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91 ミケーレ、ドリュー国使節団を迎える

リッテ国においてリーガル·リッテが卒倒した頃、ロマリア東端の国境でミケーレは華々しい行列を為した一団を将軍としての正装で巨大な軍馬に乗って迎え入れているところだった。


大仰な鎧は身に付けず、ミケーレは勲章が胸部の布面積をほぼ占めるほど付けた雄々しい姿に、背中にこれまた叩き潰すのが目的に造られたような段平を担いでいた。ただでさえ大柄で筋肉質のミケーレが大の男3人掛かりでも持ち上げるのに苦労する段平を背負っているのだから、かなりの重量だろう。

見た目だけでも実に重そうなのだが、彼の愛馬であるテオはものともせずに涼しい顔でぶふふんっと鼻を鳴らした。

軍馬として最高峰の種であり、通常の馬の倍以上の体躯を持つテオは2トン程度の荷物なら簡単に引いてみせる。しかもほぼ筋肉で出来上がっている後ろ足は当然のごとく脚力が強く、走れば群を抜いて速かった。

そろそろ種馬として軍馬からは卒業させなくてはならない年齢に達しているが、まだテオの後継者が現れず、ミケーレはもう暫くだけ頑張ってほしいと毎晩彼の毛並みをブラッシングしながら甘く囁いている。


ミケーレだけでも充分に威圧的なのに、警護と称して彼の背後に居並ぶ軍人たちがまた見事なほどに恐怖心を呷る姿だった。

騎士でないことだけでも圧が凄いのに、鎧兜を着用した、今にも血の臭いが漂いそうな風体の軍人の集まりである。


怖くないわけがない。


建国祭の祝いと自国の王女の夫となる第二王子に会いに来ただけのつもりだったドリュー国の使者たちは慄いて、国境前の草原で思わず行進の足を止めてしまっていた。


「なんだ?来る気がないのか?」


数百メートル先で留まった一団を眇めてミケーレは呟くとテオの腹に一蹴りくれた。すぐに愛馬はひひんっと嘶き、その力強い脚で大地を叩く。身体が後ろに飛ばされそうな加速でぐくん、と駆けたが、ミケーレは平然と美しい姿勢を保ったまま。

ミケーレの臨時補佐官として同行していたリチャードは化け物め、と吐き捨てて、背後に従う軍人たちに待機を申し付けてから父親のあとを追った。


普段は戦車部隊長として100人の軍人を任されているリチャードだったが、ミケーレの補佐官を兼任するアンバー·フェアウェイ伯爵からの実にスマートな押し付けに負けて父に従って来たのだが…


「勉強になるかと思ったけど、こりゃ失敗だったかな」


精一杯の力で馬を駆けさせながらリチャードは独りごちた。あれほどの傑物はそう容易くは出現しない、とミケーレを手本に己を高めようと考えた浅はかさを自嘲するしかなかった。


何もかもが規格外の男、それが己の父である。


やっとリチャードがミケーレに追い付いたとき、彼はすでに馬から降りてドリューの使者相手に跪いてマリオットからの書簡を手に捧げもっているところだった。


「私はロマリア王国将軍ミケーレ·デイグリーン公爵、ドリュー国祝賀使節来国使団の皆様の出迎え及び警護に罷り越しました、こちらにはロマリア王国マリオット国王陛下よりの書簡でございます」


一団の先頭にいる、腰の引けたドリューの騎士と使者が突如現れた大男が眼前に跪いたことで、さらに恐縮したのか、書簡を受け取ることも忘れて騎士は最敬礼の姿勢で固まり、使者は言葉もなくその場で高く尻をあげて額づいてしまった。

笑ってはいけない、と己に言い聞かせるが目の前に繰り広げられる光景が可笑しくて仕方ないリチャードは顔を背けて肩を揺らす。


「あまり失礼なことはするでない、まずはこの世界の太陽であるロマリア国王陛下の書簡を受け取りなさい」


その場を制圧する雰囲気を纏わせた凛とした声が降る。洩れる笑いを抑え込んでいたリチャードですら、その声で慌てて馬から降りて姿勢を糺したほどだ。


「姫様!」


4匹の魚が複雑に交わったドリュー国主の紋章をつけた煌びやかな馬車から侍女に手を添えられて降りてきたのは艶やかな紺碧の(ストレートロング)が印象的な線の細い少女だった。


これが虚弱と言われるバーバラ王女殿下か。


来るかもしれない、とは思っていたが、出席者リストには名のなかった国主の一人娘。


ミケーレはまじまじと彼女を観察する。

不躾にも思える眼差しを彼女はいとも簡単に微笑みひとつで薙いでみせた。


「わざわざの出迎え、感謝致します。ドリュー国主が娘、バーバラ·ドリューと申します」


美しい蜂蜜をたっぷりと溶かした紅茶のような光を放つ瞳をミケーレに揺らすことなく注いだバーバラはふわりと腰を深く折った。それはリチャードの胸を高鳴らせるほど滅多にない優美さだった。


バーバラは身体を起こすと侍女に書簡を貰うように指示をしてミケーレから受け取った。そしてそのまま侍女に広げさせてじっくりと一読する。

僅かに驚嘆に瞳を揺らしたが、ひとつ小さく頷くと書簡を持たせた侍女に向かって、バーバラは両膝を地につけて両手を胸に組んで祈りを上げた。


「女神の顕現に立ち会えましたこと、なによりの僥倖と感謝致します。そしてロマリア王国の慶事に心よりお祝い申し上げます。おめでとうございます」


「ドリュー国の祝賀の言葉、有り難く頂戴致す」


「すべては女神レティ様の仰る通りに致します。ドリューは生涯に渡る忠誠を女神レティ様にお誓い申し上げ奉ります」


ミケーレは安堵の笑顔を浮かべると、バーバラの手を取って立ち上がらせた。


「ではバーバラ姫君、どうぞ我らのロマリアへともに参りましょう!」


「案内、宜しく頼みます」


ミケーレにエスコートされて馬車に乗り込んだバーバラを見送ったリチャードは再び馬上の人となり、バーバラを警護するために馬車と並走して駆けていく。

ミケーレは先頭を風を切って走り抜け、己の軍団にドリュー国使節団を護る配備を指示した。


ロマリアではレイチェルが到着している頃だろうか、明日にはコリンナの王太子が着くだろうか。


ミケーレは遥か先にあるはずの王城を見つめて、きりりと眦を上げた。


さぁ、これからが勝負だ!


気合いの充分に入ったミケーレの身体がぶわりと一回り大きくなったようにみえて、リチャードは全身に鳥肌を立てた。実父から溢れる殺気に当てられて、馬が微かに切なげに嘶いた。



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