マジックミラールーム
少し迷ったが、僕は身に覚えのない銃の存在を、三人には秘匿する事にした。
誰を殺してもお咎めはない――それはまさか僕が誰かを殺すと、もしくは誰かを殺せという意味なのか。いや、どうせ考えても分からない。GMが記憶を弄ったと言う通り、今の時点では何か記憶が足りていないんだ。
「ねえ、皆は何してる人なの?」
「なにって……職業的なこと?アタシはどっかの社員だった気がするわ」
徐にアサリが探りを入れるようにそう尋ね、コトブキが答える。
「気がするって、曖昧ね」
「……記憶が曖昧なのよ。勤め先で何してたかはハッキリと思い出せないの」
「まあ、そうね……GMも記憶を消してるとか言ってたもの。私も自分の事思い出せないし」
「じ、自分も……どこかに勤めていたみたいですけど……何をしてたか思い出せないっす……」
三人は自分の来歴に関してひどく曖昧な記憶しか持ち合わせていないらしく、僕となにか関係があったかを探れるほどの情報すら出てこない。
「イチジクは?」
「ハッカーやってた」
「ハッカー……なんて現実にいるんすね……」
「え〜?すごいかっこいい憧れるって〜?それほどでも〜」
「そこまでは言ってないっす……」
それから僕たち四人は部屋の中を物色していたが、やがて壁づたいに歩いていたアサリが足を止めた。「みんな」と全員に呼びかけるので、僕たち三人もアサリの元へ駆け寄る。
「ねえこれ。マジックミラーよ」
部屋の壁には一辺にトイレがあり、残り三辺のうち一辺には大きな鏡が取り付けられていた。それをアサリは指差している。
「ほら。指を合わせた時にピッタリくっつくの。これは鏡じゃなくてマジックミラーだって証拠」
「って事は」
「向こう側にも部屋があるのよ。GMも言ってたでしょ。隣の部屋で記憶が見れるとか何とか」
「そういえばそうね……行ってみましょう」
アサリとコトブキがそんなやり取りをしている間、僕はぼうっと鏡を眺めていた。
――僕はこんな顔をしていたっけ。
もう五年近く禄に人に会っていないから、鏡を見ることも殆どなかった。自分の顔も、自分がどんな性格をしていたかもわからない。つまらない事を大げさなテンションの文章にして打ち込むだけの、インターネット上の架空の僕が僕になっている。
ふと横を見れば、ハジメが鏡の前で立ち呆けていた。
「ハジメ?どうしたの?」
「……いえ、何でもないっす……」
ハジメはそうはぐらかすが、指先が僅かに震えているのが見えた。
「ハジメ、イチジク。貴方達はどうする?」
「僕も行くよぉ」
「あ、ええ。自分も……」
部屋を出ると、窓はなく照明があるのみの簡素な通路に出た。あのキッズルームは通路の行き止まりにあったものらしく、その隣にドアがあるものの、そこから先へは防火扉のようなものに阻まれていて、僕たちはキッズルームと隣の部屋にしか移動ができないことを知る。
「まあ、そうだとは思ってたけど……脱出は出来そうもないわね」
ぼやきながらアサリが扉を開ける。その後ろから部屋の中を覗き込むが、扉の先はまた扉で、青白いライトに照らされた一畳ほどの狭い空間があっただけだった。
「何もないじゃん」
「これブラックライトね。部屋に入る前の殺菌の為なんじゃない?この先の部屋を利用してた人間が潔癖症なのかも」
アサリはそう言うと、先にある扉にも手をかけた。扉一枚ほどの横幅しかない為、アサリ、僕、ハジメ、コトブキの順で一列になって進んでいった。