何でも欲しがる妹子と、諫める様子のない老女子
語り部の春日老女子は小野妹子の姉ということにしています。(諸説あり)
「うらやましいですわ!」
何でも欲しがってうらやましがる妹子が、また何かをうらやましがっています。
「今日は何を欲しがっているの?」
「あ、老女子! この前、隣国に行った旅団が、色々持ち帰ってきたじゃない? 私も行ってみたいですわ!」
妹子は、一族の名を冠する村に住んでいます。(※1)
豪族と呼ばれる裕福な家系ですから、なかなかにわがままな性格をしているのです。
しかも、質が悪いことに、権力者にもパイプがありますから、たいていのことはかなえられるのです。なんたって姉の私が三代前の帝の后なのですから。(※2)
アメノタリシヒコ様が派遣した旅団が持ち帰ったものを見て、どうしても我慢できなくなった妹子は、次の旅団に混ぜてもらおうと画策しました。(※3)
正当な血の混じった一族の生まれですし、政治的手腕も十分な妹子は、願いをかなえて、隣国へ派遣されることとなりました。
推古天皇15年(西暦607年)の時の話です。
妹子の主な使命は、ある文書を隣国の帝に渡して、返事をもらうことでした。
ここから先は妹子の話を聞いただけなので、おぼつかないことがありましたらごめんあそばせ。
隣国、隋は進歩的な国のようで、進んだ宗教観(仏教のこと)、学問、政治体制など、学ぶことはたくさんあったそうです。
妹子は持ち前の好奇心からいろいろなものに目を輝かせて、各地を回ったようです。
この国で売買される食べ物なども、珍しいものがありました。
今回の派遣で、種などを持ち帰ってきましたから、以降、わが国でも食べられるようになったのです。
この点は妹子に感謝したいところですね。
「なんといってもフルーツですわ。西の瓜は甘くておいしい! ぜひ日の本の国でも育てたいですわ」(※4)
とは、帰ってきてからの妹子の談です。
持ち前の欲しがりを発揮した妹子は、発酵食品に、琵琶などの楽器、それに壺なども持ち帰ってきました。
「大変だったのは、隋の帝に挨拶した時ですわ。もうめっちゃ怒ってましたわ」
日出ずる国の天子から手紙を日が沈む国の天子に送ります、といった内容の文書を渡したところ、相手が怒ったそうです。
日が昇る、沈むという言い回しが悪かったのでしょうか。対等であろうとするために天子という単語を双方に使ったのが悪かったのでしょうか。(※5)
ともかく、とても怒った隋の煬帝ですが、妹子たちはなんとか機嫌を取り、返書を受け取ることができたようです。
わがまま放題していただけではないのですね。
役目を終えて、海を渡って戻ってきた妹子は、相変わらず勝ち気でわがままでした。
家で休んでいるときも、うらやましいですわ、と口癖のように言っていました。
明日には、推古天皇らのところに行き、返書を渡す算段になっています。
「うっそ! ない! ないですわ」
妹子が慌てています。
「返書がないんだけど。老女子知ってる? あれ、そもそも老女子に見せたっけ?」
「話には聞きましたが、実物は見ていませんわ」
「やばいですわ。ま、いいか。謝ろう」
こうして妹子は返書を紛失したことを、偉い方々に伝えることとなりました。
当然ながら、偉い方々は激怒しました。
「流刑だ流刑!」
「やっぱ時代は流刑だよな」「そ、そうだな」「異議なし」
妹子は日ごろのわがままさの報いを受けたのでしょうか。
流刑が決まってしまいます。
「そ、そんな! 流刑はいやぁああ!」
妹子の渾身の叫びを聞いて、偉い方々は悪い笑みを浮かべていました。
ざまぁ、という心の叫びが聞こえてくるようです。
けれど、その様子を見ていた、推古天皇だけは、違っていたようで。
「待たれよ! 確かに罪だけを見れば流刑は免れんが、遣隋使として持ち帰った品々に免じて恩赦を与えようではないか。どうだろう、みなのもの」
「帝がそこまで言うなら……」「そ、そうだな」「異議なし」
鶴の一声で何とか流刑は避けられました。
「ありがとう! すいこ~!」
こうして、返書をなくしたことを許された妹子は、わがままを言うことをやめました。心を入れ替えて働いたことで出世し、次の遣隋使にも再度選ばれて、この後も国のために尽くしましたとさ。
めでたしめでたし。
終
(※1)小野妹子は近江の小野村の豪族。
(※2)春日老女子は30代天皇、敏達天皇の后。妹子が遣隋使に送られたのは33代天皇、推古天皇のときです。ちなみに、小野妹子は男性ですが、推古天皇は女性です
(※3)アメノタリシヒコが誰かは諸説ありますが、一応、聖徳太子説を採用しています。一切生きていない設定ですが。
(※4)西瓜は遣隋使が持ってきたらしいですが、当時甘かったかは知りません。あとは白菜とか味噌とかも持ってきたとか。
(※5)天子は一人しかいないという思想なので他の人が名乗ってはいけません。
妹子は、お嬢様言葉と思わせておいて関西弁のおっさん、という叙述トリックをイメージしてお楽しみください。流刑になりかけているという史実があるので、小野妹子は追放系の主人公だったのかもしれません。
小野妹子が春日皇子の子という説を採用してしまうと、春日老女子は妹子の祖母なので、年が離れすぎて書きたい話にならないところでした。