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89 リッテ国は大歓迎

朝早くから動いたつもりだったが、女神の神殿と王家では呼ばれている、かつてソフィテルの離宮だった場所で現在の女神レティからソフィテル女神像の前で加護を受けたときには、もう随分と日が傾き始めていた。


「ジル様、どうかご無事で」


レティが手を彼の額に翳して言えば、淡い光が発せられ、ジルサンダーを保護するように包み込んでいく。ほんわかと暖かい光に纏われ、ジルサンダーはレティに跪いた。


その様子に満足げに頷いたあと、レティは振り返ってレオンを見た。そして同じように彼の額にも掌を当てる。


「レオン殿下もどうぞご無事で。女神ソフィテルの加護が貴方に降り注ぎますように」


やはりレオンを暖かな光が包み込み、彼はレティの足の甲に額づいた。


「レティ様の加護に感謝する」


低く応えて、頭を低くしたまま女神の前を辞した。彼の背中には書簡が背負われており、筒に納められたそれが動く度に軽快な音を立てた。


「ではレオン、頼む。行ってくる、レティ」


立ち上がり、ふとジルサンダーはレティを凝視した。そしてふわりと微笑む。


「愛してるよ、レティ。待っていてくれるね?」


返事を待たずにジルサンダーは彼女を抱き締め、啄むようなキスを繰り返した。女神の頬がほわりと紅く染まり、恥ずかしそうにジルサンダーの胸に顔を伏せた。


その姿に心を満たされたジルサンダーは女神の頭を優しく撫でてから身体を離し、苦もなくブラックドラゴンに変化した。


素晴らしく美しい生き物が眼前に突如現れ、レティはほぅ、と吐息を溢す。漆黒の鎧を纏ったようなガッチリとした鱗のなかにサファイアよりも輝く碧眼があって、それはそれは見事なまでに芸術的だった。


「レオン、背に乗れ」


軽やかに身を翻してレオンが乗ると、ジルサンダーは大きく羽を広げた。僅かにグレーが混じった薄い皮が張っただけの羽がバサリとひとつ羽ばたくだけで、傍に立っていたレティは風圧に飛ばされそうになったが、レオンが手を翳して風をコントロールしたおかげで、彼女はその場に留まることができた。


「助かる、行くぞ」


笑い含みにジルサンダーが言って、さらに激しく羽ばたけば、その重そうな身体がなんの抵抗もなく浮かび上がった。レオンが上昇気流を生み出してくれるおかげで、随分と楽に飛び立てる、とジルサンダーは眼を細めた。

ぐん、と身体が上へと持ち上がった感覚があったあと、気付けばレティの姿がすでに小さくなっていた。あっという間の離陸だった。


「おまえ、随分と上手く操るんだな」


感心して言えば、レオンは照れた様子で不貞腐れ、


「話し掛けないでくれ、かなり複雑なコントロールで気が散ると墜ちそうだ」


と憮然と応えた。

しかし照れ隠しばかりでもないだろう。

ジルサンダーの下から風を送り、己の前には風でシールドを張る。そうしなければ気温と風圧で無事では済まない。さらにスピードを上げるべく風の流れを作り出す。


本能のままに生きるレオンにとって難題ばかりの飛行なのだ。


ジルサンダーはくつくつと笑って、すまない、とだけ囁くと、上空を流れる風を掴むためにまた大きく羽ばたいた。


その日のリッテ国は前代未聞の歴史的騒ぎが勃発した。そもそもの発端はリッテ国が誇るロマリアによって建てられた白亜の城の上に降り立ったドラゴンだった。北の守護神である伝説の神獣ブラックドラゴン。


そしてその背に騎乗するものがあり、さらなる悲鳴がリッテ国の王城から上がった。ジルサンダーはあえて姿を戻すことなく、ドラゴンのまま中庭らしき場所に再度降り立つと恭しい態度でレオンを背から下ろした。


その頃には倒つ転びつリッテ国主自らが出迎えて、スライディングでレオンの足元に額づいていた。


「ど、ど、ど、ど、どういった、ご用件で、ございましょうかっ!」


リッテの国主は研究者肌の穏やかな人物だとギルバートから聞いていたレオンは眼前に尋常でない汗を流す男を呆れたように見下ろした。

良くも悪くも無害なタイプだ、と内心で断じた。


「私はロマリア王国第二王子レオン·ロマリアである。先触れのない突然の訪問は詫びるが急ぎ渡したい書簡をロマリア王国マリオット国王陛下から預かってきた。どうかお納めいただきたい」


得意の王子然としてレオンは高らかに名乗った。

本当は王籍から抜けているのだが、細かい説明をする時間を惜しんだのだ。ジルサンダーは苦笑を溢すが、ドラゴンの姿だと喉を不気味に揺らすような地響きに近い音にしかならず、リッテ国主を怖がらせてしまった。


「これはロマリア王国のレオン殿下様でございますか!すぐにおもてなしさせていただきますのでどうぞ中へ、中へ!」


城へ招こうとするリッテ国主にレオンは首を振ってみせた。


「いや、急ぎ戻らねばならぬゆえ、この場で良い、書簡を確認してくれないか?」


「喜んで!!」


背から筒を下ろし、なかの書簡を出したレオンがリッテ国主に渡すと、国主付きの執事とともに書簡を覗き込んで熟読をしはじめた。

何度も書簡を往復する視線にレオンが焦れて腕を組んだとき、リッテ国主が書簡を恭しく捧げ持ってもう一度額づいた。


「すべて女神レティ様の仰る通りに致します!」


リッテ国主の言葉にドラゴン見たさに集まって来ていた人々からざわめきが洩れる。

それをさらに呷るように国主が叫んだ。


「女神の顕現、誠に目出度きこととお慶び申し上げます!」


一瞬の静寂のあと、国をも揺らすかのような歓声が上がる。


「リッテ国主リーガル·リッテの名においてリッテ国は女神レティ様に永遠の忠誠を申し上げ奉ります!」


「ではすぐに返答の書簡を頼む」


興奮に頬を染めたリーガルはレオンの言葉に弾かれたように立ち上がると猛然と城に向かって走り出した。執事が慌てて主を追って駆けていく。


「この調子なら明日の昼には戻れるな」


低く囁いたジルサンダーにレオンはにたりと笑ってみせた。


この後すぐ、王城前の広場においてリーガルによる演説が行われた。それは実に盛大なセレモニーよりも大きな歓声を浴びたという。


リッテ自慢の拡声器すら役に立たなくなるほどの大騒ぎに発展したと、レオンを追い掛けるように建国祭終了後にロマリアへやってきたリーガルが興奮して教えてくれた。

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