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94 王妃主宰の茶会には女神として列席します

クローゼットの前で唸るレティにメアリースーはあっさりと断言した。


「本日の茶会はドレスでの出席はしませんよ」


「えっ?」


ジルサンダーとソファで寄り添うようにして寝てしまったはずなのに翌朝、双子に起こされたときには寝室のベッドの上だった。明け方、目を覚ましたジルサンダーがレティを横抱きにしてベッドに運んだのだ。寝室に向かう気配を感じ、そっと忍び寄った双子にジルサンダーは眉を下げて苦笑した。


「信用ないな」


寝起きで掠れた囁き声から溢れる色気はさすがの双子ですら無意識に頬を染めるほどだ。


「もう少しちゃんと休ませてやりたいから、ギリギリまで起こすな。俺は部屋に戻る。茶会は10時からだが、多少遅れても構わない。俺が迎えに来るまで待て」


「はい、承知しました」


「それから女神として出席させる。そのつもりで頼む」


「……はい」


最後にベッドに横たわらせたレティの髪を愛おしげに一房手に取り、キスを落とすとジルサンダーは未練なく去っていった。

その後ろ姿は確かに様子が良く、ナタリースーが


「なんか、カッコよすぎて、ムカつく」


と呟いたのも納得だった。


「ということで、こちらの衣装に着替えますからね」


なにが、ということで、なのかわからないが、メアリースーが判断したなら正しいのだろう、とレティは大人しく鏡の前で着ている簡単なワンピースを脱いだ。相変わらず己でなんでもしようとするとナタリースーが声にならない悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。

すでに脱いだあとなのに、他にすべきことがないかレティの周囲をうろうろと周回するので、脱いだワンピースを片付けてほしいとレティは笑い含みに頼んだ。


「まずはこちらを着けましょうね」


メアリースーが手にしていたのはコルセットのようなものだが、素材はとても柔らかなもので、適度な締め付けはあるが苦しいほどでもなく、特に身体のラインを形作るものでもなかった。

さらにその上からやはり薄い絹の下着ともナイトドレスともとれるような長いワンピース型のものを着る。


「これはマルガの絹製品で、レイチェル王妃陛下様がレティ様に、と下さったんですよ」


「まぁ、お礼をしなくては!」


光沢のある乳白色のそれを指で摘まんでレティは鏡の前でふわりと回ってみた。まるで羽根のように軽く身に付けているとは思えない。それでいて暖かく、肌に触れる感触が心地いい。


「こちらはカザーロマルタ陛下様からレティ様に」


「カジィお養父様からも?!」


メアリースーが手にしているのは金糸を縫い込んだ光沢のある長い一枚の絹織物。

よく見れば、細かい蔦模様が銀糸で刺繍されており、あまりの美しさにため息が洩れた。


その先端を右肩にかけ、ぐるくるとメアリースーは身体に巻き付けていった。最後に見事な細工のされたベルトを使って器用に腰辺りで布をとめると一枚の布がまるでレティを包み込む斬新なデザインのドレスのように落ち着いていた。


「こちらの銀製品(ベルト)はドリュー国バーバラ王女殿下様よりレティ様への忠誠の証に、といただいたものでございます」


最後にやはり金銀の華奢な腕輪と赤珊瑚、翡翠のアンクレットで装飾する。足元は柔らかな皮でできたサンダルで、手足の爪にはナタリースーによって彩色されていた。


「赤珊瑚、翡翠のアンクレットもバーバラ王女殿下様からです」


メアリースーがレティの赤毛をハーフアップに纏め上げ、頭頂部で作ったお団子にジルサンダーから貰った銀糸のレースリボンを編み込めば、鏡のなかにいるのはまさに女神そのものの姿だった。


「これ、ソフィテル様の……」


各地の教会、神殿、そして庭園内の柱だけのなかにも立っている女神ソフィテルの神像そのもの。


「はい、ジルサンダー様より本日の茶会には女神レティ様として出席するように仰せつかっております」


「女神レティ、として…」


薄く施された化粧はレティの可憐さに儚さまで加えて、より輝くような美しさに変貌している。

伸し掛かるプレッシャーに頬が染まれば、眼にしたナタリースーが腰を抜かして倒れた。それに驚いた唇までがほんのりと色づき、まるで薔薇で染め抜いたようだと、ナタリースーは鼻血を吹いた。


「さぁ、こちらでジルサンダー様が迎えに来るのをお待ちください」


レティの衣装が血で穢れるといけない、と叱られたナタリースーはすごすごと控室に戻り、メアリースーはレティにソファを勧めると双子の片割れが汚した床の掃除をはじめた。ナタリースーが心配で、大人しく座っていられないレティは様子を見るために立ち上がろうとする度にメアリースーから鋭く睨まれ、ちょこんとソファにいるしかなかった。


そうしているうちにジルサンダー来訪の応えが入る。昨夜のことを思い出し、大輪の花が咲くようにレティの顔が紅潮した。


「おはよう、レティ、準備、は……」


部屋に入ってきたジルサンダーのにこやかな笑顔が消えていき、真顔になる。じっとレティを凝視して、突如火を噴くように真っ赤に染まった。


「おはようございます、ジル。どこかおかしいですか?」


固まってしまったジルサンダーに不安を感じたレティがドレスを軽く摘まんでくるりと回って見せた。ふわりと揺れる赤毛に、シャランと軽やかに鳴る腕輪が蠱惑的な雰囲気を醸す。


「いや、その、とても綺麗だ」


呆然としていたジルサンダーが我に返って天を仰いだ。そう呟くジルサンダーの装いも創成の王として相応しい見事な正装である。

細身の白いパンツにロマリア·ロマリアの色とされる漆黒の上着。さらにそこに銀糸で蔦模様が刺繍されていた。まさにレティのドレスと同じ紋様。女神の紋様である。

腰に巻いた白のベルトには宝石をふんだんに使った飾り剣を差しており、胸元には燦然と輝くバイオレットサファイアのブローチがあった。


腰まである銀髪は緩く後ろでひとつに縛られ、それを纏めているのは女神の瞳の色の髪紐である。


あまりの凛々しさにレティは吐息を溢して、見惚れてしまう。


「ジルもとても素敵です」


「いや、すまなかった、あまりにもレティが俺の想像する美しさを越えていて言葉にもならなかった。貧弱な俺の想像力を恨めしく思うよ。なんて綺麗なんだ、レティ。この姿を俺だけで留めてしまいたいよ。誰の眼にも触れさせたくなどない。茶会などやめてこのままどこかへ行ってしまおうか」


真剣な眼差しでジルサンダーが言うので、レティは慌てて茶会に参加したい、と訴えた。そうでなければ本当にレティを拐ってどこかへ文字通り翔んで行きそうだったのだ。


「ふむ、残念だが仕方ないな。各国の賓客もいることだし、レティに会いに来たのに俺だけでは不敬か。ならひとつ約束だ」


「はい」


「俺から離れるな」


「はい、私もジルから離れたくないです」


「そうか、では行こう」


とても嬉しそうにくしゃりと顔を歪めて笑うと、ジルサンダーは腕を差し出した。レティはいつでも己を護ってくれると信じられるその腕にそっと手を添えた。


するとジルサンダーが身を屈めてレティの頬に唇を落とした。驚いて仰ぎ見ればとろりと蕩けた碧眼と視線が絡む。


「このくらい、いいだろう」


化粧が崩れないように触れた唇をぺろりと舐めて、ジルサンダーはにやりと笑った。そこはかとない色気が辺りに甘く漂い、レティは恥ずかしさに俯いてしまった。


「可愛いレティ、俺のレティ!」


小さく囁いたジルサンダーは彼女をエスコートして四阿に向かった。

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