新たな関係
こんばんは。
一日一章から今年に入って、週に一度に頻度を下げました。
ですが描きたくなったらまた火が点いたようにUPしてしまうかもしれません。
お付き合いよろしくお願いします。
※
ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!!
リンフィーナは自分の名誉のために言い訳したくて、心の中で絶叫する。
決して自慢ではないけれど、自分は衣食住の大切さを改めて認識しなければならないほど貧しくはなかった。過保護な兄サナレスに育てられてきたから、今まで飢えたことなどない。
それなのに食べ物の匂いを嗅いだだけで、本能が騒ぐ。
すぐに摂食しなければ、飢えるーー。
どうして? ねぇどうして!?
飢えるって、なに!?
どちらかといえば何か一つのことに夢中になると寝食を忘れた。その件についていつも養育係の双見から怒られてしまうほど食に興味なく育ってきたというのに、食べ物の匂いがこんなにも官能的であるとは思ってもみなかった。
不本意を心の中で唱えながら、それでも自分は秒速でサナレスとアセスが座したテーブルに移行して、知らずパスタの乗った皿を持ち上げていた。
ガーリックの匂いと小麦を麺にしたパスタという食事は、特段珍しいものではない、それなのに両手で皿を持って鼻先に近づけると、自然と喉が上下にごくりと鳴った。
思わずそのまま顔を突っ込んで本能のまま貪りつきそうになる欲求を抑えたのは、アセスの存在である。
彼のどこまでも透明な視線の前にリンフィーナは急に恥ずかしくなって、我慢して皿をテーブルに戻す。
「腹が空いているのはわかった。でも三日も寝ていたんだからな、ゆっくり食べなさい」
サナレスが席に着くように言って、使用人に合図する。
「まずはスープから食べないか?」
そう言って差し出されたものを、自分は大人しくすすりながら、上目遣いで2人を交互に見ることになった。
それでも震えるほど飢えていた。
これは誰の記憶!?
自分の記憶ではない少女が、食物を貪ろうと骨に張り付くように筋張った棒切れのような指を、必死に伸ばしながら叫んでいる。
あぁァァァーー!
人間の記憶とは思えない。
一切ひと気のない森の奥深くで、取り残された少女はいつも1人で、言葉というものを知らず、暖かい寝床と食べ物ばかりを探して命を繋いでいた。
彼女の姿と記憶が、自分の中にあたかも自分の記憶であるかのように、蘇ってくる。
ラバース能力者として以前レヴィーラの記憶を引き受けた時も、自分の人格が壊れていく感じがしたが、これは更にひどい。獣に近い。人ではなく、動物として生きた銀の森の魔女、ソフィアの記憶だ。
不吉な存在の魔女、ソフィアは生まれて間も無く人が寄り付かない魔物の住処である銀の森に捨てられた。赤子であった娘は、捨てられた湖の側で、泣くことしか出来ずに日々飢えていく。
『嗚呼。こんな豊富な食物を前に、なぜ作法など気にしなければならない? そんなのは所詮、贅沢な人間の道楽に過ぎない』
魔女ソフィアの欲望が押し寄せて理性を失い怒りと共に食欲が増し、カラトリーを握る手に力が入って肩が上がりそうになったが、サナレスが自分の右肩の上にポンと手を置いた。
「体に悪い。ゆっくり食べなさい」
サナレスの声を聞くと、なぜかすうっと気持ちが落ち着いた。
瞬きしながら兄の顔を見上げると、サナレスは唇の端を少し上げてうなづいた。
やっとのことで食欲を抑え込んで、無理矢理ちんまりと席に座っている自分とは別の、王族特有の高貴な所作で、サナレスはアセスとさっさと朝食を終えてしまっており、水月の宮に趣味で揃えたティーカップで2人は各々好きな飲み物を楽しんでいた。
細くて神経質な長い指で、施された芸術的な曲線のカップの取っ手をつまみあげ、飲むというよりも小鳥が啄んで口付けをしているかの様な優雅な仕草で、ふとアセスがこちらを見た。
心底、自分の暴食する姿をアセスに見られなくてよかったと思う。サナレスのそばにいて、自分はほっと胸を撫で下ろした。
「リンフィーナ、先ほどもお伝えしましたがーー、あなたが目覚めたら、私はラーディオヌに帰るとサナレスに申し上げていたんですよ」
「そう言わず、もっとここにいたらいいと、私としては一生懸命引き留めたんだけどね」
暴れる食欲をなんとか抑え込めたので、やっと2人の会話の内容が頭に入ってきて、リンフィーナは首を傾げた。
兄様は基本説得しない。
去るものを追ったことなどないサナレスがアセスを引き留めたと聞いて、リンフィーナは違和感を感じてしまう。どうしてサナレスはアセスをここに留めておきたかったのか。可能性を考えても一つしか思いつかず、リンフィーナは兄を見た。
「もう、アセスと私は婚約者じゃない、サナレス」
兄様と言おうとして、その呼び癖をアセスの前で打ち消そうと飲み込んだ。
「わかっている」
「承知しています」
サナレスとアセスが自分の言葉に同時に返事した。
「それが理由ではない。ーー引き留めたのはねリンフィーナ、ラーディアとラーディオヌ一族が友好関係であるという拠点を、ここに築きたかったからなんだ。でもーー」
「今私はラーディオヌ一族内で、自害したことになっています。まずこの誤解を解いてから、私はあらためて国交を再開したいと考えていると申し上げたのです」
アセスの言葉にサナレスは道理だな、と受けながらも苦笑して言った。
「それまでに私は、アルス大陸を整えよう」
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
「脱冥府しても、また冥府」
シリーズの9作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー