亡くなった人と競い合うことはできませんよ」

 ずっと手を止めずに作業していたタキは、リンフィーナに真向かった。

「だって、どれだけ最善を尽くしても、亡くなった人に勝てたのか負けたのかなんて比べられませんから」

「だったらどうやってーー?」


 悔しくなって感情が泡立つのを、タキは暗い表情で一声言った。

「死んだ方は思い出になるのです。思い出に勝つことなんて人はできません。生きている者は、生きている時間に多くの上書きを行いますけれど、思い出に蘇る記憶というのは、なんて尊くて、いくらでも鮮やかになるものなのでしょうか?」


 私はね、とタキは続けた。

「ラディを思うと心が痛みます。ラディの純粋なサナレス殿下への気持ち、そればかりが走馬灯のように繰り返される。ーーだからこそ姫様、私は殿下の相手が姫様であれば、ラディは幸せなのかもしれないと折り合いをつけているんです」


 人の気持ちって、形を変えても辛い。

 このオートミールのように形を変えて、人を元気にする食事にできれば良いのだけれど、辛いな。

 タキも自分と同じように、亡くなった人に対して推し量れない気持ちでいるのだ。

 リンフィーナはただ手元の食材をこねる。


「さぁ、時間は待ってくれません。今日の夕飯が姫様の勝負なのでしょう?」

 タキはチラリとこちらを見て、取りなすようにそう言った。


        ※


 うっ!

 わっっ!!

 心臓が口から出るほど驚いた時に、人はなんとも言えず間抜けな顔をしてしまうものだ。


「猿姫様、副長が戻られましたよ」

 近衛兵に声をかけられ、リンフィーナは勝負を挑んだ自らの相手の帰還に対し、ギロダイがどれくらいの食料を持ち帰ってきたのかを見に走った。


 そして絶句する。


 元々火のように赤い髪をした巨体の男は、全身が赤道色にテラテラと光っていた。けれどこの時目にしたのは、皮膚の色でもなく、汗でもない。光る赤い液体はおそらくは血液で、頭のてっぺんから足の先まで、真っ赤に染まってしまっている。


 彼が担ぎ上げた肩の上には、両足を縛り上げて血抜きした鹿、そして腰に下げている袋からは小動物の頭が見え隠れする。

 それ、生き物の地だよね。

 確認するまでもなく、腰に下げた袋からも血が滴っている。


 グロテスクなんですけどーー!!

「なんだその表情? 獲物全部、持ち帰る間に血抜きできるようにシメたが、生物だからな、多少は仕方がないだろう。皇女が落とすことを得意とする獲物ばかりではないので、失礼するが、ここにいる民も、これら食糧を焼けば腹も満たされるだろう?」

 相変わらず不遜な、ーーいや王族がどちらかわからないほどの支配者振りを漂わせながら、ギロダイはリンフィーナの前に立っていた。


「流石です、副長。狩にご一緒させていただきました兵士の誰よりも、獲物を狩られて持ち替えられました。猿姫様、ここは一つ副長の栄誉を讃えていただきたい」


 栄誉を讃える?

 つまり自分に敗北宣言をした方がいいと言ってくる臣下に、リンフィーナは内心、最初から白旗あげていますけど、と言いたかった。


 なんなのこの人の体力、気迫、やると言ったらとことん成果を出してくる強靭さ。

 スタミナが尋常じゃないんですけど。


 やっぱりサナレスが腹心にした相手は化け物なのだろうか、と頭を悩ませる。


 そしてはっきりと挑戦状を叩きつけてきた。

「どうだ皇女? 私に負けたと言うか?」


 勝負を挑んだのは自分だったので、リンフィーナは相手の功績を冷静に感じ取っていた。


「今、水月の宮に残っている民はわずかなのですわよね?」

 ラーディオヌ一族との一戦の後、生き残った兵士と民を合わせて五十人にも満たなくなっていた。


「どちらが今、ここにいる民から高い評価を得ることができるのかは、約束通り、今晩の食事にすればいい」

 ギロダイが持ち帰った食糧に自信はなかったが、リンフィーナは冷静にそう言った。


 一方のギロダイは、さらに挑戦的だ。

「そうか皇女リンフィーナ。ということはこの生肉をさらに美味しく調理する時間を与えるということなのだな?」

 こっちが負けることを前提に、ギロダイは自らが狩ってきた肉に舌なめずりしていた。


 オートミール。

 鳥の餌のようなものがどこまで通じるのかわからないリンフィーナだったが、競い合う時刻を宣告した。


「午の刻にしましょう。その時間に民の胃袋を満たしたものが今回の勝負を制したということで」

「依存はない」

 リンフィーナは首肯した。

お話についてですが、他の章の最後には、読む順番を入れています。

でもねぇ、サブタイトルが入ると、読む順番ややこしいよね。

ちょっと考えないとと思う今日この頃です。

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