好きとか、好かれてるとか本音
明けましておめでとうございます。
サブタイトルを今年からまた思いつきで作ります。
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サナレスはリンフィーナとアセスを残し、ひとり仕事場に戻っていた。
水月の宮の一室は、ラーディア神殿が機能していない今、臨時的にサナレスが執務室として整え、使っている。
飛行できる物体の開発より先に、路線の開発が完了しそうだという報告を受けており、蒸気で走る乗り物が実現するのは目前だと設計書に目を通す。
またワクチンの効果も徐々に検証されており、発症率に対しての耐性が上がっていると朗報を受け取る。
眼鏡をかけ仕事場の椅子に腰を下ろし、仕事をしているサナレスの邪魔をしてくるのは、リンフィーナの身体の中に目覚めてしまった魔女ソフィアだった。
彼女は後からサナレスを追いかけてきて、開口一番文句を言ってきた。
「何をやっているのだ?」
目の前の少女は、リンフィーナであって、それでいて彼女ではない。
ずいぶん目を腫らしており痛々しいが、中身はソフィアだったので、相反して元気で耳に蓋をしたくなるほど口が悪い。
「お前はバカだ。ーー本当に愚かすぎて、笑えてくる」
サナレスは氷袋だけを用意し、「冷やして」と彼女に渡して、仕事を続けた。
かつて魔女だと疎んじられた彼女は、一千年の眠りについたというのに、目覚めた後、その容姿のままの幼さで紡ぐ言葉に容赦がない。
「お前は本当っにバカだ。好きな女にぐらい正直になってもいいんじゃないか?」
サナレスは吐息をついた。
ソフィアの言いたいことはわかっている。
サナレスは食物にたかるハエのように、彼女から発せられる言葉を疎んじていた。
「まだ仕事中だ、後にしてくれ」
冷たく退けるサナレスを見て、ソフィアは懲りる様子もなくクスと笑う。
「おまえ、そんな悠長に構えていていいのか? 私はおまえの好きなモノが奪われると忠告してあげているつもりなのだが」
雑念を振り払おうと仕事に没頭している、ーーいや正直いうと没頭しようと努力している最中、ソフィアの言葉は自分の心をチクチクと刺してくる。
「妹の愛しい男が死にぞこなって、再び妹の目の前に現れた。そしてその者の立場は、かのラーディオヌ一族の総帥なのだぞ。未だラーディア一族を統治すらできていないおまえの宿敵だろう? このような恋敵、おまえはどう対処するのだ?」
仕事の邪魔をされ、いらっと顎を上げて眼鏡を指でつまむ。
そして、むき付けの鋭い眼差しで、妹の中に覚醒した別人格の魔女ソフィアを一瞥した。
近頃彼女は自分の前で、肌を露わにした格好でくつろいでいる。
その様子はまるで自分を誘惑しているようで、サナレスは好ましく思っていない。中身が違えば、人というのはこうも雰囲気がガラリと変わるのか?
サナレスは妹ではない彼女に手を焼いていた。
「くだらないことを言っていないで、早く髪を乾かし、暖かくして寝なさい」
「一緒に寝ないのか?」
誘う言葉にもいちいち含むものがあり、サナレスはさらに深いため息をつく。
「聞き分けがないのなら、君との約束の全てを反故にしてもいいのだが」
魔女ソフィアが愚かだと言ってくる理由について、サナレスには痛いほど心当たりがあった。
それはソフィアが時折身体を支配する妹リンフィーナに対し、自分が不浄な感情を芽生えさせているからに他ならない。
「約束、それはちゃんと守って欲しいものだけれど。ーー今、目の前にあるものはもっと面白い。感情のもつれは、本当に面白い。おまえは、そしてこの娘はどうするのだろうか?」
愉悦に浸る魔女は性格が悪いと思わざるをえなかった。
だが、サナレスはこの状態に波風が立たないように振る舞おうと、細心の注意を払っていた。
リンフィーナとの関係性、それから彼女の元婚約者アセスとの関係性を考慮した。
「嫉妬というのは誰にでも芽生える。だが、私はもう百年も生きた人外の存在。嫉妬という独占欲よりも大切なものを知っているつもりなんでね」
そう言いながらサナレスは妹の身体であるソフィアに毛布を投げかけた。
アセスが無事生還してから数日経ち、ラギアージャの森の気温は冷え込み始めた。
サナレスは臣下である兵士たちの暖をとることを考えなければならなかった。
急遽整えた居住区に不備は多く、食料を調達するのにも苦労する有様だ。
やりかけの仕事も溜まっており、今自分の感情を第一優先することは馬鹿げていた。
全知全能の神であると名高い、ラーディア一族総帥のジウスが前ぶれなくラーディア一族を繭のように徹底して鎖国し、数ヶ月が経つ。後継者と認められていたはずの自分は領地に戻れず、神の真意を図りかねる。
問題は山積みだ。
サナレスは眼鏡の位置を調整し直したまま、自然とつぶやいている。
「たしかに……」
自分の世界に没入してしまうのは悪い癖だが、ここのところ集中しなければならない事情が多かった。
一族間での約束事など、どれほどの政権が動こうが誓約書が交わされようが、大したことではない。
時代が変わったのだと肌で感じていた。
ここからは実力のみがものをいう。
力。
パワー、能力、知力。
細分化すると、権力も然り。
さらに剣士として、術者としての能力等、全てをぶつかり合わせる必要がある下克上の世界。出身一族がどこであるとか、どの貴族の血を引いているのだとかは、もう問われないだろう。
個々の才覚が問われる。
終末期というのは、そんな時代だ。
その中で自分の力が如何程のものなのかと、サナレスは親指で顎をなぞった。
サナレスは太古の昔から繰り返される歴史を見ていた。
だから本質を素直に受け入れられた。
アルス大陸でどれほど繁栄を誇るアルス家の末裔であったとしても、世界の終末期にあっては何の意味もない。気になるのは妹リンフィーナとアセス。2人の行く末というエゴにのみ心を傾けている。
「つくづく、おまえは愚かだ」
投げられた毛布から顔半分を覗かせながら、妹に住み着いた魔女ソフィアが顎を上げて見下してくる。サナレスは片眉を上げて反論した。
「これ以上夜更かしするなら、明日の朝はパスタ抜きな……」
薬草を煮て塩味の水で薄めた粥で充分だと言い放つと、ソフィアは私の殺気を感じ取った。
彼女はぷいとそっぽを向いた。
妹の身体に住まう魔女ソフィアは、めっぽう食欲に弱くできている。
彼女が生きた時代が貧しすぎたのか、ただ単に森で住んでいた彼女の食生活が貧しかったのか、ご馳走をチラつかせたり、日々の食の楽しみを奪おうとすると途端に大人しくなる。
「ーー眠くなってきた。おまえも後で寝床に来るといい」
魔女とはいえ憎めない体たらくで、彼女は伸びをしながら恨めしげにこちらを見た。
その所作は他愛なく可愛い。
これが千年前、歴史上でこの星を滅ぼした魔女だと言うのだから驚かされる。
火炙りに処された魔女は呪いの言葉を残して死に、この世界を含めアルス大陸全土に災厄をもたらしたと歴史書には刻まれていたが、史実についてサナレスは疑問視する。
呪いの言葉も、さぞ口汚かったんだろう、と想像すると少し笑えた。
このような幼い魔女が、本当に世界を?
芽生えた疑念は不完全燃焼したままだった。
昨年ほどパワーが出るのかわかりませんが、今年も続けて行きます。
反応を励みに書きますので、よろしゅうお願いします。