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キッズルームメモリー  作者: 千桑千牧
ハジメ視点
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キッズルームメモリー:ハジメ視点


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 ――吐き気がひどい。抱えた腕にギリリと爪が食い込む。


 鮮血が飛び散った部屋。子供の悲鳴。100人が見れば99人は地獄と例えるような、そんな光景。


 ――どうか夢であって、こんな、夢のような――



「……今の、は……」


 目を開けると、暖色系の照明が放つ穏やかな光が眼球に射し込む。それと同時に汗が頬を伝うのを感じ、手の甲で拭う。胸元でそれを拭えば、異常な速さで鼓動が鳴っているのが分かった。


 重い体を起こし、周囲を確認する。自分がいるのは知らない子供部屋のようだった。そして少し離れた位置に点々と三人の人間が転がっている。いずれも自分がそうであったのとおなじように眠っているが、ふと一番近くに横たわる女性がなんとなしに気になった。


 ――知らない人間。そのはずなのに、ふつと沸く嗜虐心に蝕まれ、ゆっくりと手をその細い首筋に近づける。


「ん……」


 女性の小さな声と共に瞼がピクリと動き、咄嗟に距離をあけた。


「……なに、あんた」


 こちらを視認し、女性はキッと睨みつけてくる。知らない人間が目の前にいれば警戒するのも当然だ。


「いや……あの、自分、怪しい者ではないっす……多分……」

「どこがよ。そんな挙動不審で。ていうかここどこ。誘拐?」

「知らないっす自分も……!」

「はあ……じゃあそれも?」


 女性は未だ眠る二人を順に指さした。


「え、ええ……自分は皆さんの事何も知らないし、多分このお二人もそうじゃないかと……」

「……めんどうな事になったわね……アタシも暇じゃないってのに」


 女性は苦々しい表情を浮かべる。


「……り、ダメ、待って……」


 小さく吐き出す声が聞こえて、そちらを見れば、横たわる青年が苦しそうにうなされていた。自分と同じように悪夢――いや、何か辛い過去の記憶を辿っているのかもしれない。心配しながら見つめていると、青年は突然飛び起き辺りを見回す。寝起きで視界がハッキリしていない様子だった。


「……子供部屋……?」


 青年は眼鏡を掛け直し、それでやっと視界が明瞭になったらしく、はたと視線をコチラに合わせた。


「あんた大丈夫?うなされてたけど」

「……大丈夫。……昔の、記憶を見ていたの」


 女性の問いに、大丈夫とは気丈に言うが、青年の表情は強張ったままだった。そしてその時、また小さな声――今度は少女から――が聞こえて、その動向を見守る。どうも自分や青年とは違い、そこまで苦しい夢見ではなさそうで、キョロキョロと辺りを見てから、青年に視線を定めた。


「ねえねえ、ここどこ?君たち誰?何か知ってる?」

「……知らないわ。私もどうしてここに居るのか……」


 青年と少女はそんなやり取りをする。そこで青年が女性的な言葉遣いをするのを知ったが、それは今さして重要なことでもない。最後の頼みの綱であった少女もまた、ここに居る状況が把握できていないらしい。何も知らない四人の人間が、何故ここにいるのか。誘拐だと言うのならそろそろ犯人に出てきてほしいものだが。そんな事を考えていたら、それに応えるように、壁側に取り付けられているスピーカーから、ノイズ混じりの声が聞こえた。


『おはようございます。みなさまお目覚めですね。ご気分はいかがでしょうか?ご自分の名前がわかりますか』


 その声は変声器でも通しているようで、性別も年齢も想定し辛い。


「僕は一番ヶ瀬九(イチバンガセイチジク)だよ!」

「……私は七五三木漁シメギアサリ


 少女が元気に名乗り、青年も続く。


「なんでこんな何も分からない状況でそんな素直に自己紹介できるんすか……」

「まあ、分からないからこそお互いの名前くらいは知っとくべきじゃない?アタシは四月一日寿ワタヌキコトブキ。よろしく」

「そういうもんっすかね……自分は五百旗頭元イオキベハジメっす……」


 女性――コトブキさんの言う事も一理はあるので、渋々自分も続いて名乗った。


「それで?スピーカーの向こうのあなたは何者?アタシ達はどうしてここにいるの」

「貴方たちがここにいるのは、とある実験のため、とだけ伝えておきましょう。つまりここがどこか……も、自ずとご理解頂けるでしょう」

「この子供部屋が実験室ってこと?」

「この部屋を含む建物全体が研究施設って事でもあるんじゃない?」

「なんで自分たちが……実験なんて……なんなんすか……実験て……」

「なんの実験かは教えられません。いえ、そうですね……実験、と言ってしまうと皆様少々緊張されてしまうでしょうから、これはゲームという事にしましょう。私の事もゲームマスター、GMとお呼びください」


 GMと名乗る者が、そんな風に淡々と一方的な提言をするので、コトブキさんはいかにも癪に触った、という表情をする。


「ゲーム?ふざけてるわね」

「いいえ。大真面目ですよ。ルールはこうしましょう。これから皆様はここで2日間過ごしてもらいます。その間にこの実験の目的を理解し、私の質問に答えられれば実験は中止せざるを得なくなります。しかしそうでなければ……2日後、4人のうち2人にお亡くなりになって頂きます」

「なんですって……?」

「ちょっと、勝手なこと言わないでくれる?そんなこと認めないわ。第一ここに監禁してる時点でも犯罪よこれ」

「ああ。一つ、お伝えしておきますね。ここでおきた事件事故には警察は干渉しません。なにをするのも……殺したい相手がいれば殺してしまっても、お咎めはありませんよ」


 その言葉を聞いてハッとする。自分が女性に対して抱いたあの衝動。もしかするとアレの事を言われているのだろうか。


「な、なんすかそれ……警察とズブズブって事っすか……」


 そんな風に、あくまで自分とは関係の無い事のように誤魔化す言葉を吐いた。


「殺したい相手って……私達お互いの事何も知らないのに」

「そうですね……とは言っても皆様の記憶のうち、実験に支障を与えそうな部分は、一時的に消していますから、ご自分が何者かも完全に理解してはいないでしょう。そこで、一日一度、皆様の記憶を観賞して頂きましょう。隣の部屋に専用の機械がありますから、ご順番に一つ選んでご覧ください。その他の時間はご自由にすごして頂いて構いません。それでは、私はモニタリングに戻ります。ご質問があればお呼びください。では」


 ――一体、なんだって言うんだ。いつもそうだ。自分はいつも、こんな理不尽な目に――


 そんな心の中での叫びが、自分の中で渦巻いた。けれどそれと同時に、いつもとは何か、自分は今まで、何をして生きていたのか、それを思い出せない事を理解してしまった。



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