キッズルームメモリー
――誰かの名前を呼ぶ声がする。
「イチジク」
次々に様々な人の声がその名前を呼ぶ。次第に三色の景色まで見えてくる。
――ああ、これは僕の名前だ。友達、先生、皆が呼んでいる。
これは僕の記憶だ。そう理解して、流れ込んでくる映像をただぼうっと眺める。
――これは、走馬灯なんだろうか。僕は死ぬのか?
それでも、いいか――
◇
目が覚めたら、知らない部屋にいた。パステルカラーの壁と床。室内遊具がいくつかあり、オモチャが収納箱にまとめ入れられていて、これは子供部屋なのだと推測する。
そして、僕の他に知らない三人の人間も。僕と同じように、ここがどこか分からない様子で、周りを見回していた。
ふと、一人の若い男と目が合う。メガネをかけている上に、長い前髪で片目が隠れていて、辛うじて見えている方の片目は不健康そうなクマがある。言葉をかけようとして口を開きかけるが、そのまま閉じる。僕は僕だ。僕を演じなくては。
「ねえねえ、ここどこ?君たち誰?何か知ってる?」
「……知らないわ。私もどうしてここに居るのか……」
若い男は女性口調で答えた。マイノリティというものか。
他の二人に視線をやるも、二人共浮かない顔をしている。どうやら僕を含めここにいる四人は誰も何も知らず今現在に至るらしい。
『おはようございます。みなさまお目覚めですね。ご気分はいかがでしょうか?ご自分の名前がわかりますか』
ふと、壁側に取り付けられているスピーカーから、ノイズ混じりの声が聞こえた。
「僕は一番ヶ瀬九だよ!」
「……私は七五三木漁」
僕と目隠れの男が応えた後、少しの間があく。短髪の背が高い男がじとりとこちらを見ていた。
「なんでこんな何も分からない状況でそんな素直に自己紹介できるんすか……」
「まあ、分からないからこそお互いの名前くらいは知っとくべきじゃない?アタシは四月一日寿。よろしく」
「そういうもんっすかね……自分は五百旗頭元っす……」
ぼやく男に対し、女が自ら名乗り男にも自己紹介を促す。そして、コトブキと名乗った女は続けてスピーカーの方へ視線を向ける。スピーカーの近くには監視カメラもあり、声の主はそこからこちらの様子を伺っていられるのだろう。
「それで?スピーカーの向こうのあなたは何者?アタシ達はどうしてここにいるの」
「貴方たちがここにいるのは、とある実験のため、とだけ伝えておきましょう。つまりここがどこか……も、自ずとご理解頂けるでしょう」
「この子供部屋が実験室ってこと?」
「この部屋を含む建物全体が研究施設って事でもあるんじゃない?」
「なんで自分たちが……実験なんて……なんなんすか……実験て……」
「なんの実験かは教えられません。いえ、そうですね……実験、と言ってしまうと皆様少々緊張されてしまうでしょうから、これはゲームという事にしましょう。私の事もゲームマスター、GMとお呼びください」
GMと名乗る者の淡々と答える声を聞いて、コトブキの表情が険しくなる。
「ゲーム?ふざけてるわね」
「いいえ。大真面目ですよ。ルールはこうしましょう。これから皆様はここで2日間過ごしてもらいます。その間にこの実験の目的を理解し、私の質問に答えられれば実験は中止せざるを得なくなります。しかしそうでなければ……2日後、4人のうち2人にお亡くなりになって頂きます」
「なんですって……?」
「ちょっと、勝手なこと言わないでくれる?そんなこと認めないわ。第一ここに監禁してる時点でも犯罪よこれ」
「ああ。一つ、お伝えしておきますね。ここでおきた事件事故には警察は干渉しません。なにをするのも……殺したい相手がいれば殺してしまっても、お咎めはありませんよ」
「な、なんすかそれ……警察とズブズブって事っすか……」
「殺したい相手って……私達お互いの事何も知らないのに」
「そうですね……とは言っても皆様の記憶のうち、実験に支障を与えそうな部分は、一時的に消していますから、ご自分が何者かも完全に理解してはいないでしょう。そこで、一日一度、皆様の記憶を観賞して頂きましょう。隣の部屋に専用の機械がありますから、ご順番に一つ選んでご覧ください。その他の時間はご自由にすごして頂いて構いません。それでは、私はモニタリングに戻ります。ご質問があればお呼びください。では」
わけがわからない。不安と焦燥感にかられてぎゅっと両腕を抱える。そして何か硬いものに触れた事に気づく。
「……!」
僕の懐には、銃があった。