気まづさは、本心を口にするまで
こんばんは。偽りの神々シリーズ、続きです、
年明けまでお休みしようかと思っていましたが、気分転換に続木を描きたくなりました。
※
「……」
声にならないということを、リンフィーナは初めて知ることになった。
信じたくはなかったけれど、どこかで彼は死んでしまったと思っていた。
全身が震え、目の前で生還したアセスを前に、怯える(おびえる)ように小さく立ちすくんでいた。
歓喜する感情がは後からゆっくり湧いてくる。
生きてた!
あふれ出てくる念い(おもい)は涙となって頬をつたい、目の前の人の存在の尊さにひたすら手を合わせて感謝する。
恐れ多いとは思っていた。
アセスがそこにいることを喜ぶこと、そして触れたいと手を伸ばす行為ですら恐れ多い。
ラーディオヌ一族の総帥が息を吹き返したことに対して背徳感が否めない。
自分は彼を裏切った。
だからリンフィーナは、どう接していいものか皆目わからないで戸惑っていた。
「ア……」
彼の名を口にしようとするだけでひっくり返ってしまう声と、生存していることを確かめたくて思わず伸ばした指は、そうしていいのかどうかをためらって、ひたすら漂うばかりだ。
ーー本当に生きてる??
「ーーその、亡霊でも見ているような表情、いい加減やめていただけませんか?」
彼がしゃべっていることが信じられなくて、リンフィーナは両手で口を抑え、感動に蓋をした。
興奮しすぎて耳まで真っ赤になっている。
「ねぇ、兄様! アセスが……!!」
そして、傍で頼りにしていたはずのサナレスの腕をつかもうとしたのに、その時サナレスはとっくにこの場から姿を消していた。つかもうとした手は、スカスカと空を切る。
兄様、どこ!?
ねぇサナレス兄様ってば!!
サナレスの不在に愕然として、リンフィーナは伸ばした手を胸の中に戻した。
アセスと二人きりにされ言葉を失っておぼつかない。
数秒か数分後か、時間の間隔を失い、2人でほうど見つめ合った後リンフィーナは声を取り戻した。
「ア、ア…」
恐れ多くて、名前すら呼べない。
それでなくとも、彼の前に出ると緊張した。
サナレスの伴侶になった(と思っている)自分が、今どんな顔をして彼の前に居ていいんだろうーー。
リンフィーナはただ泣いていた。
やっと言えた言葉は一つだけ。
「生きてた。アセスが生きてた」
言葉以外の感情は全て表情に語られていたと思う。
それほど顔面をくしゃくしゃにして、リンフィーナは泣きながら笑っていた。ひどい顔を見られたくなくて、溢れ出る涙を手の甲で拭うのでやっとだ。
「生きててくれた……」
感情は瞳から溢れ出して止まらない。
驚いた顔で見つめてくるアセスの前で、リンフィーナは泣きじゃくった。
不意にアセスの腕が伸び、不細工に笑おうとする顔は、端正に整った彼の胸元に引き寄せられる。
驚いて心臓の鼓動を不規則にすると、アセスの鼓動も不規則になっていると、その温もりに感じ取った。
「私はーー」
兄様を選んで、そして兄様の伴侶となることを決めたから、この腕に抱かれるわけにはいかない。
リンフィーナは二の腕を胸の前に押し出して抵抗する。
けれど抵抗はわずかばかりで、心の中の弁明よりも早く、本能で心臓が騒がしくなった。
おでこがアセスの鎖骨に埋められ、力が抜けていくと同時に言葉と抵抗力が失われていった。
心の臓がただうるさくて、リンフィーナはなすがまま体重の全てをアセスに預けた。
「心配をかけましたね、リンフィーナ」
アセスは、かつての婚約者として隣にいた時のように、優しく言葉をかけてきてくれた。
「あなたにーーただもう一度会いに、戻って参りましたよ」
嬉しい、でも私が選んだのは、兄サナレスなのだ。
本心がボロボロと声になる前に、力が奪われていく。
「ーーアセス、私ね……」
もう以前の自分ではないと言おうとするが、アセスは自分の言葉を遮って、全て承知していると言った。
それ以上口にしなくてもいいと、アセスに引き寄せられた力は強くて、ただ涙が止まらない。
「どちらでもいい。あなたがサナレスを選ぶならそれも受け入れるし、私を選び直していただけるなら、あなたを1人きりにしてしまった贖罪と共に受け入れたい。ーーだからあなたが気にすることではないのです。今、言葉にする必要はないのですよ」
そう言われて、リンフィーナの涙腺はさらに緩み切った。
込み上げてくる、アセスが生きていたという安堵感で、引き寄せられた胸の中で情けなくも泣き崩れてしまう。
しゃくり上げてなく姿は、子供のようでみっともない。
なんてみっともないの、私。
「ごめんなさい……。私、ごめんなさい……!」
出てくる言葉は謝罪でしかなかった。
そして気づくことがある。
どうしてサナレスを一番だと言いながら、私は同じ口でアセスを求めそうになるのだろう。
アセスに何を聞いてもらって、自分を正当化したいのだろう?
言い訳することはない。自分が決めたことなのだから。
それなのにどこかで、自分は自分をアセスに対して正当化したい。
そうすることは金輪際ないと分かっていても、今はただ天に感謝した。
信仰心すら覚えてしまう。
この人をーー、芸術的に美しいこの人を、この世に戻してくださってありがとうございます。
アセスの信者であるかのようにドキドキして、腫らした目で眩しいものを見つめていた。
オーラが違うのだ。
幼い頃、星光の神殿で出会ったあの時間から、リンフィーナは感じていた。
彼は普通ではない。
神々に祝福され、精霊に愛された子供というのは、天賦の才がありその容姿は悪魔的だ。
「生きていてくれて嬉しい」
それだけを伝えると、アセスは耳元にかかるくらいの近距離で吐息をついた。
「これから私はラーディオヌ一族を再興し、あなたの兄と敵対する立場になるかもしれない」
だから「貴方達兄妹は、私に何の遠慮も要らないのです」とアセスは言った。
「勝負しようと言っておきながら、このように私とあなたが一緒にいる時間を作るサナレスは、まだまだ甘い」
「私はーー」
サナレスをーー選んだ。とみなまで言い終えるのを、やっぱりアセスは遮った。
「どちらでもいい、といったでしょう?」
そしてクスと失笑し、リンフィーナは言葉を発する機会を失ってしまう。
そしてアセスはどうしてそうも自分に辛辣な言葉を並べられるのかというほど、彼にとって嬉しくはない可能性について能弁に語り出した。
「あなたが私を選ぶなんて、私は考えていない。そしてサナレスも、私がラーディオヌのアセスではなかったら、出会わなかった人だ」
「それは!」
違うと否定したい気持ちで、おもわずアセスの衣服の端を掴んだが、アセスはあらゆる最悪の事態についてを流暢に言葉にした。
「例えーー、私が今、口にしたどの可能性が現実であったとしても、私はーーどうでもいいのです」
あまりにも絶望的な予想に言葉を失くしてしまったが、アセスは再度自分が言ったことを瑣末な想像だと言った。
「私はねリンフィーナ、それでも貴方とサナレス、貴方達兄妹ーーいや、貴方達二人と一緒にいるためにここに帰ってきたのです」
この状況で、普通なら自然と湧きあがっても当然な感情である、嫉妬、妬み、嫉みといった負の感情はアセスからすっかり取り払われていて、リンフィーナは息を呑む。
「……リンフィーナは? 私と一緒にいる未来はもう、あなたの中では失われてしまっていますか?」
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
「気まづさは、本心を口にするまで」
シリーズの9作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー