92 ロマリア王子兄弟は帰国する
レオンとともにジルサンダーの背中に乗って里帰りすると地団駄を踏むモニカをなんとか宥めることに成功したロマリア王子兄弟は休んだはずなのにぐったりとした疲れを全身に滲ませて帰国の途にやっと着くことができた。
「モニカ叔母上ってあんな人なのか?」
ブラックドラゴンの背でだいぶ馴れてきた様子で風を操りながらレオンが呟いた。轟々と風の音が膜を通したように遠くでくぐもって聞こえているが、レオンを護るように張られたシールドのおかげでジルサンダーの耳にちゃんと届く。
「さぁ、俺も会ったのは2歳とかそのくらいだからな、あまり、というかほぼ記憶にない。唯一うっすらある記憶は陛下と言い争っていて、母上がにこにこしながら仲が良いのね、なんて笑ってたことくらいか…」
「それ、喧嘩するほど仲が良い、てやつじゃ、ないよな、絶対……」
「あぁ、おそらくおまえを母上から離そうとして揉めてたんだろうよ」
「だよな」
暫しの沈黙がふたりを支配する。
その間もあり得ないほどのスピードで雲を引きちぎるようにして進んでいる。
「よく、生き残れたな、私たち」
「ああ、実感持ってそう思う」
「女神ソフィテル様の加護に感謝します」
「俺はレティに感謝を捧げておくよ」
「ジル兄上は父上の、あの、性格を知っていたか?」
はじめてレオンから愛称で呼ばれたジルサンダーは驚きに風を掴み損ねて一瞬下降する。落とされないようにしがみつきながらレオンが小さく舌打ちをして、持ち上げるように風を送った。
「なんだよ!危ないじゃないか!」
「すまん、ちょっと動揺した」
「なんでだよ!アレクだって愛称なら私だって構わないだろう!」
「ああ、もちろんだ、嬉しいよ」
喜色に富んだ声音がレオンの耳を擽って、恥ずかしさにもう一度舌打ちを洩らした。きっと赤面してるだろう、と思えばジルサンダーの喉からくつくつと笑い声が溢れてしまう。
「やっぱり、ムカつく…!」
「なら俺もレオと呼ぼうか?」
「ンくらい略すなよ!………別に呼んでくれてもいいけどな……」
「レオ」
「なんだよ?」
「レオ、なかなかいい響きだ」
「なんだよ、意味もなく呼ぶな!」
「そうだな、レオ」
「………ッ!」
ばしりとレオンは漆黒の鱗で覆われた背中を殴ったが、痛いのはジルサンダーでなく、レオンで、顔を歪めて手の甲を擦っている。
「さっさと帰りたい……」
「そうだな、レオ」
「マジ、ムカつく」
ジルサンダーは咆哮にも似た笑い声を高らかに上げて、スピードを増すために大きく一度羽ばたかせた。
彼らが書簡を背負って戻ったのは日付も替わるかという時間になってからだった。それでも王城中に煌々と灯りが灯され、賑やかな雰囲気に包まれていた。ドリューの使節団を招いた宴の名残なのだろう。
大広間からは楽しげな歌が微かに流れてくる。聞いたこともない旋律はドリューの国歌だと酒を運んでいる侍女たちが教えてくれた。
どうやらまだまだ宴は続くらしい、とジルサンダーはマリオットの部屋を訪れるべきか、悩んだが、書簡を渡すべきところに持っていかなければ落ちつかない、とジルサンダーはレオンを伴ってマリオットの執務室に向かった。
「おお、戻ったのか」
嬉しそうに出迎えてくれたのはレイチェルだった。まだ旅装を解いてないのか、勇ましくもパンツ姿だ。
目的のマリオットはダリアを膝にのせてソファから機嫌良さそうに無事で良かった、と声を掛けてきた。
「叔母上もようこそいらっしゃいました、お疲れではないですか?」
「そう堅い物言いはよせ、ジル。それではともに暮らし始めたら息が苦しくて敵わない」
眼を細めて愛おしげにジルサンダーを愛でたあと、レオンの頭をくしゃりと撫でた。
「レオンもバーバラ王女殿下との婚姻、おめでとう。慶事が重なり、ロマリアには神の祝福が舞い散るようだな」
「レイチェル叔母上、ありがとうございます」
レオンから戻ってきた挨拶にレイチェルは眼をぐるりと回した。
「なんだ、おまえも堅いな!マリオット兄上のようにだらしないのも問題だが、堅苦しいのも私はごめんだ!」
「レイチェル、言葉を選べ」
マリオットが低く注意を促せば、膝の上で恥ずかしそうに頬を染めていたダリアがふわりと微笑みを溢した。
「ミケーレからドリューの書簡は預かったが、リッテはどうだった?」
「こちらに」
レオンが背負っていた書簡をマリオットに手渡した。そして苦々しげに呟いた。
「モニカ叔母上には梃子摺りましたよ」
「モニカがどうした?」
聞き付けたレイチェルがにやつきながらレオンの背中を擦る。反対の手はジルサンダーの肩を抱いているので、滅多に会えなかった甥たちに触れたくて仕方ないのだろう、とジルサンダーは嘆息した。
「ジル兄上に乗って一緒に里帰りするんだと、大騒ぎでしたよ。リーガル叔父上が土下座して行かないでくれ、と頼み込んでなんとか諦めて貰いましたけど」
荷物を纏めはじめたモニカにスライディング土下座をして泣きながら置いてかないでくれ、と懇願し続けてようやっとモニカは建国祭が終わる頃にふたりでロマリア訪問をする、という約束を取り付けた上で引き下がった。
「リッテ国主夫妻が建国祭終了後に女神レティ様のご尊顔拝謁に来国されるとのことですよ」
続けて報告したレオンの言葉にマリオットは乾いた笑いを洩らした。レイチェルに、モニカが来るとなればマリオットにダリアと過ごす蜜月はない。
今だってこうして甘い時間をすっかりレイチェルに邪魔されているのだ。
「陛下、それでドリューは?」
「さすがは女神様というところか、女神の顕現効果抜群で、バーバラ王女殿下はレティ様に忠誠を誓った。同盟も連合軍での進軍も」
「バーバラ王女殿下?いらしてるんですか?」
「やはり気になるか?レオンに会いにいらしたそうだ、今夜はもう遅い。明日の10時にダリアがお茶会を開く。そこへ招待してあるからおまえも参加しなさい、場所は女神の神殿近くの四阿だ」
「レティちゃん、様もご招待したの、貴方もエスコートとしていらっしゃい、ジル」
「喜んで」
マリオットの肩から顔を覗かせてダリアが朗らかに誘った。それなら早速準備をしなくては、とジルサンダーは巻き気味にミケーレ並みの簡略化で報告をする。
「リッテも同様です、書簡にすべて書いてありますので、今夜はこれで失礼します」
「ええ、おやすみなさい、レティちゃん、様が待ってたわよ」
ダリアの言葉にジルサンダーは颯爽と踵を返した。たった一日なのに随分と離れていた気がして、彼女の部屋へと運ぶ足が速まる。
早く彼女を感じたい。
抱き締めて、唇の感触を確かめて、胸一杯に香りを楽しんで、肌の温かさを感じ取って、指触りのいい髪を愛でて………
いつになったらそれ以上のレティを感じることができるのだろう。
ジルサンダーは疼く欲望を必死で抑えながら、愛しい人に会える高鳴りに胸を焦がしていた。
今日から新連載始めました。
https://ncode.syosetu.com/n4223hb/
「死んでみたら婚約者のハマっていた乙ゲーの世界にまさかの逆転異世界転生させられてました」
はじめての異世界転生ものですので、本当にお見苦しいところがあるかと思いますが、楽しんでほしいと書いています。
どうか気が向いたら読んでみてください。
いつも本当にありがとうございます。
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