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99 閑話 夫婦喧嘩

ジルサンダーとレオンのロマリア王国王子兄弟が飛び立ったあとも、リーガルは王妃の私室で相変わらずの尻を高く上げた土下座を継続していた。


リッテ国には後宮がない。

ハーランド女王が立った際に側室制度を廃止した。ハーランドはそれだけでなく技術大国を維持するため世襲制を廃していた。

世襲制でなければ、王家に子種の必要がない。よって無駄な争いを生まないためにも側室制度を無くしたのだ。次期国主には国民から相応しい技量を持ったものが選ばれる。それこそ何年もかけて有識者によって組織された国主選出会が実績や発想力、論文などから判断して候補者を上げる。

最終的な判断はそのときの国主が行うが、それもかなり公正に齎されたデータから弾き出す。


現在、リーガルとモニカの間に子供は2人あり、一男一女とバランス良く生まれていた。どちらもよく出来た子たちだが、兄であるバロンの興味は残念ながらモニカに似て政治に向かっている。妹のハーミットは弱冠13歳にして開発に夢中になっている。同世代のなかでは抜きん出た才能であり、リーガルの血を色濃く受け継いだというべきだろう。

先日も国立技術研究所に勝手に遊びに行って新しい動力を発見した、とリーガルは側近から聞いて小躍りしていた。

このままであれば世襲制ではないが、ハーミットが次の国主になる可能性が非常に高いと思われていた。


話が逸れたが、後宮がないリッテでは国主の隣室に妻の部屋があるのが普通だった。よってモニカの私室の壁にぽっかりと穴が開いており、そこからリーガルはスライディング土下座をしたのだ。

無惨な姿の前には頬をぷんすかと膨らませた部屋の主モニカが腕を組んでベッドに腰かけていた。


「モニカ、この通りだ!許してくれ!」


リーガルは下げた頭の上で合掌して叫んだが、モニカはふいっと顔を背ける。それを僅かに上げた視線でリーガルは窺ったが、まったく許す気のない妻の態度に額を床に擦り付ける。


「モニカがいないとリッテは成り立たないんだ!私は技術屋で政治家じゃないんだ!」


リッテの王都ハーランドの片隅でひたすら興味の赴くままに世の役に立つだろうか、と機器開発に日々邁進していたとき、王家からの迎えが来た。

曰く功績を加味して次期国主はリーガルだと決まった、すぐに城に上がるように、と。

呆然とするリーガルを余所に周囲がすべての準備を済ませてしまい、気が付けばリーガルは前国主の眼前でモニカと引き合わされ、婚姻が結ばれていた。

街にも綺麗な女性は幾人もあったし、そうでない女性なら履いて捨てるほどいたが、工房に籠って外に出ない、ひょろりと頼りないリーガルに寄ってくる女性などおらず、にこやかに微笑むモニカにリーガルは一目惚れした。


この日からリーガルには城が工房となり、外に出ることもないまま開発だけを目的にやってきた。

モニカが持ち前の政治的センスを最大限に活かして国を経営してくれたから技術大国リッテを維持することができたのだ。


だからリーガルとしては一日たりともモニカなくしては国が立ち行かないと思い込んでいた。


「ちゃんと女神の降誕祭が終わったらロマリアに行くから、もう、機嫌を直してくれないか?」


「だってレイチェル姉様もいるのよ?女神レティ様にも会いたいわ!ダリア姉様だって会いたいし、アレクなんて話だけで一度も会ってないのよ?それが貴方、今度のロマリア国王だって言うじゃない、私だってお祝いしたいッ!」


実兄マリオットの名が出ないところが切ないが、マリオットだから仕方ない。ダリア以外にまったく興味を持たない男だから、当たり前だが妹たちの扱いは雑だ。


「ジルサンダー殿下もレティ様も暫くはマルガに行かないと言っていたし、きっとレイチェル義姉上もロマリアにいてくれるさ、だからね、機嫌を直しておくれ、ね?」


「私がいなくても降誕祭はできるでしょ?!大神官様もいらっしゃるのだし!」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!」


リーガルは大袈裟に顔を激しく左右に振る。


「私はモニカなく降誕祭などできはしないよ?」


「自慢そうに言わないの!」


「ごめんなさい!」


「本当に降誕祭が終わったらロマリアに行く?」


「行く行く!」


リーガルの頭に新しくハーミットと開発した自動馬車が過る。あれで行けばどれほど楽しいだろう、とわくわくが止まらなくなる。

構想がすでにできていたのに、その動力に迷っていた自動馬車だったが、ハーミットの発見した動力を使ってみたところ、実に快適に走り出したのだ。是非ともロマリアまでの行程を試してみたい、とも思うし、時間の短縮にもなるだろうと確信していた。


じとりと夫をねめつけたが、モニカは嘆息すると諦めたように溢した。


「わかったわ、絶対に行くなら私も降誕祭、頑張るわ」


「さすが私のモニカ!ありがとう!!」


リーガルは弾かれたように立ち上がると、その勢いのままモニカに抱き付いた。それをいとも簡単に受け止めると、モニカは小さく笑った。


「愛してるよ、モニカ!」


「知ってる」


すりすりと頬を重ねるリーガルに苦笑を洩らしながらもモニカはこの上ない幸せを感じた。


技術馬鹿な夫だが、優しく、どこまでもモニカを愛してくれる。


本当に私がいないとダメなんだから、と呟いてモニカはリーガルにキスをした。

子供まで為した仲なのに、未だに妻の唇の感触に驚いたように身を竦ませて耳まで赤くするリーガルが、モニカは愛しくて堪らない。


「約束よ、ちゃんと連れていってね」


頷くリーガルの髪を漉きながらモニカは甘く囁いた。

女神の降誕祭、女神の生誕祭、ロマリアの建国祭とそれぞれ祭りの名前に違いがありますが、すべてロマリアが堕ちてきたソフィテルを受け止めたその日を起点にしています。

コリンナでは女神の降臨祭と銘打たれた祭りを神事として執り行わなければならないのですが、残念ながら宝石から齎される名誉と利益に驕り、コリンナ王家より上はなし、と王家を祭り上げるコリンナ感謝祭に姿を変えてしまいました。そのため女神からの恵みがなくなり、現在の宝石の枯渇に繋がってしまったのです。


どのような名前にせよ、世界の平和に感謝し、国民の安寧を祈る儀式を中心にした祭りであることに違いはないようです。


いつも最後まで読んでくださり、感謝します。

ありがとうございます。

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