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96 茶会改めてお見合いですか?

秘密の花園のように、薔薇の垣根に囲まれた四阿。

時期的に薔薇に元気がなかったのだが、先程のレティの光を受けてから今が盛りと色とりどりに咲き誇っている。

簡易に運ばれたテーブルは意匠の凝ったレースクロスで覆われ、手を付けるのが勿体無いほどの焼き菓子が並んでいる。

どうやらレイチェルが土産として持参したらしいスパイスケーキなどが混ざったりして、様々な甘い香りで周囲は充満している。

そのためなのか、紅茶はハーブティとアップルティが用意されていた。庭園の薔薇からダリア自らが作った薔薇ジャムも添えられているが、薔薇ジャムにいい思い出のないレティはそれを紅茶には入れずに、ひたすら綺麗な色彩で眼を楽しませていた。


「ところでバーバラちゃん、うちの次男のレオンよ、なかなかの王子だと思うのだけど、どうかしら?」


ダリアが己の隣に姿勢よく座るレオンを示して聞いた。バーバラは婚姻を結ぶ相手に会うために虚弱体質に無理をさせてロマリアまで来てるのだ。


「とても素敵な方だと思います」


あまり陽に当たらずに暮らしてきたらしい、真っ白な肌を薔薇色に染め上げたバーバラが俯き加減でぽそりと囁いた。


「レオはどうだ?バーバラ王女殿下は大変にお美しいと思うが」


ジルサンダーがレティの肩を抱き、彼女の耳にキスを落としてから聞けば、レオンは真っ直ぐに真摯な眼差しをバーバラに向けた。

深紅の瞳に輝きが増す。


レオンの好みは色の濃い長い髪に、複雑な色合いに光る瞳、そしてぽってりとした唇。そして華奢ながら女性らしい曲線の肢体。

ローズマリアがまさに彼のストライクゾーンだったのだが、ジルサンダーが見る限り、バーバラにもレオンの好みがぴったりと当てはまる。


切れ長の一重の眼は知的な雰囲気を醸し、蜂蜜色の瞳はときにはゴールドにときにはブラウンに色を変える。柔らかそうな唇には重厚感があり、重ねられた生地を張りよく押し上げる胸も細い腰から生まれるなだらかな曲線も実に女性らしいものだった。

なによりちらりとレオンを窺いつつ、はにかみ俯く仕草に、可愛いと思わない男はないだろう。


はたしてレオンは甘く蕩けたような声音で答えた。


「バーバラ様と出会えたことが私にとっての幸せです。これほど美しい方と生涯を添えるのかと考えただけで死ぬのが惜しくなります」


途端にバーバラの首筋までが紅潮する。


「それは良かった、ふたりで末長く長生きしてくれ」


レイチェルが揶揄かって呵呵と笑うが、バーバラは年相応に照れて真っ赤になっているし、レオンはその実直さから真面目な顔で未来の妻を凝視するしで、まったく叔母の言葉は聞こえないらしい。


ふたりの世界か、とジルサンダーは微笑んだ。


ローズマリアとの縁が完全に切れた、とホッと胸を撫で下ろす。やっとロマリアを厄介な悪魔から救った気分だったのだが、そんなものは刹那に崩れ去る。


「コリンナ国王太子アガロテッド·コリンナ殿下、その婚約者ローズマリア·ブルーデン公爵令嬢様、いらっしゃいました!」


書簡内容を知るバーバラも含め、その場の全員が一斉に意味ありげな視線を交わす。そして瞬時に微笑みという仮面を被った。


「誰が呼んだ?」


本当に細やかな囁きがレイチェルの唇から洩れたが、その答えを知るものはこの中にはなかった。


「ようこそ、アガロテッド·コリンナ王太子殿下、おかえりなさい、ローズマリア·ブルーデン公爵令嬢」


椅子に腰かけたままダリアが挨拶を口にすれば、


「お招きもなく押し掛けた無礼、平にご容赦ください、ローズがどうしても王妃にお会いしたいと願うものですから。私はこれのおねだりには弱くて、なんでも叶えてやりたくなるのですよ」


甘く蕩けた薄色の瞳を向けられたローズマリアは通例通りにカテーシーで礼を取った。


「ご無沙汰しております、ロマリアを出る前に挨拶もなく、ずっと気にしておりました」


いつもはハーフアップの艶やかな黒髪はきりりと一分の隙もなく結い上げられ、華奢ながら女性らしい曲線をもつ肢体を覆うスカイブルーのドレスはそのスタイルを強調するかのようにラインにぴったりと沿ったタイトなもの。胸元を飾るのはアガロテッドの金髪を思い起こさせるほどの濃い色味のイエローダイアモンド。さすが宝石の国だと主張するような拳大ほどの巨大なものだった。

レティは小首を傾げる。

肩が凝らないかしら?と。


アガロテッドは浅黒い肌を魅力的にみせる純白の正装にローズマリアの瞳の色を意識したゴールドのベルト。ベルトにはオニキスが散りばめてあり、すでにローズマリアは己のものだ、と全身で訴えかけていた。

コリンナの民族衣装なのか、アガロテッドの服はふわりと上から被るような裾の長い上着に、だぶだぶのパンツを中に合わせている。装飾として黒地の布製の幅広ベルトにタンザナイトが意匠に施されたものを肩にかけていた。それはたっぷりとした長さがあり、ゆうに膝まで届くほどだ。それも含めて腰でベルトを絞めて押さえてあるので、全体的にとてもスマートで美しい。よく見れば上着にはかなり細かい刺繍が刺されており、刺繍糸が絹なのか、光の加減で光沢が現れて実に神秘的な装いだった。

そしてベルトにあるのは茶会には無粋なほどの大型の剣。鞘に宝石があしらわれ、飾りのようにも見えるが、柄には飾りなどなく、実用性高く握りやすいようにしっかりと布が巻かれていた。


軍服のレオンでさえ、腰に差しているのは飾りの剣。

ジルサンダーに至ってはペーパーナイフにすらならないような飾り剣である。


なんとも物騒なものを下げてるもんだ、と張り付けた笑顔の下でジルサンダーは警戒心を募らせる。


「一時も離れがたくて、無理矢理連れ帰ってしまった私のせいです、ローズを責めないでやってください」


殺気ひとつ見せないわりに冷え冷えとした空気を孕んでアガロテッドは笑い含みで謝る。


「あら、ローズマリア嬢が幸せだったら私への挨拶なんて気にしてないわ」


安穏と微笑んだダリアを見て、ジルサンダーは感嘆した。もとより殺気を放つタイプでも言葉で攻撃するタイプでもないダリアは暢気な態度を崩さない。誰に対してものほほんとした受け答えをする。

唯一の例外がレディ·ロジェールだが、それを知るものは彼しかない。彼の前でしか見せない姿だからだ。


「まだ到着しないかと思っていたけれど、早かったのね、いま椅子を用意させるから、どうぞ楽しんでいって?」


ダリアが侍女にふたりの準備を促すと、すぐに2人掛け用のベンチとお茶の用意がされた。アガロテッドは礼を取ると、ローズマリアをエスコートして優雅に腰かけた。テーブルに付いたローズマリアの視線がじっくりとその場の全員に注がれ、レティで留まる。


眼が合ったレティは小さく頷くとふわりと笑っておいた。はにかむような可憐な微笑みに己に向けられたわけではないのにジルサンダーの頬が染まり、心臓が痛いほど高鳴る。そして僅かな青い炎によってちりりと胸が妬かれた。

彼女の笑顔は己のもの、誰にも向けてほしくはない、と想わぬ我欲に抗えず、ジルサンダーはレティの腰を抱き寄せるとそっと頭に口付けをした。

ローズマリアに向いていたレティが突然の愛撫にジルサンダーを見上げる。


俺だけを見ていればいい、と耳元で囁いて満足げにジルサンダーは微笑んだ。俯くレティは耳までが紅い。

それが可愛くてジルサンダーは疼く欲望に素直に従いそうになる己を律した。


ここではジルサンダーは創成の王で、レティは女神。


それにそぐわない態度はするべきでない。

すでに多少はやってしまっているのだから、どこができっちりと止めておかないと、とジルサンダーは沸き上がる欲求になんとか蓋をした。


そんな仲睦まじい様子のふたりをじとりと睨むローズマリアにレイチェルの頭では警鐘が鳴らされていた。


この女は危険だ。


にこやかな笑顔を浮かべたレイチェルの、テーブルの下で握り締められている拳はじっとりと汗を含んで、その心情を如実に表していた。

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