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88 レティは女神の顕現

「ちゃんと理解したい、悪いが詳細を頼む…」


マリオットが意外なことに頭を下げた。ジルサンダーは酷く驚いていっそ不安すら感じたが、最近ともに執務に励んできたアレクシスは飄々としていた。どうやら己の無能ぶりをアレクシスによって浮き彫りにされたのか、とミケーレは不敬ながらも感心せざるを得なかった。

誰も変えられなかった不遜な王を賢王へと変貌させつつあるのだ。


「ローズマリア嬢がコリンナ王太子殿下の求婚を受ける条件がロマリアを攻め落とすことだった、そしてあの王太子殿下はそれを受諾した。もとよりコリンナは宝石の採掘量が減少傾向にあり、近年は財政難が続いている。上手く隠しているがな。そのためマルガに向かって領土を広げていたし、マルガが応戦してきたときのためなのか、軍も整備しはじめてた。それが今回のローズマリア嬢の懇願で出兵先がマルガからロマリアに変わったようだ」


ミケーレの見事な簡略化で端的な説明が為されると、マリオットは額に皺寄せて考え込んだ。

歴史あるブルーデン公爵家を残すためにも余計なことは言葉にしないミケーレに、ジルサンダーはさすがに勇猛果敢なだけの将軍ではない、と感嘆した。ミケーレが将軍職に就いてから補佐はいても参謀は置いていない。ミケーレが必要ない、と捨てたからだ。その代わりに斥候と諜報の人員を大幅に増やした。

戦は情報が命だ、が合言葉のミケーレらしい采配だとアレクシスは笑っていた。


「アレクシス」


長い逡巡のあと、マリオットは次期国王に指名した息子の名を厳かに呼んだ。アレクシスがはっ、と短い返事を返す。


「おまえならどうする?」


「マルガはすでにコリンナの軍備を知っています。それも踏まえてレイチェル叔母様はロマリアに来られると思います。ドリューの使者をミケーレ叔父様に迎えに出ていただいて、その場で説明をして同盟を結んだと建国祭で布令を出すことに同意を得て貰います。その証拠として陛下の直筆の書簡を所望します。リッテは建国祭には欠席との連絡がありましたので、ジルにいさまに書簡を持ってやはり同盟国の布令を出したいと訴えます。場合によってはロマリア連合国軍としてコリンナに対抗する組織を発足することも書簡には記載したいです。僕はそのための見返りを考えたほうがいいと思うのですが……」


「なんだ?」


アレクシスがちらりとジルサンダーを窺う。それから深くため息を吐いて言葉を繋いだ。


「ジルにいさまは必要ないと」


「なぜだ?」


怪訝なマリオットにジルサンダーははっきりと宣言した。


「レティがロマリアにいるからです」


アレクシス以外の全員の顔が不満げに曇る。ジルサンダーの返答があまりにも意味をなさないものだからだろう、とアレクシスは苦笑を洩らした。


「レティ嬢がおまえの大事な人なのはわかるが、それとこれは別ではないか?」


「いいえ、陛下。レティは陛下ですら様を付けなくてはならない高尚なお方なのです」


「パン屋の娘だぞ?」


さすがにマリオットが不快に思ったのだろう、顔を強張らせて言ったが、やはりジルサンダーは態度を変えずにレティの価値はその出自ではない、と言い切った。


「では彼女はなんだというのだ?」


マリオットが苛立ちも露に強い口調で問うとアレクシスとジルサンダーが意図せず声を揃えて断言した。


「女神なのです」


「はぁ?」


「レティ様は女神ソフィテル様の生まれ変わり、女神の顕現なのですよ、お父様」


「はぁ?!」


「それは本当なのか?」


ミケーレが鷹揚に座っていたソファからあり得ない勢いで身を起こした。


「それが本当ならば各国は()()()に従う、女神こそすべての信仰、心の支え、それに抗うものなどありはしない。レティ嬢の一言があればロマリアだけではないぞ、すべての人々がコリンナを攻め落とす」


そこまで言ってミケーレはハッとした。

ジルサンダーの突然の能力覚醒。


女神の加護。


そして不敵にミケーレは笑んだ。


「なるほど確かにレティ()は女神なのだな」


「ミケーレ!どういうことだ?!」


「ジルは能力を覚醒した。レティ様からの愛を受けて女神の加護によって能力が授けられたのだ。そしてジルはマルガの王となる。いや、マルガ合衆国になるのかもしれない。もう一度、ロマリア様の時代のようにすべてがひとつになるときを迎えるのだな」


「ジルが、女神の…?」


「兄上、レティには、いや失礼した、レティ様には癒しの?」


レオンの問い掛けにジルサンダーは重く頷いた。


「では書簡に女神降臨の報せを書けば、どの国も協力を惜しまないどころか、同盟すら我先にと手を組む、ということか?」


マリオットが驚愕に顎を震わせてた。


「そうでしょうね、長年の希望でしたから、女神の顕現は」


一切の感情を込めることなくジルサンダーは断言した。マリオットはやっと肩の荷を下ろした気分になった。ブルーデン前公爵の甘言にのって実兄を弑してまで座った玉座だったが、いつでもそれはただの重荷であり、罪悪感の塊だった。マリオットはただダリアが欲しかっただけなのだ。権力も地位も名誉も要らない、ダリアがあればそれでいい、と心底思っていただけだったのだ。


でもダリアと玉座はセットだった。


はじめのうちは政務にも精を出したが、代替わりしたマリオデッラに疎んじられ、王子が3人も産まれ、ダリアとの距離が空いて、マリオットはすべてがどうでもよくなっていた。


それだけロマリア·ロマリアの存在と実兄を弑した罪の意識が彼を苦しめ抜いていたのだ。


「私はやっと解放されるのか?」


ぽつりと呟いた声音からは安堵と哀愁が漂い、誰もの胸に切なく響いた

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